第三章 冥土の土産に教えてくれませんか?

第二十九話 決心

 余命七日の朝。


 安っぽいコート姿の逢沢望美は、まほろば堂の引き戸をがらりと開けた。

 すうと深呼吸。背筋を伸ばして声を出す。


「おはようございます!」


 元気な挨拶が店内に響き渡る。同時にまぶしい朝の光が差し込んだ。

 もう師走だ。ここ倉敷美観地区も、すっかり冬の装いを見せ始めている。


 いつものように倉敷駅から駅前商店街を徒歩で抜け、バイト先の土産屋へと出勤した望美。

 彼女がまほろば堂の人々と出会って、はや三週間。まさに駆け抜けるような毎日だった。


 望美の実体は病院のICUでこん睡状態。瀕死の重体患者だ。

 ここにいるのは幽体離脱をした生霊なのである。


 生きていても辛いだけ。この世に未練なんてない。もし本当にあの世が存在するなら、迷わず飛び降りて死んでしまいたい。

 借金を抱えた上に派遣切りで失業目前だった望美は、帰宅途中の駅のホームでそう願っていた。


 そうしたら死神にぽんと背中を押され、線路へ転落し電車に引かれたのだ。

 まさに自業自得。本人望み通りの展開だ。


 死亡確定日は一週間後。望美がこの世に生きていられるのも、残りあと僅かとなってしまった。


 まほろば堂の人々に出会うまで、望美はいつも孤独だった。

 大好きな父親を亡くし、意地悪な継父や母親に虐げられ、友達も恋人もなく、職場では何時もハブにされていた。


 どうせ死んでも、誰も悲しんでくれる人なんていやしない。


 そんなぼっちの彼女が皮肉なことに、死ぬ間際となってようやく出会えた『職場の仲間』と呼べる人たち。


 ちょっと総白髪で謎めく影を感じるけれど、優しく穏やかなイケメン店長の蒼月真幌。

 ちょっとがさつだけど、忍者のように勇ましく姉御肌で頼もしい中邑忍。

 ちょっと、いやかなり生意気で悪魔な死神だけど、どこか憎めないやんちゃなあやかし黒猫少年。


 そんな連中とも、もうすぐ永久にお別れなのである。


「望美さん、おはようございます」


 藍染着流し姿の真幌が、店の奥から現れる。

 にこりと微笑む彼。何時もと変わらぬ、優しく穏やかな口調だ。


 望美の細い肩には弁当箱がふたつ入った通勤バッグ。最近は店長の昼食も彼女が用意している。


 毎日「おいしい、本当に助かります」と彼が残さず食べてくれるのが、余命いくばくも無い幸薄い彼女にとっての、ささやかな喜びだ。


 バッグを「よいしょ」と肩から降ろしながら、望美は改めて笑顔で言葉を返した。


「おはようございます店長。今日も一日、よろしくお願いします」


 *


 開店直前。

 いつものように化粧室で茜色の和装メイド服に着替えた望美は、新しく入荷した商品を陳列中の店長真幌に声を掛けた。


「店長、あの。今晩、お時間を頂けますでしょうか?」


 真幌が答える。


「今晩、ですか?」


 背の高い彼を見上げる望美。

 真剣な眼差しで言葉を返す。


「はい、お話を聞いて頂きたいんです。まほろば堂のメイドとしてではなく、ひとりの客として」


 しばしの沈黙。

 その後、真幌は静かな口調で問い質した。


「分かりました。望美さんご自身の、冥土の土産をどうするのか。決心が付いたのですね?」


 店内に差し込む朝日に包まれながら、望美はにこりと笑って返事をした。


「はい」

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