第五十一話 白い炎(解決編5)

 十二月二十四日。


 その日の岡山市内は雪景色だった。

 昨夜から雪が振り続き、ホワイトクリスマスとなった。

 温暖な気候で有名な『晴れの国おかやま』にしては、珍しい出来事だった。


 そして今日は望美の母、逢沢佳苗の死亡確定日でもある。

 まほろば堂からのメッセージカードで、望美は事前にそう告げられていた。


 つい先日退院した望美は、アパートから電車とバスを乗り継ぎ、岡山市内の総合病院へと向かっていた。

 そう、望美は母の最期を看取りに出掛けたのだ。


 コート姿の望美を乗せたバスが、天満屋バスターミナルを通過する。

 窓に「はあ」と息を吹き掛け、手で擦る。窓の外を見る望美。


 クリスマスのイルミネーションに彩られた街並みだ。

 天満屋百貨店やクレド岡山の周辺では、きらきらとした包装紙に包まれた大きな箱を抱えた、大勢の家族の姿が目に映った。


 バスに揺られながら、ふと昔を懐かしむ望美。胸の奥が郷愁に包まれる。

 父の生前。クリスマス時期は、いつも父と母と三人でこの地元有名百貨店に出向き、サンタからのプレゼント選びをしに行くのが恒例だったのだ。


「おとうさん……おかあさん……」


 ちいさく呟きながら、望美は膝の上でこぶしをぎゅっと握った。


 *


 望美は、岡山市内の大型総合病院の受付の前に立っていた。


「あの……こちらに入院している、逢沢佳苗の家族のものですが――」


 *

 

「どうぞお入りください」


 集中治療室だ。中年の女性看護師に招かれて望美は入室した。

 

 事前の担当医からの説明によると、母の命は風前の灯で意識不明の重体。

 正直、今晩が山であるとのことだった。


 娘の望美に連絡が行かなかったのは、やはり本人が強く希望していたからだそうだ。


 娘にはひどい仕打ちをした。今更合わせる顔がない。

 だから家族への連絡は、自分が死亡した後にしてくださいと懇願したそうである。


「おかあさん……」


 そこには白いベッドに横たわる、痩せ衰えた母の姿があった。


 口もとには酸素ボンベ。全身には無数の管が付けられていて、複雑そうな機材に繋がっている。おそらく生命維持関係の機械だろう。


 見るからに意識がない。生死の境を彷徨いながら眠り続ける母。

 つい先日まで、自分がそうであったように――。

 

「現在、面会謝絶となっておりますが……どうぞ最期のお別れをしてあげてください」


 看護師は神妙な面持ちで退出した。


 *


 ベッドの脇のパイプ椅子に腰掛け、母の痩せ衰えた手を握る望美。


 今生の別れの時が差し迫っている。

 なのに母は意識不明のこん睡状態。これでは最期の言葉も交わせない。


「おかあさん……こんなことなら……」


 どんなに嫌われても、どんなに疎まれても、密に実家へ連絡をしておくべきだった。そう深く後悔する望美だった。

 

 無言の再会。最期に母と話がしたかった。

 今、母は何を考えているのか。母は自分のことをどう考えていたのか。


 少なくとも継父から受けたレイプ未遂事件の誤解だけは、解いて別れを迎えたかった。しかしすべては後の祭り。母の顔を見つめる望美の瞳に、悔し涙がじわりと浮かんだ。

 

 その時。

 

「にゃあおん」


 望美の背後から、聴き慣れた猫の鳴き声が聴こえた。


「……黒猫くん?」


 冥土への道先案内人として、母を迎えに来たのだろうか。

 振り返る望美。

 

「きゃっ、眩しい!」


 突然、望美の視界が白い閃光に支配された。


 *


「――ここはどこ?」


 気が付くと望美は白い世界にいた。以前、死の境を彷徨った場所だ。

 自分の姿を確認する望美。純白の服に身を纏っている。

 それはまるで天使の羽衣のようだった。


『――もういいかい?』


 どこからか人の声がする。聞き覚えのある声だ。

 

「……え? もしや……その声は?」


『もういいかい?』


 白い世界の中。何度も繰り返し、かくれんぼのフレーズを望美に問い掛ける声。

 望美は恐々と返事をした。


「もう……いいよ?」


 そう答えた瞬間。望美の前に、白い炎のような揺らめきが。


「え?」


 白い炎の中から、人の輪郭がぼんやりと浮かび上がる。


「え、なに?」


 徐々に透明な状態から半透明な姿へと移り行く。

 女性だ。今の自分と同じく、彼女は白い羽衣を着ている。

 

「あっ!」


 望美は叫んだ。視界に浮かび上がった、その半透明の女性は――。

 

『望美……』


 母の佳苗だった。

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