第十二話 願いをひとつだけ

「ええええええええええええっ!」


 望美の大絶叫が狭い店内に響き渡る。


「なっなっなっなっなっなんできっきっきっきっきみがだだくぁ?」


 まほろば堂店主の蒼月真幌が縮んで、駅のホームの蒼い瞳の少年に化けた。

 驚愕の事実を目の当たりにして、望美の脳内がゲシュタルト崩壊する。

 

 ――てってってっ店長さんって、幽霊じゃなくって化け物だったの? さっきは『僕は正真正銘、生身の人間です』って言ってたくせに!

 

「ちぇっ、ひどいなあ。なんだよ化け物って?」


 少年がすねる。不貞腐れた口調だ。


「え? あたし今、口に出してしゃべってた?」


 子供のサイズに縮んだ真幌少年が、かぶりを振る。


「心の中を読んだのさ。だから前にも言っでしょ? ボクはのぞみちゃんの考えることは、なんでもお見通しなのさってね」

「な、なんで……?」


「なんてったってボクは神だからね」


 鼻をふんと鳴らす少年。でんと自慢げに胸を張る。


「か、神ですって?」

「そう、神さま仏さまイケメン店長さまだよ」


 慇懃な口調で少年が答える。声変わりのしていない高音ボイスとのミスマッチが妙に可愛らしい。


「神さまってどういうこと? ていうか店長さんとキミが同一人物ってどういうこと?」


 ひらひらと手を振る少年。


「まあ、とりあえず細かいことはいいじゃん」

「って、全然細かいことじゃないんですけど」


「で、何から説明しようか?」


 少年が、ぶかぶかの藍染着流しの袖から両掌を出し天に向ける。

 望美は感じた、その姿が妙に微笑ましくて困る。


 ――くっ、可愛いじゃない……。って、なに考えているのよ、あたしったら。そんなのん気に構えている場合じゃないでしょ?


 少年が言葉を続ける。


「先ず第一の謎、『店長の正体』。これは見ての通りの、神さま仏さま色男さまのボク。だから省略するね」


「そこ、全然省略するとこじゃないと思うんだけど」


 優しい店長の真幌と生意気な少年は、どうやら同一人物のようである。

 なのに何故、彼は『ボク』『真幌』と一人称を使い分けているのだろうか。

 謎は余計に深まるばかりだ。

 

「ねえ、ジキル博士とハイド氏のような二重人格者とか?」


 望美の疑問をシレっと左に受け流し、少年は説明を続けた。


「第二の謎、まほろば堂の『夜のお仕事』について。っとその前に――」


 テーブルの上の和紙に書かれた契約書。それをかさりと掴む少年。

 

「『契約書』について説明しとくよ」


 少年は契約書を望美の鼻先にひらひらと突きつけた。


「この契約書にサインするとね。夢がなんでも叶うんだよ。ひとつだけね」

「夢が……ひとつだけ?」


「そう、ひとつだけ。巨万の富でも絶世の美貌でも世界征服でも悪役令嬢でも俺TUEEEEチートでも書籍化重版出来アニメ化印税生活でも、なんでもござれさ。結構いいでしょ?」


 無邪気に笑う少年。とびきりの笑顔だ。


「いいでしょ……って。なにをデタラメ言ってるのよ?」


「デタラメじゃないよ、ホントだよ。神さまのボクが言うんだから間違いないって。ただし、時間を遡って過去に移動したり、死者を蘇らせることは出来ないけどね」


「……じゃあ。幽霊でもいいから亡くなった誰かに会いたいという願い事は?」

「だめ。たとえ幽霊としてでも死者は冥界から戻れないんだ。ある特殊なケースを除いてね」


「特殊なケースって?」

「ナイショ」


「えー。じゃあ、誰かの寿命の長さを変えることもNG?」


「まあ、やろうと思えばできなくはないけど。生き物の寿命は最高神おかみが定めし運命だからね。それに背くってことは神への反逆罪となって、重ーい刑罰を受けちゃうんだよ。だから誰もやらないのさ。やったからって、ボクらにメリットないし」


「いろいろ制約があるのね」


「運命や、自然の摂理に反することは不可能なんだよ。だから物理的に可能なことなら大概のことはOKさ。ここにサインすれば神であるこのボクが、のぞみちゃんの夢をなんでも叶えてあげる。そう」


 少年はニタリと笑った。


冥土めいど土産みやげにね」

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