第十三話 冥土の土産屋システム

「冥土の……土産?」


 望美の疑問に、少年が説明する。


「そう冥土の土産。冥土すなわち死の世界へ行く際に持参する土産。それを手に入れて初めて、安心して成仏できる物事の喩えとしても用いられるんだよ」

「説明されなくても、言葉の意味はなんとなくは知ってるけど……」


「そこで第二の謎、まほろば堂の『夜のお仕事』と契約書の関連について」


 少年の右手には契約書。彼は左手の指でVサインを作り、望美へと向けた。


「この『まほろば堂』はね、冥土の土産屋なのさ」

「冥土の土産屋?」


「うん、そうだよ。この店って昼間は、観光地によくある普通の土産屋なんだけど。夜は死者の国つまり冥土へと旅立つ人たちへ、ささやかなおもてなしをするカフェバーへと様変わりするんだ」


 少年は望美に店のシステムを説明した。その内容はこうである。


 現世で死にたがっている輩が魂となり、客として店に訪れる。

 店主は客を手厚くもてなしながら、身の上話に耳を傾ける。


 こうして聞き出した客の未練を吟味し、手土産として望みをひとつ叶えてあげる。その手土産が店の商品である『冥土の土産』。その内容に客が納得すれば交渉成立だ。


 客は契約書に署名をし、冥土の土産を受け取る。

 その代償として、客は自分の魂を店主に売り渡す。


 こうして現世で存分に欲望を満たした客は、心置きなくご臨終。

 店主である神は魂を手に入れ、晴れて冥界へと送り付ける。


「どう? 需要と供給のバランスの取れた、ウィンウィンで素敵なお仕事でしょ? めでたしめでたし♪」


 無邪気な笑顔で少年が、Vサインをチョキチョキさせる。


「客はご臨終、魂は冥界へ。めでたしめでたし♪ って……それのどこが素敵なのよっ!」


 少年はうふふと笑った。

 説明を聞き終えて望美は眉をひそめた。彼を上目使いで見ながら言葉を放つ。


「魂と欲望の交換契約。なるほど、ちょっと話が見えてきたんだけど。それって神は神でも死神じゃないのよ」


 つまり、まほろば堂の正体は悪魔の巣窟。

 俗に言う『死神との契約』を交わす店だったのだ。


「へへっ、死神だって神さまじゃん?」


 否定しない少年。まったく悪びれる様子もない。


「つうかさ。のぞみちゃんの死亡は一ヶ月後に確定してるんだから。冥土のお土産とっとと決めて受け取らないと、単なる犬死になっちゃうよ? 真幌もそう言ってたでしょ?」

「…………」


「どうせなら死ぬ前に、パーッと余生を楽しみたいと思うでしょ?」

「だからって、なんであたしが死なないといけないのよ? 勝手に人の運命を弄ばないでよ!」


 ジト目で少年を睨む望美。彼女の中で沸々と怒りが込み上げる。


「神さま仏さまイケメン店長さまだか死神さまだか、なんだか知らないですけど。余命一ヶ月だなんて、本人に何の断りもなく、勝手に決め付けないでほしいんですけどっ!」


 ジト目で少年を睨む望美。

 

「えーっ、だってのぞみちゃん死にたがってたじゃん?」

「え?」

「ほら、駅のホームでさ。もう忘れちゃったの?」

「……あ」


 望美は回想した。


【――ここから線路へ飛び降りたら、楽になれるのかな。幸せの国まほろばへ、天国へ行けるのかな】


「確かに……」

「でしょ? 心の中で、まほろばへ行ってみたいって言ってたじゃん」


「……ていうか、あれは誰もがぼんやり考えることというか……言葉のあやというか……」


 ばつの悪そうな顔で望美が言い訳する。


「えええーっ、今更なに言ってんのさ。もし本当にあの世が存在するのなら、迷わず死にたいよう、パパに会いたいようって、ウジウジ妄想してたじゃん?」


【――もし天国が絶対に実在するって確証があれば、迷わず飛び降りるんだけどな。そう、迷わずおとうさんの元へ……】


「え……ええ……まあ……」

「ようするに、それが神が定めし君の寿命ってやつさ。素直に受け入れなよ」

「だけど……」


「心配しなくてもいいからさ。冥土は必ず存在する。ボクが保証するよ。そこは争いや憎しみや汚れのない、清らかな幸せの国なんだ。住み易くてとーってもいいとこだよぅ。うん、神さまのボクがそう言っているんだから、間違いないよね?」

「……胡散臭すぎて信用できないんですけど」


 しかも少年は『冥土』は存在するとは述べているが、そこが『天国』とはひとことも言っていない。

 言葉尻を捜査して巧みに真実を隠蔽する。まさに詐欺師の手口だ。


 そもそも死神が導く冥界というのは、昔から『地獄』と相場が決まっている。

 不信感が募りまくる望美だった。


「まったく、しょうがないなあ。おねえさんって優柔不断で疑り深いっていうか、可愛い顔してほんとめんどくさい子だよね」

「……可愛い顔した坊やに言われたくないんですけど」


 少年がふふふと笑う。


「心をすべて読まれていると分かったせいか、流石に開き直って、思ったことをばんばん口に出すようになったねえ」

「うっ。いちいち、うるさいわねえ……」


「うふふ、それでいいのさ。大人なら自分の意見はちゃんと口に出さなきゃね、お・ね・え・さん」

「……なんか、ちょーむかつくんですけど」


 逆上する望美。セミロングの頭をわしゃわしゃと掻き毟る。


「あーもうっ! まったく天使のように無邪気な顔して、中身はどんだけ小悪魔なのよっ!」


 厚化粧と共に気合を入れた今朝のセットが台無しだ。


「とにかくさ、のぞみちゃんは死にたがっていた。まほろばへ行きたがっていた。だからキミの願いを叶える為に、ボクはあの時、背中をポーンと押してあげたんだよ」

「ポーン……」


「そう、ポンってね」


 望美の背筋に悪寒が奔る。ぞわりと嫌な予感がする。


「そこで第三の謎、『のぞみちゃんの身体は今どこにあるのか?』について」


 少年が雪洞の和風ペンダントライトに、ちいさな掌をかざす。 

 備中和紙に包まれた雪洞の表面がすっと透明になる。巨大な水晶玉のようだ。


「真幌は人がいいからね。色々気を使って、キミに悟られまいとごまかしてたけど」


 同時に雪洞の中に、なにやら映像が浮かび上がった。

 まるで球体のスクリーン、いや三次元立体映像ホログラムだ。

 

「まあ、たしかに文字通り『知らぬが仏』かもしんないけどね。それでも見るかい?」


 望美はこくりと首を縦に振った。生唾を飲み込む。

 

「その答えがこれだよ」


 望美は恐々と球体を覗き込んだ。

 

「こ、これは?」

「そう、これがキミの今現在の身体。抜け殻になっている余命一ヶ月の実体だよ」

「ええっ!」

 

 顔色の悪い生霊の望美が、更に顔面を蒼白にする。


「ええええええっ!」

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