十、奴隷部屋の薔薇

奥に進むと流石に人の気配が多くなった。空き部屋や物陰に隠れて通り過ぎるのを待ち、いなくなった隙を見計らって先を目指す。

そうしているうち、大勢の気配のする部屋にたどり着いた。中を覗くと十数人の男が此方に背を向けて檻を囲んでいるようだ。1人だったら奇襲でなんとかなりそうだが、この人数では難しい。


男達の声に混ざって叫び散らす女性の高い声がする。檻の中に居るであろう女性の威勢に、周りの男達はたじろいでいるようだった。


「くそ……っ、この小娘!」

「その威勢も今のうちだ!お頭がくりゃお前なんざすぐ玩具同然になるぜぇ!!」

「せいぜいそこで震え上がってるんだな!」


捨て台詞を吐いた男達は1人を残して、どやどやと僕らが覗いてるのとは別の扉から出ていく。檻の正面から障害物が居なくなり、囚われた少女の姿が見えた。

彼女は燃えるような赤い髪が印象的で、赤い花のようなドレスの裾を地面に広げて座り込んでいる。その雰囲気や仕草から、裕福な家庭の育ちである事が窺えた。


「おい、ちゃんと見張っとけよ!」

「へい」


むさくるしい集団が去った後に残ったのは、檻の中の少女と、如何にも三下っぽい見張り1人と、隠れて様子を伺う僕らだけだ。

チャンスだ、敵は1人になった。……しかし此方を向いて警備しているため飛び出せば直ぐに気づかれてしまう。正面から行っても1人ならどうにかなるかもしれないが、叫ばれたりしたらさっきの男達が戻ってくるかもしれない。ここは"ぐ"の音も言わせずに仕留めたい。

どうにか気を逸らせる方法がないかと考えていると、不意に囚われの少女が見張りに話しかけた。


「暇だわ。貴方、話相手になってくださらない?」

「囚われの身ってんのに呑気なもんだな!暇だってんならそこで一枚ずつ脱いで俺を楽しませろよ!……ってその手枷じゃ自分で服も脱げねぇか!ヒャハハッ」

「……っ、なら、貴方が手をお貸ししてくださっても良いのですわよ?」


その言葉に下卑た笑みを浮かべた見張り男が檻の方へ向き直る。


「ふぅん?誰も助けに来なくて心細くなったか?まぁいい、女は黙って男の言うこと聞いてりゃいいんだ。こっち寄れよ」


少女が鋭い眼差しで男を見つめる。……いや、視線の先は男の背後……僕だ。


「(部屋に誰か近づかないか見張ってて)」


小声でイリスに指示を出し、気配を殺して男の背後に迫る。男の指が少女に触れる直前、頭を剣の腹で思い切り殴りつけた。


***


殴られた衝撃で檻の柵にも頭を打ち付けた見張りの男は力なく地面に倒れ込み血を流している。ポケットをまさぐれば鍵が出てきた。この檻のものだろうか。

鍵穴に差し込めばぴたりと合致し開いた。


「大丈夫ですか?」

「……遅いっ!」

「わっ!」


差し出した手をグッと掴まれて乱暴に引っ張られる。柵を掴んでいたから倒れ込まずに彼女を起こすことができたものの、下手したら彼女とぶつかっていたかもしれない。


「危ないなぁ」

「危ないのはこちらの身でしてよ!!この私にあ、あんなことさせるなんて……!もっと迅速に助けて頂きたいところですわね!!」

「あの、あの!しーっ!しーっ!」


蒸気機関のように忙しく怒る赤い少女に、部屋の中に入ってきたイリスが慌てて静かにするように言い聞かせる。少し落ち着いた赤い少女は、少し気恥ずかしそうに、


「でも、助かりましたわ。ありがとう」


と呟いた。




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