第四十九話 悪徳詐欺(解決編3)

「そう、のぞみちゃんのママ上さまが、冥土の土産にキミの命を救ったのさ。カワイイ実の娘の為にね」

「そんな……そんなバカなことが……」


 先日、望美の見た母親は生霊だった。

 厚化粧は水商売の仕事用ではなく、顔色を隠すためのものだったのだ。


「じゃあ、あの時。おかあさんは、あんなおめかしして何処に?」


 生霊となった後も、仕事先のスナックに向かったのだろうか。


「違うって。まだわかんないの?」


 その心を読んだ少年が、空かさず真相を語る。


「職場のスナックじゃなくって、倉敷市のまほろば堂に客として向かってたんだよ。よっぽど仕事好きか職場の人間関係が良好かならともかく、これから死のうって生霊が、わざわざ嫌な職場になんて働きに行かないでしょ? のぞみちゃんだってそうだったじゃん?」


「うっ……」


 確かに望美も自分が生霊と自覚してからは、居心地の悪い派遣先には行かなくなった。


「それは確かに……でも、だってあの日は冥界監査の日って、店長が……」

「ああ、それ? そんなのウソに決まってんじゃん?」


「ええっ!」


「のぞみちゃんのメイドのバイトが休みの日を、キミのママの来店日に当てていた。それを真幌は監査の日って偽っていたのさ。キミとママが店で鉢合わせしないようにね」


「じゃあ、忍さんも店長も……全部、真相を知ってたの?」


 少年がニヤリと笑う。


「そんなのあったり前じゃん。全員グルなのは当然さ」

「!」


 例えようのないショックが望美の脳天を直撃する。


「そう。すべては、のぞみちゃんを騙す為の芝居だったのさ」


 知らぬは自分だけ。例の中森親子の時と同じだ。


「そんな。ひどい、ひどい、みんなして……」


 わなわなと震える望美。

 気を紛らわそうと契約書の文面に再度、目を通す。


「ん? ちょっと待って。この日付け、なんかおかしい……」

 

【契約書 私の魂と引き換えに、娘、望美の命を救ってください。 20XX年10月1日 逢沢 佳苗】


 契約日が二ヶ月以上も前になっている。望美はふと、母が契約を締結した日付が、自分が駅のホームから突き落とされた約一ヶ月前より、随分と以前であるという矛盾に気が付いた。


「こっ、これは、どっ、どういうことよ!」


 顔を真っ赤にして少年に抗議する。


「あっ、バレちゃった?」


 少年がペロリと舌を出す。

 この時点での望美は、五体満足でピンピンとしていた筈だ。


「これって、まさか……娘のあたしが死ぬって偽って、おかあさんを騙してサインをさせたってわけ?」


「ピンポーン。娘の不幸をちょいとダシに使わせてもらったのさ」

「じゃあ、あたしの書いた契約書は?」


 例の中森親子の一件の『特約契約書』のように、ダミーのインチキ書類なのだろうかと望美は思った。


「ああ、あれは本物だよ。望美ちゃんの本当の寿命が尽きた時に、ありがたく使わせてもらうからさ。随分早々と、ご契約まいどありぃ♪」


「ひどい、そんなの詐欺じゃない!」


 わなわなと震える望美。怒りで顔が赤くなる。


「ひどい、そんなのひどすぎる……ん?」


 次に望美はふと浮かんだ疑問をぶつけた。


「じゃあ、あたしを駅のホームから突き落とした理由は?」


 実の娘が瀕死の重体で余命あと僅か。それが母親にサインをさせる為の単なるフェイクであれば、娘を本当の死の淵にまで追い込む必要はない筈だ。


「ん、ああ。そのことね」


 しれっと答える少年。

 彼の口から、意外な返答が告げられる。


「だって、その方が面白いっていうか。ハナシが盛り上がるじゃん?」

「ななななーんですって!」


 望美は驚愕の声を上げた。


「だってのぞみちゃんって、いつも死にたがってたし。ついでにキミの願いも叶えちゃおうかなってとこかな? 特別サービスだよ」


「なっ、なにが特別サービスよ! あたし本当に死んじゃうかと……この一ヶ月、本当に本当に恐かったんだからね!」


「まあいいじゃん。こうやって無事に一命を取りとめたんだからさ」

「…………」


「ていうか、そんなに死ぬのが恐かったんだったらさ。これに懲りて、二度と『あたし死んでしまいたいのクスン』ってウジウジメソメソ思わないこったね」


 絶句する望美。


「ねーっ、優柔不断で泣き虫の、の・ぞ・みちゃーん?」


 悔しいけど仰る通りだ。ぐうの音も出ない。


「とにかくさ、ボクはふたつも契約取れて幸せ。死にたがりののぞみちゃんは、お望み通り臨死体験できて幸せ。キミのママは、死ぬ前にケンカ別れしてた娘に罪滅ぼしできて幸せ。これで、みーんな幸せいっぱいさ。ねっ、ウィンウィンな関係の素敵なエンディングでしょ? めでたしめでたし」


 両手のピースサインをにぎにぎとさせる少年。お得意のポーズだ。

 望美の中で、めらめらと炎が燃え上がる。


「……冗談じゃないわよ」


 ばあんとベッドの上に設置されたテーブルを望美は叩いた。

 終えた夕食の食器が宙を舞う。


「ふざけないでよ、なにがウィンウィンよ。なにが素敵なエンディングよっ!」


 彼女の怒りが沸点に達した。


「人が黙って聞いてたら調子に乗っちゃって。ちょっとボク、そうやって人をおちょくりまくるのも、いいかげんにしなさいよ」


 ふと望美は以前、まほろば堂に二回目に訪れた時に感じた疑惑を回想した。

 

【――つまりは、みんな……グル? そうやって巧みに警戒心を解き、隙を見てターゲットの望美を陥れようとしているのかもしれない。つまりイケメン店長の正体は――詐欺師? 観光地の土産屋である筈の、この店の夜の業務。つまり裏の実態はおそらく――悪徳商法の密売組織?】


 冥土の土産屋『まほろば堂』の正体は、やはり悪徳詐欺の集団。

 ここに来て最初の嫌な予感が、まさかの大的中してしまったみたいだ。

 

「ひどい、ひどすぎる。みんなでグルになって……今までずっと、あたしたち家族のことを騙してたのね」


 まさかの展開に驚愕しつつも、激しく失望する望美だった。


「ねえ、そこまでして契約が欲しいってわけ?」

「ああ、欲しいね」


 まるで悪びれることなく言い返す少年。


「当然じゃん、それがボクのオシゴトなんだからさ?」


「……ねえ、黒猫くん。せめて、あたしの冥土の土産の契約書、書き直せさせてよ。『おかあさんの命を救ってください』って」


 少年が首を振る。


「なーに言ってんのさ。今更、無駄だよ。冥土の土産の契約で、願いを叶えるのは一度こっきり。のぞみちゃんのサインもボクの拇印も押してあるから、締結後の変更は不可能なんだよ。今回、キミはママの『心を救って』とは書いたけど『命を救って』とは書いていない。それに、のぞみちゃんの命を救うことで、もうキミのママの方の願いは叶えちゃったしね」


「そんな……」


「だから諦めなよ。ボクが気まぐれに背中を押したキミとは違って、キミのママの死はお神が定めた寿命なんだ。だから今更ジタバタしても始まらないのさ」


「…………」


「人の寿命ってやつは、そう簡単には変えられない。キミのママの『娘の命を救って』という願いが叶ったのは、最初から娘である君の死亡予定がフェイクだったからに過ぎないんだよ」


 ちらと腕時計を見る少年。


「おっと、もうこんな時間か。じゃあボクは帰るね。これからご近所のメス猫ちゃんとデー……おっと、外回りの営業があるのさ。んじゃあねん♪」


 少年は泥棒猫のように素早く踵を返し、病室を立ち去った。


 バン!


 望美は病室の扉に向かって、白い枕をおもいっきり投げつけた。


「なにやってたんだろう、あたし……ずっとみんなに騙されてたんだ……」


 愕然とうなだれる望美。

 ブラインドを閉め忘れた窓の外は、日が暮れかけている。


「逢魔が時……」

 

 逢魔が時。夕方の薄暗くなる、昼と夜の移り変わる時刻。黄昏時。

 それは儚い蒼の時間。魔物に遭遇する、あるいは大きな災禍を蒙ると信じられたことから、このように表記される。


「信じてたのに。あたし店長や忍さんのこと……みんなのこと信じてたのに……」

 

 心の中で繰り返し呟く。


 ――悪魔、悪魔、この悪魔……。


 ぽたぽたと涙が白いシーツを濡らす。

 望美はベッドの上で泣き崩れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る