1-11 消えた生徒

「心霊スポットか。被害者たちにそんな共通点があったとは──」


白鐘は顎に手をやり、何やら考えている様子だ。

そして徐に自分のポケットから手帳を取り出すと、中を確認しつつ、ボールペンで書き込んでいる。

しっかりとした革の手帳だ。経年変化でいい味を出しているのがよく分かった。

そこそこに古そうな手帳の表には、小文字で『evol』と記されていた。


「ところでよ・・・・・・お前、何でここにいるんだ?」


当たり前のように俺たちの前に立っている白鐘だが、ここは神月学園の敷地内だ。

しかもこちらはつい五分ほど前にHRが終了し、高等部の中庭へと降りてきたばかりだ。

下に降りてくると、すでに昇降口に白鐘の姿があったのである。白鐘が通ってる高校から、ここまで三十分以上かかる場所なので、瞬間的な移動をしない限り時間がかかるはずなのだが・・・・・・。


「え、あはは、何ていえばいいのか・・・・・・」


白鐘はバツが悪そうにしながら、小さく笑う。


「さてはサボってただろ?」


「午前中はちゃんと授業に出ていたよ!?調べたいことがあったから、昼休みと同時に早退したけど、ね・・・・・・」


真面目そうな顔をしてるが、案外悪いことをしているんだな。


「調べたいことって惨殺事件がらみか?」


「いや、またそれとは違うんだけど関係あるかもしれないからってことでね」


「他に何かあったっけ?神月ではビルでの事件以外、流れてなかったと思うけど」


ここ最近の事件で大きなものか・・・・・・ビルで起こったこと以外は無かったように思える。

噂でもそれ以外の者は聞いたことないはずだが──。


「ニュースなんかでは流れていないからね。惨殺事件だけでもこの辺りでは騒ぎになったのに、もう一つの事件も同時に流すと大騒ぎになるかもしれないというのもあるんだろう」


「その事件って、もしかして──」


三上は心当たりがあるのか、四条と東先輩のほうに視線を向ける。

新聞部は何か知っているみたいだ。この事実に俺と匠は末恐ろしさを感じた。

将来、情報屋でも開いたら大儲け出来るんじゃないだろうか・・・・・・。


「おいおい、まだ何かあんのか!?」


「それがですね、惨殺事件が起こる前は別の事件について調べようと先輩は言っていたんですよ。噂も何も聞かないのはおかしいんじゃないかってことで・・・・・・」


「だけどその後に双海の事件が起こったから、そちらにシフトしちゃったんだけどね」


四条は以前のことを思い浮かべながら教えてくれた。


女子生徒連続失踪事件──。

ちょうど一カ月ほど前から起こり始めた事件で、神月、双海、桜峰の町で起こっているらしい。

こちらの事件にも共通点があるらしく、失踪しているのはいずれも高校生の女子生徒ということだ。

神月では現在二名の失踪者が出ていて、それについて調べるために白鐘はこちらに来ていたようだ。

双海と桜峰では合わせて七名がいなくなっているという。聞いている限り、こちらもかなり大きな事件のはずなのに表沙汰になっていないのが不思議なくらいだ。

確かにこんな事件が同時期に二つも起こったら騒ぎになるかもしれないな・・・・・・。

でもこの事件について何もいわれていないということは規制されてるはずだ。

先輩についてはもう言及しないことにして、白鐘もどこでこのような事件を仕入れてくるのやら・・・・・・。

何故、俺の周りにはこういう連中が集まってくるのだろうか。

退屈をすることはないが、それでも──だよな。


「一カ月前からか。桜峰の男子生徒が死んだのも、それくらいからだな・・・・・・。今思えばその心霊スポットに行っているのが、男だけということは無いだろう」


惨殺事件の被害者は、いずれも男性ばかりだった。

なら女性はどうなった?

仮にメリーさんが実際に存在し、狙うのが館に来た人間たちだとしよう。

心霊スポットなどには男女関係なく向かうはずだ。ここでもし女性グループが心霊スポットに向かったとなると、誰かにはメールが届き、被害にあっててもおかしくないんじゃないか?

それに有名な場所ほど知っている人は多いだろうが、実際に現地に行こうと思うものがどれくらいいるだろう。

そりゃ散歩するだけだったり、景色が一望できるなどの理由があれば向かう人もいるかもしれない。

しかし館の周囲をストリートビューで見てみたが、目立たない辺鄙なところにあり、その場所から綺麗な景色が見えるわけでもなく、観光するようなものでもない。単に古びた洋館がポツンと森の中にあるだけだ。

目的地がここだと決めて、面白がっていく者がいるくらいだろう。そういった人間が沢山いるかというとそんなことはないだろうし、わざわざ隣町から数十分もかけて来る者も、ごく一部のはずだ。

それを考えるとメリーさんが見逃すとは思えないし、来た者の中の誰かにはメールが届いているんじゃないだろうか。

それで被害者が三人だけというのは少ない気がする・・・・・・。


「これはやはり現地に赴かなきゃいけないようだな!ということで向かおうじゃないか!メリーさんの館に!」


先輩が異様に張り切りだすと大変なことしかないから困る。

多分、これは実際に現地に行って実験してみなければ──って思ってる顔だ。

散々巻き込まれてきたから、その辺りの雰囲気は分かるようになってきた。


「ん?ちょ、ちょっと待ってくださいよ!行くってことは、もしかしたらメールが届くかもしれないってことですよね!?それって俺たち、男に届いたら殺されるんじゃ・・・・・・」


「何を今更いってるんだ?自分の身で直接確かめてからこそだろう!」


先輩の言葉を聞いて、匠は肩を落とした。まぁ気持ちも分からなくはない。

館に行って、メールが届いてしまったら、俺たちの命はそこで尽きるかもしれないのだから・・・・・・。


「それじゃあ僕も同行しよう。人が多ければその分、ターゲットがバラけるかもしれないからね」


白鐘も行くことになり、もう後戻りできないところまできたとき、校舎の中から女教師が駆けてくるのが見えた。

どうも誰かを探しているらしい。今日はこれといって騒ぎは起こしてないはずだから、俺たちを探しているということは無いだろう。

しかしこちらの姿を見つけると、急いで走り寄ってくる。


「ちょっといいかしら!?」


「あれ?どうしたんですか、先生?今日は俺たち、何もしてないけど?」


「いえ、そうじゃないの!あなた達、川上さんと沢見さんを見ていない?」


「川上と沢見って、オカ研の?学年は一緒だけど、クラスは違うからな~。俺は見てないですね」


俺の返答に、その場の全員が同意する。先輩と三上は学年が違うし、四条も昼休みに一度見たきりだという。


「そう・・・・・・分かったわ。ありがとう!」


先生はお礼を言うと、中庭の方へと向かっていった。

校舎の中を見てみると、数人の学生と教師が慌しく動いているのが分かる。

帰宅するための喧騒とはまた違った慌しさが伝わってくる。下駄箱で靴を履き替えている生徒たちも何事かと様子をうかがっていた。中には理由を聞くために、校舎内へと引き返す者もいる。


「どうしたんだろう?様子が変じゃないか?」


「そうですね。行ってみますか?」


「ああ、そうしよう。さすがに何があったのか気になる──」


俺は異様な胸騒ぎを覚えつつ、校舎内へと戻っていくのであった。





◇◆◇◆◇◆◇





(あれ・・・・・・?ここはどこ?暗くて、何も見えない・・・・・・)


目の前には漆黒の闇が広がっている。何も見えず、体も動かない──。

耳に届くのは滴り落ちる雫の音だけだ。

それ以外には何も聞こえず、無気味な静寂だけが包み込んでくる。

身動き一つとれない中、自分の心臓の鼓動だけが心地よく感じた。


(また眠くなってきちゃった・・・・・・)


しばらくして意識が途切れ、また眠りへとついたのだった──。





◇◆◇◆◇◆◇





校舎内に入ると廊下を慌しく動き回る生徒たちが見てとれた。

一番、人が集まっているのは職員室の前だ。そこには椅子に座って下を向いている女子生徒がおり、微かながら手が震えていた。

よく見るとその生徒はオカルト研究部の部員だ。上履きの色からして一年生だろう。

伏せられているはいるが、遠めに見ても顔色が悪くなってるのが分かる。

俺たちは人ごみをかき分けて、その生徒のもとへと向かった。


「すまないが、ちょっと通してくれ」


なんとか女子生徒の前へ出ると、彼女はゆっくりと顔を上げた。


「急にすまないね。ちょっとした騒ぎになってるみたいだが、何かあったのかい?」


先輩が生徒の前に膝をついて座り、この騒ぎについての疑問を投げかける。

先ほど先生の口から聞かされた、生徒たちの名前やこの人だかりの中心にいるのが彼女ということもあり、この騒ぎにはオカルト研究部が関係しているはずだ。

普段はおとなしく細々と活動していて、騒ぎとは縁遠い部のはずなんだがな・・・・・・。


「・・・・・・そ、それが。こんなこと信じてもらえないかもしれないんですが──」


「大丈夫だ。言ってみてくれ──」


先輩が優しく言葉をかけると、女生徒は少し安心したのか、一呼吸おいて話し始めた。


「先輩たちが、消えたんです・・・・・・目の前で突然」


その言葉に四条たちは困惑した表情を浮かべ、顔を見合わせた。目の前で人が突然いなくなるなんて、到底信じられる話ではない。


「確かに信じてもらいたくても難しいかもしれないな」


いつも仏頂面をしている純も、この時ばかりは表情を崩した。

長い付き合いである俺たちでも、なかなか見ることが出来ない表情だ。


「もしかしたら、連れていかれたのかも・・・・・・」


生徒はそんなことを口にすると、両手を強く握りしめ、体を震わせる。

それを聞いて、俺の中で嫌な予感が胸をよぎった。


「連れていかれたって、何に・・・・・・?」


そのことについて俺は恐る恐る質問を投げかける。

瑞穂に届いたメールの内容を、頭の中に思い浮かべながら──。


「──メリーさん、です」


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無効異能のマトリクス~都市怪談の怪異譚~ 風宮翡翠 @iyokawa7

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