十五、深紅と常磐の魔術指南1


地図で確認したところジェーナは西側の山岳地帯にあるようだった。ここフォルトスは東側、陸の反対側まで行かなければならない。経路には幾つか町村があり、そこである程度物資を整えられるようだけど、ならば兎にも角にも物資を買うお金が必要だ。


というわけでクラウトの家でお世話になりつつ、ギルドに貼り出された依頼をこなして旅費を貯めている。

そんなある日の朝だ。今日は依頼も受けてないしゆっくりできるな、と思っていると、


「君は魔術についてどれくらい知っている?」


 朝食の席でクラウトに前触れもなく問いかけられた。僕はパンに相当するクラッカーのような主食をバキバキと割っているところだった。


「え?全くと言っていいほど分かりません」


この世界は僕のいた世界とは色々と前提が違うし、まず僕のいた世界では魔術は眉唾ものという認識が一般的だ。

そう話すと彼は思案して、


「うん、試してみようか。魔術」


と笑顔で言った。


***


朝食の後、大きな一枚岩の石畳がある裏庭に案内された。


「魔術を生業としている家には大抵において実験場がある。ここなら色力を安定させやすい筈だ。陣は術を補助する役割がある。慣れれば陣も詠唱も省略できるけど、初めてならば略さず行ったほうがいい」


説明しながら、クラウトが徐に石灰石のような破片で石畳に魔法陣を描き始める。


「何の色力も持たない者が魔術を扱えるのかしら」

「今この世界で色力を持たないのはカナメくんだけだよ。それでも生きて居られるんだから、きっと何かすごい力があるんだよ!」


ガリガリと石を削って描かれていく陣を眺めているとフレアとイリスが裏庭に入ってきた。フレアは近隣都市のアマラントに自宅がある筈なのに、あの日からずっと僕らと一緒に居座っている。


「フレア、君いつまでここに居るつもりなんだ」

わたくしの気が済むまで。それより、まさか貴方最初に緑色魔術を教えるつもりですの?」


ピクリとクラウトの肩が震え陣を描く腕が一瞬止まる。また何か考えていたらしい彼は、陣を描き終え腰を伸ばすと何かを諦めたようにフレアに向き直った。


「成程、じゃあ君に任せるよ。ここであまり大きな赤色魔術は使わないでくれ」


返事を聞いてフレアが機嫌よく陣の中へ躍り出る。入れ違いにクラウトは外へ、近くの岩に腰掛け見守ることにしたようだ。


「ふふ、当たり前ですわ!さ、Mr.カナメ。剣は持ってきたかしら?」

「はい。……でも、剣なんて何に使うんですか?」

「魔術の媒介に使うのですわ。力を放出する場所には高い負荷がかかりますもの。当たり前の事ですわよ」

ちなみに、媒介を使わず魔術を行使すると――」


クラウトがおもむろに右手袋を外し前に手を伸ばす。すると彼の手の下の草木が一斉に花を咲かせた。と同時に赤いものが飛び散る。


「――こうなる」


見ると彼の素手の右手は小さな裂傷に切り刻まれ血が滴っていた。フレアが赤い扇子で口許を隠し、早く治しなさい!とまくし立てる。


「もっと大きな魔術を使うと小さな裂傷では済まされませんことよ。それから、初心者の内は魔術制御が疎かになると自身の魔術に当たってしまう事もありますわ。気を引き締めて扱ってくださいまし」

「なるほど、気をつけます」


まぁ、まだ僕に魔術が使えるとは決まってないけれど。でも僕に魔術が使えるならこれからの旅路が楽になるかもしれない。是非習得したいものだ。


「それでは、早速実践と行きましょうか」


陣の中でフレアと相対する。いよいよこれから魔術の使い方を習うのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る