第三十話 告白
余命七日の夜。
「どうぞ」
和装メイド姿の望美に、店長の真幌が備前焼のカップと器を差し出す。
彼女は、まほろば堂の昼の業務を終え、テーブル席に腰掛けている。
ミルクたっぷりマンデリンコーヒーと地元名産マスカット・オブ・アレキサンドリアの入った銘菓『陸の宝珠』。どちらも望美の大好物だ。
最近、お茶の用意などはメイドである望美の仕事だった。店長自ら給仕するのは久々だ。
「店長、お茶なら、あたしが入れたのに」
「いえ。今夜の望美さんはお客様ですから」
優しく微笑みながら、真幌は対面に着座した。
今夜は冥土の土産屋として、望美の他に予約は入れていない。
薄暗い店内のいつものテーブル席。ふたりの顔に、雪洞の和風ペンダントライトが柔らかな光を灯す。
「――じゃあ、お言葉に甘えて。頂きます」
季節は初冬だ。コーヒーの暖かさが望美の胸に染み渡る。
ぼおんぼおんと古時計が、暮れ行く時を告げる。
その七回目の音を聞き終えるのを待って、望美は口を開いた。
「冥土の土産にひとつだけ、あなたの望みを叶えます。でしたよね?」
真幌の声色を真似て望美が言う。真幌は「ええ」と頷いた。
「それで、あたしの冥土の土産。どうしたらいいか色々考えたんですけど……」
「はい」
「えっと……あの……」
言葉を詰まらせる望美。
以前、自分が言った台詞を思い出す。
【「冥土の土産なんて……叶えたい欲望なんて、正直思いつかないですよ。願いがなんでも叶うって、急にそんなこと言われても……巨万の富だの絶世の美貌だの世界征服だの。そんな大それたことなんて、小市民のあたしにはとても考えられないし……どうせ死んじゃうんだから、失業や借金のことなんて、もう悩まなくていいし……」】
切羽詰った今となっても、その考えにあまり変わりはない。
だから彼女は今夜、ほんのささやかな気持ちを告げようと決心したのだ。
真幌が望美を見つめる。長いまつ毛に包まれた鳶色の瞳。吸い込まれそうになる。
声を震わせながら望美が言う。
「だから……あたし……店長のこと――」
店長のことが好きです。
思い切ってそう告白しようかと、最近の望美は随分と迷っていた。
それが自分の冥土の土産。この世に未練を残さぬように。
ただ単に気持ちを伝えるだけ。見返りなんて求めていない。
なんでも願いが叶うからって、僅かな間だけでも恋人になって欲しいだなんて。
密かに彼氏いない歴、年の数。そんな冴えない自分ごとき小娘の分際で、厚かましくも図々しい話だ。
「店長のこと……」
しかし、どちらにせよ。これから死んで消え行く人間から、そんな重いことを言われて迷惑するのは店長の方だ。
店長には、こんなにも恩になったのに。
だから彼を困らせてはいけない。そんな我がままを言ってはいけない。
膝元で両手のこぶしを握る。
望美は秘めた想いをぐっと飲み込み、別の言葉を選んだ。
「あたし、店長のことを、もっとよく知りたいんです」
「僕の……ことを?」
「あっ、別に変な意味じゃないですよ。あー、さては店長。今ちょっとエッチな想像したでしょう?」
真幌の顔がすこし赤くなる。
「やだなあ、店長ってば」
くすくすと笑っておどける望美。照れ隠し。彼女なりの精一杯の虚勢だ。
――なに馬鹿なこと言ってんだろ、あたし。そういうやましい想像をいつも勝手にしてるのは、こっちの方なのに……ね。
望美は心の中で自分を戒めながら、姿勢を正して言葉を続けた。
「あたし、まほろば堂の人たちには本当に感謝しているんです。こんな使えないぼっちで生霊のあたしを、メイドとして雇ってくれて」
「そんなことありませんよ。お世辞じゃありません。本当に、とても助かっていますよ」
「店長……」
彼の優しさに胸が詰まる。
真幌にぺこりと頭を下げ、望美は言葉を続けた。
「あたし、この世の最期にお世話になったまほろば堂のことを、もっとよく知っておきたいんです。だから、心残りのないように……この店と店長の秘めた事情について、詳しくお話を聞かせて頂けませんか?」
「まほろば堂と僕の……事情について……ですか?」
「はい。ですから、冥土の土産に」
望美は、真幌を真っ直ぐに見つめて告白した。
「店長の過去を教えてください」
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