第二十六話 店長、一体どうしちゃったんですか?

 余命九日。


 翌晩のまほろば堂。

 今宵も冥土の土産屋店長として客との面談を終えた真幌は、いつものテーブル席で和紙の書面と格闘していた。

 難しい顔をしながら溜まった書類とにらめっこしているのだ。


 そんな店主の働く姿を横目にしながら、メイドの望美は腕まくりをしてカウンターの布巾掛けをしている。


 ――中森さんの娘さん、無事におかあさんと再会できたかしら……。


 ぼんやりと考えごとをする望美。

 まるで仕事に身が入らない。先日からずっとこんな調子である。


 残り十日を切った自分の余命のこと。なのに見舞いに来る素振りすら見せない、絶縁状態の冷たい母親のこと。一昨夜の客である中森親子のこと。そして『特約契約書』のこと。

 それらが気になってしょうがないのだ。


 ――あの『特約契約書』にサインをすれば、本当に死者を蘇らせることができるの?


 そんな裏メニューがあるのならば。店長の真幌は何故もっと早く、自分に教えてくれなかったのだろうか。歯がゆい思いになる望美だった。


 ――あたしの余命はあと九日。いいかげん冥土の土産を決めないと……だったら……。


 自分だって店長と特約契約を交わしたい。

 冥土の土産に、大好きだった亡き父と再会したい。切に思う望美だった。


 ――でも、黙っていたということは……リスクの高い神への背徳行為だからなのよね? でも、だったら何故それを、あの善人そうな中森さんに……。


 色々と脳内で勘ぐる望美。


 ――ハッ、も、もしかして。死者は……冥土から蘇った奥さまは……幻?


 黒猫の少年が魔力を遣って娘に幻影を見せたのだろうか。


 ――それともパラレルワールドに……分岐された『奥さんが死んでいない』平行世界に、娘さんを一時的に時空転送させたとか?


 どちらにせよ、それなら「ひと目だけ」という条件も納得できる。しかしそれは――。


 ――でも、それって……詐欺じゃない? うーん。それとも、やっぱり禁忌タブー破りの危険な橋渡しなのかなあ……。


 堂々巡りの推理を繰り返す望美。そんな悶々とした彼女の耳に、がらりと扉を開く音が響き伝わった。


「いらっしゃいま――あ!」


「こんばんは」


 それは中森だった。真幌にぺこりと頭を下げる。


「ようこそ、いらっしゃいませ。どうでした? 娘さんと奥様のご対面は……」


 望美の言葉をスルーして中森が店内奥へと歩を進める。こちらを見向きもしない。

 心なしか、先日に比べて顔色も悪くはない。


 ――あれ、もしかして。あたしの姿、見えていないの? ていうことは、今晩の中森さんって生霊じゃなくって実体?


 中森が真幌の手前で立ち止まる。


「店長さん。この度はご無理を聞いて頂き、本当にありがとうございました。もう思い残すことはありません。これで心置きなく冥土へ旅立てま――」


 テーブル席の真幌は、ガタリと音を鳴らし立ち上がった。

 まるで中森の言葉をさえぎるかの様に、木製の床と椅子同士がぎっと擦れ合う音がする。


 真幌の様子がいつもと違う。普段は温和な彼が、険しい表情でぴりりとした空気を漂わせている。

 望美は不安げに心の中で呟いた。


 ――て、店長……一体どうしちゃったんですか?


 中森に向かって真幌が言う。


「お礼のお言葉は結構です。それよりも、中森様にお会いして頂きたい方が居ます」

「え? 私に……ですか?」


 こくりと頷く真幌。神妙な面持ちだ。


「ええ。今、この場所で」

「は、はあ……」


 ――も、もしかして……地獄の番人? 冥界の監査官? 禁忌を破って死者を甦らせたのが、神さまにバレちゃった……とか?


 恐怖におびえる望美。ごくりと生唾を飲み込む。

 真幌は店内奥へと続く倉敷帆布の藍染暖簾に向かって声を掛けた。


「大変、長らくお待たせ致しました。では、どうぞこちらへお入りください」

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