九、潜入
謎の人物は完全に見失ってしまったが、どうやら本拠地に入ることができたようだ。入り口は一人通るのがやっとだった穴の内部は、余裕ですれ違えるほどの横穴となっていて所々にランプが灯っている。
少し進むとすぐに分かれ道にぶつかった。もしかしたら蟻の巣のように入り組んだ構造になっているのかもしれない。そうだとしたら、退却するとき厄介だな。
「どっちに進もう?」
「盗品保管庫みたいな所に行ければいいけど……あ、何か描いてある」
よく見ると分かれ道の壁に落書きのような記号が刻みつけられている。
「これ、記号自体の意味はわからないけど、多分この記号を覚えることで現在地を把握しているんだろう。なるべく覚えて進んだほうがいいかもね」
岐路の記号を覚えながら、人に見つからないよう物陰に隠れつつ慎重に進む。残念ながら地図が見当たらないから虱潰しに当たるしかない。
所々で見つかる部屋は扉や鍵の有無もまちまちだ。目的の懐中時計を見つけてない今、派手に暴れて騒ぎを起こすのはまずいからできる限りで確認する。が、今のところ物置や空き部屋ばかりだ。
「ちょっと待って」
廊下を進んでいくと不意に話し声が聞こえてきた。急いで息を潜め、二人で壁際に身を寄せながら、声の聞こえた部屋の中を覗く。
そこには男二人の背中があった。
「全くしけてるぜ。客からいい金額取ってる癖してロクなもん置いてやしねぇ」
痩せぎすの男が手元の箱を下ろしながら中背の男に話しかけている。……あの男、宿を探している時ぶつかって来たやつに似ている。
「その箱フォルトスのか?あそこはダメだな。所詮ちっせぇ店には小金しかねぇよ。やっぱ一発狙うならお貴族サマの屋敷くらい行かねぇと、な!」
ドスンッと重そうな木箱が痩せぎすの前に置かれる。遠目からでも金銀の光が輝くその箱の中のもの1つを手に取り、痩せぎすが感嘆の声を上げた。
「おー?おめぇ、やりやがったな?この紋章は……フェアブレンネン家じゃねぇの!」
どうやらこの部屋は盗品保管庫らしい。フォルトスの名も出てきたから、僕らの探し物も痩せぎすの男が持っていたあの箱に入っている可能性は高い。どうにか立ち去ってくれないだろうか。
名家の物らしい盗品に暫く男達ははしゃいでいたが、不意に中背の男が話を変えた。
「そういや、なんか人少なくね?」
「いやさ、今日侵入者がいてさ、皆で捕まえたんだけどよォ、それがまた別嬪な嬢ちゃんでさ!みんな奴隷檻の部屋に見に行ってんだ」
「そりゃいいな!俺らも出遅れる前に行こうぜ」
「そうこなくっちゃな!」
そう言って男達が部屋から出て向こうへと去っていく。素早く中に入り周りを確認するがセキュリティの類は無いようだ。目当ての箱に近づき中を漁るとあまり時間もかからず懐中時計が見つかった。
「これかな?」
「青い石に金地に……聞いた特徴に当てはまってる!見つかってよかった〜〜」
喜ぶイリスにしーっと声を抑えるよう促す。
「まだ敵の本陣です。……でも目的は達成しましたし、急いでここから出ましょう」
体を翻し出口に向かおうとすると何かが僕の服を引っ張った。振り向くとイリスが服の裾を掴んでいる。
「さっきの人、捕まっちゃったって……私、助けに行きたい」
「僕らの目的はもう達成してるんですよ?それに、その人が囚われている場所は今人が集まっているみたいだし、危険すぎる」
「い、いざとなったら私の転移魔法で逃げられるから……!お願い!もしかしたら同じような目的で来た人が、酷い目に合わされてると思うと見過ごせないの……」
一応僕にも義理を感じることはある。金銭面で頼りきってしまった彼女からの頼みだ。
「わかりました。あくまでこちらの身が危うくなったら退避ということで」
それにしても、あの時見たローブ姿は少女と言うには大きい気がしたけど……?微かな疑問を胸に、僕らは奥へと向かった。
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