十三、緑閃

「なんだてめぇ!」


男衆のひとりが殴りかかろうとするのを親玉が手で制す。


「やめとけ、こいつは……」

「ここにはじき憲兵が来る。大人しく身を引くのが賢明だと思うが、まだ続けるか?」


ローブの人物は静かにそう告げて目深に被ったフードを脱ぐ。同時に盗賊達がどよめき動揺が全体に広がった。


「緑だと……!?」

「あんな濃い緑見たことねぇよ……」


鮮やかな新緑だった。その青年はローブに圧されて乱れた夏の草原のような髪を緩く振るって整える。


「り、緑力りょくしきがなんだってんだ!何かしてみろ!こいつがただじゃすまねぇぞ!」


イリスを捕らえた賊がその首元にナイフを当て叫ぶ。

翠の瞳が賊を一瞥する。

いつの間にかイリスの首元にあったナイフは賊の手を滑り落ち地面に転がっていた。


「あ、れ?」


筋力を失ったように賊が膝から崩れ落ち、解放されたイリスが僕の元へ掛けてくる。


「カナメくん!」

「イリス!」


「さて、どうする?」


青年の問いかけを皮切りに盗賊達が慌てふためき口々に罵倒を吐き捨てて逃げ出していく。


「ヒッ……化け物!」

「勝てねぇ勝負は受けるもんじゃねぇや!お前ら!憲兵が来る前にズラかるぞ!」

「お、おい!俺も連れてってくれ!」


先の腰を抜かした男を仲間が引き摺るようにして出ていき、部屋には僕らと静寂だけが残った。どうやら助かったらしい。


「あの、助けてくれてありが……」

「クラウト!」


僕の感謝の言葉は青年に詰め寄るフレアの声に塗り潰された。


「貴方何年も何の連絡も寄越さずに何をっったーい!」


捲し立てるフレアの額にクラウトと呼ばれた青年の無言デコピンが飛ぶ。


「乙女に向かって何するのよ!だいたい散々心配させてきゃんッ!!」


口の減らない彼女に無慈悲の追撃がもう一発襲った。


「それはこっちのセリフだフレア!なんで君こんな所にいるんだ!?しかも捕まってるし!……あと、君もだよ、イリス」


吠えるフレアを余所に彼がイリスに向き直ると、彼女の表情が晴れやかになった。


「覚えていてくれたんですね」

「虹の使い手は君以外見たことがないよ。忘れるわけがない。イリス、早速だけど転移を頼めるかい?できるならフォルトスまで」

「あ、はい!」

「ちょっと!話を聞きなさむぐぅッ」


 先程の淑やかさは何処へやら、小型犬のように、もしくは沸騰したやかんのように吠え続けるフレアを取り押さえ、口を塞ぎつつクラウトは今度は僕へと話しかける。


「話があるなら僕の家で聞くよ。憲兵に出くわすと色々と面倒だからね。……君にも事情がありそうだ」


そう言って緑の瞳が僕を品定めする。街を歩いていてもあまり変な目で見られてないけど、やはり魔術師とか特殊な人間には僕が異質に映るのだろうか。

思えばイリスにも僕が異世界の住人である事がばれていたっけ。


「フォルストまで飛びます!みんな、私の近くへ!」


何か返そうと口を開きかけた所でイリスの声がかかる。

何はともあれ、依頼は完了できそうだし、イリスの探していた人にも出会えたし、状況は大きく進展している。このまま順調に元の世界へ帰る方法も見つかればいいんだけどな。


僕は僅かな期待を胸に転移魔法の光へ身を預けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る