七、初任務

「居ないみたいだ」


屋内に耳をそばだてて気配が無いことを確認すると、イリスが落胆のため息をついた。


宿を出る際に店主にこの地のクロマの守護者のことを聞くと、あっさり家を教えてくれた。町外れにあったその洋館は街中の家々より大きく、壁には蔦が絡みつきとても古そうに見える。ここに緑色を司る末裔が住んでいるという話だったけど、留守なら仕方がない。いつ帰ってくるのかもわからないし。


「一度町に引き返して、ギルドの方へ先に行こうか」


***


ギルドは冒険者組合の事で各都市に支部があるという。元々は依頼者と冒険者の契約遂行を保証する中立組織として確立したのが発端で、依頼の斡旋や冒険者互助管理を行っている。

つまりは依頼内容通りの仕事を遂行し、然るべき報酬を貰い、その仕事を実績として残すにはギルドに自身を登録しなければならないという事だ。


カントリー調に統一された内装の事務所で所定の書類を書いて提出し、処理が終わるのを待つ。証書の代わりに帰ってきたのは緑の石の付いた小さなバッジだった。バッジが身分証替わりとは、弁護士記章みたいだ。


依頼はギルドが受理した後ランクが振り分けられて、掲示板に張り出される。冒険者は自分のランクより高ランクが付いた依頼は受けられないようだ。新人の僕らは最下の鉄章……並ぶ依頼内容は店番とか庭掃除とか護衛とか、もはや何でも屋だ。


「報酬も多くはないけど……仕事は信頼第一ですもんね。地道にこなしますか」


何か気になる任務はあるかと聞くと、イリスが掲示物の中の一つを指さした。


「これ……もしかして、昨晩泊まった宿のじゃないかな」

「あ、本当だ。依頼内容はやっぱ盗難関係なのかな……時計?」


鉄級任務、盗まれた懐中時計を探してほしいという内容だ。失せ物探し、しかも盗られたことがわかっているものを探すのは難易度が高い気がするけれど、最下級でいいのだろうか。


「私、これを受けたいな。困ってるところ実際に見ちゃってるから、なんだか気になって……」


難しいかな?と僕の顔を伺うイリス。僕はお人好しではないので困っている人を見かけたからといって安易に助けようとは思わないけれど。


「うん、受けましょうか。失せ物探しには自信があります」


今夜の宿代をツケてもらえる可能性を取ろう。


***


「あら、昨夜泊まってくれた二人だね」

「はい、貴方の依頼を受けて来ました。詳しいお話をお聞かせ願えませんか?」


ギルド受付で受け取ってきた依頼請負証を見せる。これを持っていると正式な任務参加者とみなされるというシステムのようだ。


「金地に青い宝石がはめ込まれた懐中時計を見つけておくれ。冒険者だった主人の形見の大切な時計でさ……他のものは盗られたってまた見繕えばいい、でも、あの時計だけは替えが無いんだよ」


本当は取り返して欲しいが、報酬も少ないし無理はしなくていいと言う。


「盗人に心当たりは?」

「無いねぇ……。ああ、同じく被害に遭った他の店主から盗品の多くはイーオス砂漠の闇市に流れるって聞いたよ。そんなに遠くまで行ってしまったら……」


もう戻ってこないかもしれない。なるほど、早急に手を打つ必要があるわけだ。


依頼主への聞き込みを終え、店内で昼食を取りながら先程雑貨屋で購入した世界地図を確認する。ここからイーオス砂漠はかなり遠い。この世界の交通は馬車と徒歩が主流らしいから、砂漠に着くまでには幾日も日を跨いで、いくつかの村や都市を中継する必要がありそうだ。逆に言えば、昨日今日で市に流れる可能性は低い。


とはいえ盗人が何処に潜伏してるかわからないのでは、探し場所を絞り込むことすらできない。地図を凝視しながら頭を悩ませていると、イリスがそういえば……と口を開いた。


「隣の都市にも闇市があったと思う」


そう言って彼女が指したのはアマラントと書かれた都市。このフォルトスから最も近い。下り道ということも考えると、最初の街セラドからここまで来た道のりよりは遥かに楽そうだ 。


「あと、ここには盗賊団の拠点みたいなのがあって、私、前に捕まった時そこに連れてこられたの」

「え、誘拐されたの?」

「うん。ここら辺の地域で活動してる大きな犯罪組織で、私も人身売買に出されそうになって。その時は結局助けて貰って大丈夫だったけど……。捕まってたとき、私の他にも珍しい生き物とか、高価そうな装飾品とかが拠点に運ばれてくるのが見えたから、今回の盗品ももしかしたらそこにあるんじゃないかな?」


吃驚するようなことをさらりと話すけど、この世界では日常茶飯事なのだろうか……。ともかく、アマラントはここからイーオス砂漠へ行く道の中継地でもあるし、かなり大きな都市のようだから可能性は高い。


「潜入するとなるとかなり危険だけど……こうもあてがないとなると当たってみる価値はありそうだ。昨夜あれだけ騒ぎになったから盗人ももうこの街にいない可能性が高い。場所は覚えてる?」

「多分。あの時のことは強く記憶に残ってるから」


目当ての物がさらに遠くに流される前に見つけなければならないため、行動は早いほうがいい。僕らはアマラントへ急いだ。

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