第五十話 願いを込めて花束を(解決編4)
「逢沢さん、退院祝いの花束が届いてますよ」
数日後の十二月二十日。
退院を間近に控えた望美の元に、若い女性看護師が病室のベッドまで花束を届けてくれた。
望美の奇跡の目覚めを、あんぐりと口を開けて見届けた例の担当看護師だ。
「ありがとうございます」
受け取る望美。
「綺麗なガーベラのプリザーブドフラワーですね」
看護師が言う。
黄色とオレンジ色のガーベラ。混ざると茜色に見える。
まるで望美がまほろば堂で着ていた和装メイド服のように。
プリザーブドフラワーとは、生花や葉を特殊液の中に沈めて、水分を抜いた素材のことである。
最近では、感染やアレルギーの観点から、病院内での生花の持ち込みを禁止しているケースが多い。
すぐに飾れるミニバスケットに入った花やプリザーブドフラワーなど加工したものを、入院見舞いに届けるのが配慮となっているのだ。
水分を抜いた花といえばドライフラワーが一般的だが、枯れたイメージがあるので見舞いの品としては好まれない。現状、入院見舞いの花としてはプリザーブドフラワーが最適であると考えられている。
添えられた伝票を見る望美。差出人は『土産屋「まほろば堂」倉敷美観地区店 蒼月真幌』と書かれてある。
几帳面な性格を現す丁寧な筆跡。真幌のものだ。
彼らしい、細やかな配慮の入院見舞い品である。
「差出人の方、マナーが分かってらっしゃるようですね。それにすごくセンスが良くて素敵な花束。羨ましいなあ、カレシさんですか? きっと素敵な方なんでしょうね?」
「いえ、そんなんじゃあ……前の職場の店長というか……ただの上司です」
「そうなんだ。でも逢沢さん。ここにあるガーベラの花言葉ってご存知ですか?」
黄色い花弁を指差す看護師。
「いえ」
看護師はにっこりと笑って答えた。
「『究極の愛』っていうんですよ。長年連れ添った仲の良いご夫婦や家族に贈るのにピッタリのお花。銀婚式・金婚式を迎える両親や祖父母などへのプレゼントとしても人気なんですって」
*
看護師が退出したのを見計らうと、望美は悪態を付いた。
「なによ今更、偽善者ぶって。こんなもの!」
すべては芝居だった。
自分は店長の真幌から、ずっと真実を告げられることなく騙し続けられていた。
本気で信頼していた人に、本気で好きになり掛けていた人に裏切られたのだ。
これ以上の屈辱はない。もう誰も信用できない。
望美はプリザーブドフラワーの花束を床に叩きつけようとした。
大きく振り上げる望美。
「ん?」
一枚のカードがベッドの上にはらりと舞い落ちた。
どうやら花束の中に、紙が挟まれてあったようだ。
拾い上げる望美。
備中和紙のメッセージカードだ。
「だからなによ、今更……詐欺師からのメッセージなんて……」
強がりながらも、気になり文面に目を通してしまう。
真幌の筆跡だ。そして、そこには――。
「こ、これは!」
望美の母である逢沢佳苗が入院している病院名と、母の死亡予定日時が書かれてあった。
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