第二十三話 死者を甦らせれますか?

 余命十一日。


 ぼおんと古時計が鳴る。時刻は夜の十時半。

 深夜のまほろば堂、店長の真幌は奥で仮眠中だ。


 休暇を取ったばかりの翌日だというのに、今日一日まるで元気のない望美。

 そんな彼女に、カウンター席を陣取る忍が話し掛ける。


「望美、アンタさあ。昨日、病院や実家に行ってたでしょ」


 茜色の和装メイド服姿の望美は、ほうきを持ったまま振り返った。

 

「え、なんで分かるんですか忍さん?」

「ふふっ。おねえさんは、なんでもお見通しなのよ」


 黒ずくめライダースジャケットを纏った長い手を、ひらひらとさせる忍。

 なんでもお見通し。望美は勘繰った。死神の黒猫少年がするのと同じく、魔力で心を覗き見されたのだろうかと。


「ていうか、顔にそう書いてあるわよ」


 見透かしたように忍が言う。言葉を続ける。


「アンタ、そうやってすぐ顔に出るから。けっこう分かりやすいねって人に言われない?」

「はあ……」


 そもそも、そんなに親しく突っ込んでくれる仲間や友人や家族が自分にはいなかった。

 そう考えると、更にどよんと虚しくなる望美だった。


「とにかく、あれは見るんじゃなかったわね」


 テーブル席の雪洞の和風ペンダントライトを指差す忍。

 以前、黒猫の少年から見させられた、『瀕死の状態で病院に入院している望美の立体映像』のことを言っているのだ。


「まったく、知らぬが仏だったのにさ。せっかく真幌が精一杯ごまかしてたのに。余計なことしてくれちゃって」


 吹き抜けの高い天井をきっと睨む忍。


「ふしゃあ」


 梁の上では黒猫がのん気にあくびをしている。

 チッと舌打ちして忍は視線を下げた。

 

「どうせさぁ。どこの病院に入院しているのかも、あの悪ガキのクソ坊主がチクったんでしょ?」

「いえ、あたしが黒猫くんに頼んだんです。あたしの体の居場所を教えてって……」


「そうなんだ。ていうかアンタも馬鹿な子よね。状況を確認しに行ったからって、アンタの命が助かるわけでもないのにさ」


「まあ、そうなんですけど……」


 望美は気まずそうに俯き、ほうきで床を掃いた。

 はあとため息を付く忍。

 忍の座るカウンター席には、蒼い倉敷硝子の一輪挿しが添えられてある。


「望美。アンタが自分の状況を知ったら、きっと病院に行ってみる筈。そうすると、必然的に誰もお見舞いに来てくれていないことに気が付いてしまう」


 一輪挿しに生けられた白いハナミズキ。それを見つめながら、忍が言葉を続ける。

 

「そうなればアンタは必ず傷付く。体の傷よりも、心の傷の深さに絶望する」


 忍のおっしゃる通りだ。ぐうの音も出ない望美。


「だから真幌はアンタの実体の所在を口にせずに、懸命にぼかそうとしたのよ。あの子は人がいいからね」


「……そうだったんですか」


 ――なのに、あたしったら。意地悪しないでなんて失礼なこと言っちゃって……。


【「そこで、あたしに一体何があったんですか? あたしの身体は今どこにあるんですか?」「それは……」言い辛いのだろうか。言葉を濁す店長。「意地悪しないで教えてくださいよ」】


「あの子はそういう子なのよ。ちょいと事情ワケアリで、こんな『死神との契約店』なーんて悪魔な家業をしてるけどさ。昔から虫もろくに殺せない、優しい子だったのよ。それこそ子供の頃からね」


「そうなんですか……」


「見た目はあのクソガキと一緒だけど。中身はまるで間逆だったわよ」


 ――店長と忍さん、そんなに古くからの知り合いなんだ……。


 そうこうしている間に、まほろば堂の扉ががらりと開いた。


「あの、こんばんは」


 三十代半ばの痩せた男性が入店する。

 仕事は工場勤務なのだろうか、くたびれたオイルまみれの作業服を身に纏っている。


「あ、いらっしゃいませ」


 望美が接客しようと声を掛ける。

 男の頬はこけていて顔色も悪い。生霊だ。


 今晩の予約はもう入っていない。飛び込みの客のようである。


 男は望美に軽く会釈をすると、忍の傍へと歩を進めた。

 どうやら忍を店主と思い込んでいる様子だ。


「あの……このお店って、自分の魂と引き換えに望みを叶えてくれるんですよね?」


 忍が仮眠中の店長真幌の代理で返答する。


「ええそうよ。話が早いわね。んじゃあ、事情聞くからこっち座って」

 

 忍が顎でテーブル席に座るよう促す。男がそれに従う。

 

「で、アンタ独り身?」

「いえ、もうすぐ五歳になる娘と……ふたりで暮らしています」


「ふーん、で?」

「で、お願いがあります。自分は事業に失敗して……多額の借金を抱えてまして」


「ふうん」

「今は娘を保育園に預けながら水島コンビナートで期間工員をしているのですが。全然返済が追いつかなくって……なので自殺をしようかと……」


「で、死亡保険金で借金返済とか? まあ、よくあるハナシよね」


 まるでデリカシーのない返答をする忍。

 彼女の大雑把で横柄な接客に、望美は不安になった。


 ――接客のお仕事、忍さんで大丈夫かなあ……。

 

「あ、あたし、店長呼んできますね、忍さん」


 望美はほうきを持ったまま、店の奥へと続く藍染暖簾を潜ろうとした。

 背後で男性客と忍の会話の続きが聞こえて来る。


「もちろん魂は差し上げます。ですので冥土の土産に、娘の母親を……」


 娘の母親。その言葉に、望美の聴覚がぴくりと動く。

 顔色の悪い男は、悲壮な表情で言葉を続けた。


「死んだ妻を甦らせてください」

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