四、色世界

「僕の名前はカナメ。これからどうぞよろしく」

「改めまして、イリスです。よろしくね!」


交渉成立。味方を得たのは心強い。帰る方法のあては無いけれど、調べるために動くことはできそうだ。


「痛っいてて……」


肩の力が抜けた途端、野犬に襲われた時に傷ついた腕が痛みだした。慣れない状況に翻弄されて今まで忘れていた。傷を見ると流血は収まっているものの化膿しているようだ。


「傷……!ちょっと見せて」


傷ついた腕に飛びつき、まじまじと見つめたあとそっと手を翳すイリス。傷口に触られるかと思いとっさに身構えたけど、痛みが襲うどころか和らいでいく。瞑った目を恐る恐る開くと、プリズムを散らす眩い白光がみるみる傷を塞いでいた。


「すごいね……治癒魔法ってやつ?」

「私の魔法じゃ、あんまり大きい傷は癒せないけれどね」


痛々しい傷がまっさらに治った腕に感心していると、イリスが照れくさそうにはにかむ。


「それで、僕は具体的に何を手伝わされるの?」

「えっと、それはね……」


西日に照らされた静かな室内の静寂にぐぅぅと緊張感のない音が響き、イリスの顔が夕日のように真っ赤に染まる。そういえば目覚めてから何も食べていない。僕も彼女も。


「続きはご飯を食べながらにしようか。確かこの宿の一階は食堂だったね」


***


「わぁすごい!美味しそう!」


運ばれてきた料理に、イリスが幼子さながらにはしゃぐ。

暖かく湯気の立つスープは赤く、中に転がっているのは豆や根菜に見える。その隣に運ばれてきた皿には香ばしい香りの漂う何かの包み揚げのようで、緑のクリームが添えられている。

正直メニューを見てもどんな料理かわからなかったし、イリスも料理に関する知識が無いようだったから適当に頼んでみたが、匂いや見た目で判断する限り、口に合わないものではなさそうだ。

ついでに、メニューを見ていて見慣れない文字が普通に理解できている事を発見した。良く考えればイリスともこの宿の店主とも話が通じている。

深く考えないことにした。


「美味し~~!!村を出たのは遊ぶためじゃないけれど、でもこうやって街に出て自分で選んだものを買ったり食べたりするのって楽しいんだね!」


目の前に座っているイリスは食事を口に運びながら、満面の笑顔で喜んでいる。口ぶりから察するに故郷では窮屈な暮らしを強いられていたのかも知れない。

僕も食事を口に入れてみる。美味しい。ハーブが効いているような不思議な味だけど、これなら普通に食べられる。


「それで、これからの事なんだけど」


楽しそうに食べ進めるイリスに僕から切り出した。残念ながら僕としてはのんびり晩餐を楽しんでいる場合ではない。


「ん、ああ!さっきのお話の続きね」


すっかり忘れていたらしい彼女は急いで口元を拭い、話し始める。


「この世界はね、赤、橙、黄、緑、青、紺、紫の根源色と呼ばれる七色の力があって、そのバランスで全部できてるんだって。でも、20年くらい前だったかな?突然現れた”黒い力”に汚染された生き物が見つかって、どんどん増えていったの」


「ってことはその”黒い力”が討伐対象?」


問いにイリスがこくんと頷く。


「”黒”っていう色自体はその前からあったけど、それは複数の根源色が混ざってできる”表面色”で固有の力ではなかったはずなの。でも現れた”黒い力”は他の色にない性質を持っていて、接触すると汚染されるとか、汚染された生物は凶暴化するとか……私が知っているのはそのくらいだけど、他にもあるのかも」


「汚染物質とは厄介だな……。しかも凶暴化するってことは汚染生物との戦闘もあるってことですよね?僕は武術の心得も戦闘経験もないんだけど」


異世界に流れ着く際にステータスなりスキルなりが底上げされていたり、漂流先が元いた世界の文明レベルより劣っていて既存知識の価値が上がっていたり。元居た世界で最近流行っていた冒険物語では、最初から主人公に分がある場合が多いようだけど、残念ながら僕には神様と呼べる存在に会って何かを賜った覚えもないし、文明の利器が入った鞄は目覚めてこちら行方知れずだ。

あれ?この状況思ったより深刻なのでは?

何か提案はないか振るとイリスは困った顔で指先を弄ぶ。


「わ、私も勢いで飛び出してきちゃったから具体的にどうするって考えてなくて……。とりあえず、フォルトスにクロマの守護者がいるからそこを目指してる途中で……」


「クロマ?」


「ええっと、さっき七色の力でこの世界はできてるって言ったけど、七色それぞれに力の化身みたいなのがいて、霊獣って呼ばれてるの」


イリスの必死の説明をまとめると、各地に眠る霊獣は世界のエネルギー循環におけるポンプ、心臓のようなものらしい。あまりピンとこない。


「創世譚では世界が今の形に安定したあと、霊獣達は人間に後を任せて別々の地で眠りについたとされていて、その任された人間っていうのがクロマの守護者と呼ばれてる血筋。大抵は守護する霊獣の眠る鎮霊地の近くに住んでいて、霊獣が目覚めたり危害を加えられたりしないように守るのと、世界のバランスが保たれるよう調整する役割があるんだって」


”黒い力”の件でも動いてるはずだから、協力してくれると思う!と意気込むイリス。そんなエキスパートがいるなら彼らに任せるわけにはいかないのかと思いつつも、この世界の構造に詳しそうな人ならば僕の帰還方法にも心当たりがありそうだ。正直藁をも掴む思いだから、不安要素はあれどイリスの方針に乗る事にした。


「他にあてもないし、君の案に乗るよ。明日にでもここを立ってそのふぉるとす?を目指そう」

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