エピローグ

第五十三話 エピローグ(前編)

「これで契約は成立です。では、書類に署名と捺印をお願いします」


 逢沢望美はこくりと頷き、書類にサインと判を記した。


「はい、店長さん」


 三ヵ月後。

 ここは岡山市内の不動産屋。実家近所の駅前店だ。


 母の死後。逢沢家の相続人となった望美は、自宅を賃貸物件として貸し出すことにしたのだ。


「最近、一軒家の賃貸物件はニーズが高まっていますから。早ければ翌月からにも、家賃収入が見込まれますよ」


 対面に座る不動産屋の中年店長は、人のよさげな笑顔で言った。


 *


「最近暖かくなってきたなあ。そろそろコートも必要ないかな?」


 駅前の不動産屋を退出しながら、つぶやく望美。

 もう三月末だ。年度も変わろうとしている。


 幼い頃から見慣れた町並み。駅前とはいえ繁華街ではないので、さして賑わいもない。よくある地方の街の地味な風景だ。


 ふと駅の方に目を配ると、並木道の桜がつぼみを見せ始めている。

 その下を歩く卒業証書を脇に抱えた女子校生たち。

 そんな数名の姿が望美の目に留まった。


 きゃっきゃとはしゃぐJKたち。望美の母校の制服だ。

 進学校だったので、彼女たちの大半は春から大学生になる筈だ。


 自分は家庭の事情で大学へは進学できなかった。

 でも彼女たちの希望に溢れる笑顔を見ていると、今は素直にエールを送りたい気持ちになる望美だった。

 

 以前は幸福そうな彼女たちに嫉妬しかなかった。

 環境が変わり心に余裕ができると、こうも世界が変わって見えるものなのかと望美は思った。

 

 母は生命保険に加入していた。受け取り名義人は実娘の望美。その中から入院費を支払い、継父の借金も完済した。


 それでも、まだ一千万円以上は口座に残金がある。これからは実家を貸し出すことで家賃収入も見込まれる。


 ジリ貧だった生活が一気に大逆転した。

 そう言った意味では奇跡のサヨナラホームラン。当面、生活には困らないだろう。


 しかしだからといって、このまま無職を続けるわけにはいかない。

 それに、ぼっちな人生も相変わらずだ。

 家族も友達も職場の仲間も、恋人だって居やしない。


「あたしも、しっかり前を向いて。新しいスタートを切らないとね」


 *


 交差点の信号待ちで、スマートフォンの画面を見る望美。


「ええっ!」


 何気なく閲覧していたネットニュースに望美は仰天した。

 じろじろと周囲の視線が痛い。

 望美は身を潜めながら、まじまじとスマホの画面を再確認した。

 

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【悪徳連続結婚詐欺師。女子トイレに盗撮目的で侵入した疑いで逮捕から半年、無期懲役の実刑判決。裁判官「信用できない」】


 お見合いパーティーなどで出会った女性から相次いで現金をだまし取ったとして詐欺罪に問われた住所不定、無職の高円寺 (こうえんじ)祭太郎 (さいたろう)容疑者 (42歳 男性)に対し、岡山地裁は24日、無期懲役の実刑判決を言い渡した。

 

 逮捕後の調べによると森田は結婚詐欺の他に、強姦、女子トイレ盗撮、違法風俗店利用料未払い、未成年への淫行、児童買春、児童ポルノ法違反など、ありとあらゆる性犯罪を繰り返していた事が判明。裁判長は「人として信用できない」と極刑に次ぐ重い判決とした。


 容疑者にはまだ余罪が多数ある可能性が高く、再逮捕の可能性も――。

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 そこには継父の顔写真と名前があった。

 

 *

 

「いってきます」


 狭いアパートの玄関から、机の上に飾られた父と母の遺影に向かって声を掛ける。


 その真ん中のちいさな写真立てにはスナップショット。望美が幼い頃、家族三人で撮ったものだ。先日、実家の遺品整理で見つけたものである。

 

 望美は濃紺のリクルートスーツに身を包み、面接へと向かった。

 仕立てたばかりの一張羅。もちろん新しい職場を見つける為だ。


「今日の面接、どうか採用されますように」

 

 立て付けの悪いアパートの扉を開ける望美。

 眩しい朝日が彼女を照らす。


 望美は頬を緩めてつぶやいた。

 

「あたしの新しい門出、天国から見守っていてね。おとうさん、おかあさん」

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