第三十八話 忍の正体(1)

「やっぱり、そうだったんですね……」


 忍は真幌の義理の姉だった。

 だからこんなにも、店長のプライベートな過去を詳細に述べることができたのかと望美は納得した。


 その後、黒猫の魔力により借金も全額返済。閉店の危機を免れた。

 美咲が交わした契約書の望みを、黒猫が叶えたのである。

 こうして真幌は、黒猫に大きな借りが出来てしまった。


 祖父がひた隠しにしていた、まほろば堂の夜の業務。その実体は死神との契約代理店だった。

 真幌は今回の一件で、その事実を身を持って知ることとなったのだ。


 実体を知った以上、現実から目を背けるわけにはいかない。

 死神の手先となり、人の命を商品として扱う。そのことに付いて真幌は随分と悩んだ。

 しかし、だからと言って美咲が命懸けで守った店を、畳んでしまうわけにはいかない。


 結局、真幌は亡き妻の願いを汲んで、まほろば堂を守り続けることを決意。黒猫と正式に雇用契約を交わしたのであった。


 そこまで話すと忍は「あーっ、疲れたー!」と大きく背伸びをした。


「あの、忍さん……ひとつ聞いてもいいですか?」


 望美が質問する。


「なに?」

「美咲さんは常日頃『死にたい』と自ら望んでいたから、死神に取り憑かれたんでしょうか?」


 ――そう、あたしみたいに……。


 心の中でそう呟く望美に対して、忍が首を振る。


「ううん。黒猫のガキンチョは、そうじゃないって言ってたわ。彼女の死は神の定めた寿命だって。『ボクは冥土の道先案内人として仕事しただけだよ~ぅ』ってね」


 黒猫少年の口真似をする忍。


「『既に死亡が確定している人間と契約を交わしても、たいした手柄(ポイント)にはなんないんだけどね。なじみのよしみで特別サービスだよ』とも言ってたわ」

「そうですか……」

「まあ、あのチャラけたペテン師のクソガキの言うことだから、デタラメかもしんないけどね。もしかしたら、黒猫が言葉巧みにたぶらかしたってのが真相なのかも知れない」

「…………」


 忍が天井を仰ぎながら言葉を続ける。


「でもアタシは信じたい。美咲はそんな弱い子じゃないって。体は病弱だったけど、芯は案外しっかりとした頑固者だったからさ。そんなあの子が、愛するダンナを置いて自ら死を選ぶわけないってね」


 望美が頷く。


「……そうですね、あたしもそう信じたいです」

「ていうか望美さぁ。アンタも、もうちょい強い子だったら、死神に取り憑かれて背中を押されることもなかったのにね」

「…………」

「最近は随分と逞しくなったみたいだけど。今更、後の祭りよね」


 そう言われて望美は苦笑した。仰る通りだ。返す言葉もない。

 しかし、こうして背中を押されたことで、望美はまほろば堂の人々と出会えた。


 皮肉なものだ。ぼっちだった自分が死ぬ間際になって、ようやく自分の居場所だと思える職場に巡り合えたのだから。そう考えると、複雑な心境になる望美だった。


「とにかくさ。真幌は亡くなった奥さんの遺言で店を続けている。それが、あの子の宿命なのよ。ここまで知れば、もう充分でしょ?」


 望美はこくりと頷いた後、上目使いで恐々と聞いた。


「あの忍さん……最後にもうひとつだけいいですか?」

「なにさ?」


 この際、すべての疑問を晴らしてすっきりしたい。

 望美はどさくさに紛れて、予てから気になっていたことを問い質した。


「忍さんもやっぱり、店長と同じく黒猫くんと……死神との雇用契約を交わしているんですか?」


 忍が呆れ顔で掌をひらひらとさせる。


「ハッ、まさか。冗談じゃないわよ、なんでアタシがあのクソガキと?」

「えっ? じゃあ、どうして……」


 忍は真幌の亡き妻である美咲の実の姉だった。

 その事実が判明したことで、彼女が普通の人間であることが明白になった。

 だから忍の正体は、幽霊やあやかしや神の類ではないということになる。

 なのに何故――。


「じゃあ、どうして忍さんはこうやって、あたしみたいな幽霊の姿が見えて、普通に会話とかが出来るんですか?」

「ああ、そのことね。そっか。そういえばアタシの職業、まだアンタに伝えてなかったわね」


 忍はレザージャケットのポケットをまさぐると、何かを取り出した。

 名刺入れだ。中から一枚抜き出し、望美に渡す。


「ついでに教えといてあげるわ」


 和紙にプリントされた洒落たデザインの名刺だ。

 受け取った望美は、内容を確認すると驚きの声を張り上げた。


「えええっ!?」

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