二十、地下都市クレーブス

イリスに急かされて予定より早く着いたこともあってか、地下道で大きなトラブルに巻き込まれること無く、広い空間に入った。どうやらブレーブスに着いたらしい。暗い地下道にネオンのきらびやかな店が壁と融合するようにして並んでいる。ある程度の大きさの空間がデタラメに連なる場所に街が栄えているようで、その全体像は見渡せないが、空気は夜の繁華街に近しい。


急いだとはいえ、さすが治安最悪と名高い地下道、多少ゴロツキに絡まれたり飢えた犬やイタチやコモドオオトカゲじみた生物に襲われることもあった。しかし、体力を温存しつつこういったトラブルに対処できるようになったということは、日々確実に僕らはレベルアップしているということだろう。よし。


ふと、道行く素性の知れない人々の視線がこちらを伺っていることに気づいた。視線はイリスとローズだろう。ローズは貴族然とした出で立ちが言わずもがな、イリスもこの街に全く馴染まない服装をしている。いや、単色を基調とするこの世界で白と虹を纏うイリスはどこに行っても浮いていた。


夜の繁華街(仮)にそんな世界とは無縁の少女が2人。少し油断すればすぐ厄介事に巻き込まれそうな予感がする。とにかくこんな所で離れる訳にはいかないな。僕はイリスの手を取り引き寄せた。


「僕ら注目されてるみたいだ。はぐれたら厄介だから手を繋いで行こう」

「……!うん!」


ローズにも手を差し出したが、見くびらないでと払われてしまった。


「ガンつけあって喧嘩したりしないで下さいね……」

わたくしがそんな品の無いことすると思いまして!?」


***


道端の物乞いや怪しげな勧誘を足早に避けながら宿屋を探し歩く。ブレーブスの道は入り組み広がっていて、端にたどり着く予感はなく、最初の場所に戻れそうにもない。並ぶ店も多岐に渡り、金品宝石から見たことの無い生物、白い粉薬と胡散臭い事だけが一貫している。そんな中ようやく宿屋らしき看板を見つけた。


露出度の高い女性達が通行人に媚び売る横を通り抜け、店内に入ると視覚より先に酒と煙草の匂いが肺を侵した。遅れて認識する下品な笑い声やジャラジャラという喧騒。どうやら1階は酒場で、煙く不透明な景色の中で冒険者とも山賊ともつかない粗野な男達がギャンブルに勤しむ姿が目に入る。カウンターはその向こう、煙に霞む一番奥だ。


足を踏み出したその刹那、喧騒が心做し静まった。ああ、皆、見知らぬ僕らを品定めしているらしい。これまでの調子を続けながらも視線だけ寄越す者、あからさまに下卑た笑みをぶら下げている者、全員の注目が僕らに集まっている。イリスの僕と繋ぐ手に力が入る。僕らは脇目も振らずまっすぐカウンターへと進み出た。ここでナメられるのは良くない。


「ひと部屋借りたいんだけど」


ボトルを並べて酒を割っている目付きの悪い店主に投げかける。


「いいぜ、ウチは一泊10万リルだ」

「たっか!!ぼったくりですか!?」


今までの宿屋だったら1ヶ月くらい過ごせる値段だ。


「おやボクには高かったかい。お嬢ちゃんのその杖か、そっちの嬢ちゃんの赤い目ん玉一つ売れば余裕で払えると思うがなぁ?」

「店ごと焼き払っても良いかしら……?」


背後からフレアの何時になく低い囁きが聞こえる。気のせいか、熱気も。


「仕方ない、他を当たろう」


扉を一瞥すれば何人か出ていく。外で待ち伏せるつもりなのだろう。この人数だ、戦闘になったらフレアに焼き払って貰うしかなくなるか……。


「おいおやっさん!ほらよ、頼まれ物だ」


その時、ゴロツキ共を掻き分け豪快に入ってきた声が、僕の横でこれまた乱雑に酒瓶の詰まった箱を投げ置く。ガシャンと揺れる酒瓶の甲高い音が淀んだ空気を切り裂いた。

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