十四 、ヴェールマラン邸
前日に訪ねた古い洋館の扉が開けられ、中に招き入れられる。通されたのは向かい合わせにソファが置かれ、真ん中にテーブル、壁に本棚と書き物机がある部屋。おそらく客間なのだろう。
「少し待っていてくれ。本しかないが、家の中は好きに見てもらって構わないから。ああ、フレア、君はこっちへ。その枷を外す必要があるだろ」
「外せるんですの?」
フレアが訝しげにクラウトの顔を見上げる。あの枷は呪具の一種で、解呪には特殊な技術が必要なんだっけ?
「一般的な封印錠だろう?そのくらいの物なら覚えがある。魔獣用でなくて良かったな」
「誰が魔獣ですって!?」
軽口を叩き合う二人の声が廊下の向こうへと離れていく。じゃあ、僕もお言葉に甘えてイリスの治療を受けたら館内探索でもしようかな。外観から推測するに、結構部屋数がありそうだ。
期待に胸を膨らませていると廊下の角から家主が顔を出し念を押された。
「あ、鍵のついた扉や棚には無闇に触らないでくれよ!」
探索者の魂胆を見透かされている……!
***
空いてる部屋を覗いて回ったが本当に本が多い。ほぼ全ての部屋に本棚があり、中には本棚しかない部屋もある。本棚もなく本が平積みになっている部屋もあった。もしかして本屋か。
書棚に並んだ本は魔術書、医術書、百科事典……分厚く難しそうなものばかりだ。
「本当に本しかない……」
一冊手に取って開いてみる。……。そっと閉じて戻した。
仕方なくイリスと客間に戻りソファで寛いでいると、クラウトがティーセットを持って戻ってきた。後ろに続くフレアの手首に枷は無くなっている。
「すまないが、来客は久々でね。茶しか出せるものが無い」
と言って差し出されたティーカップからはハーブティーのような香りがする。クラウトが僕の対面に、次いでフレアが当然のように彼の横、イリスの正面に座った。
「改めて、僕はクラウト。
「私はフレア。
「カナメと言います。久我、要」
僕の名前を聞いて少し間があったものの、よろしくとだけ返された。
「それで?イリス、君はあの時村まで送り届けた筈だ。どうしてまたここに」
「あ、はい。あの時はありがとうございました。それで――」
イリスの話を聞きながら、クラウトが長い足を組み替える。じっくり眺めると彼は中々に容姿が良いのだと思う。少なくともファッション誌で表紙を飾っていても納得できる程度には。
「……僕の顔に何か?」
ジロジロと見ていたのがバレた。葉緑体でも飼っていそうな翠の瞳と視線が交わる。
「あー……いえ、僕の世界では緑色を持つ人って珍しくて」
「カナメくんはこことは違う世界から来たんです」
イリスが横から補足する。紛れもない事実なのだけど、改めて言葉にされると自分でもにわかに信じられない。
「違う世界?信じ難いな」
クラウトが端整な眉根を怪訝に寄せる。隣のフレアも口に出さないものの、信じられないという顔をしている。
コレが一般的な反応だろう。イリスには色々と救われたから黙っているが、普通とちょっと違うからほかの世界から来たという結論に直結する思考回路はおかしい。
しかし事実は事実。現実を見据えねば解決は望めない。
「ところが本当の話でして、元の世界帰る方法を探しているんですが……」
「彼は村の言い伝えにある救世主様だとおもうの!だから黒の討伐を手伝って貰おうと思って……」
口々に話す僕らにクラウトは手を挙げ制す。押し黙った僕らに、彼は一つ大きくため息をついた。
「待ってくれ、順に聞くから。どうやら僕の手に負えることではなさそうだが、乗り掛かった船である以上力は貸そう」
***
「――成程、イリス、君は村の伝承に従って黒色の殲滅に当たろうと飛び出してきた。カナメ君は訳も分からずこの世界に来てしまって 、帰る方法を探している」
「そんな感じです。帰る方法に何か心当たりはありませんか?」
クラウトは少し目を閉じ思索を巡らせてから、やがて首を横に振った。
「異世界に纏わる記録なんて見たことがない」
「これだけ本に埋まっていても、役に立ちませんのね」
隣でフレアが呆れ混じりで毒づく。
「な、……そもそもウチにあるのは魔術か医学薬学の類が殆どだ。分野が違う」
ここでも手掛かり無しか……。落胆を喉の奥へ流し込むようにハーブティーを啜る。目の前の二人はやいのやいのと小言をぶつけ合っている。仲がいいなぁ。
「とにかく、僕の知識では及ばない様だ。学術都市ジェーナの大図書館なら文献が見つかるかもしれないが……」
落胆が顔に出ていただろうか?僕に向き直るクラウトの瞳から困惑と憐憫が窺えた。そもそもなんで僕は特に理由もなく知らない土地を放浪するハメになってるんだろう。そう考えると今度は怒りが湧いてくる。
「ジェーナ?どこだか知らないけど行きます。もうこうなったら何処へでも行ってやる!」
「行くにしても、ジェーナは遠い。少し休んで準備を整えて行くといいよ。部屋は幾つか余っているから、滞在に使ってくれて構わない。こんなことでしか協力出来なくてすまない」
「いえ、助かります」
こうしてしばらくの間クラウトの家にお世話になることになった。
ぼそっと「本の山を片付けたらの話だけどね」と付け足されたのは聞こえないふりをした。
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