ニ、始まりの街セラド
僕らを包んだ光が薄れ、目を開けばそこは茶色いレンガ造りの家々が並ぶ街だった。メインストリートと思しき道にたくさんの店が並び、たくさんの人が行き交っているのが見える。
それが見えるのは目線の位置が高いからだ。
僕らは空中にいた。
足場が無い。
――ああ、これはファンタジーものの転移魔法でよくある座標設定失敗みたいなやつ?
一周回って冷静な脳がそう考える間に、僕らは重力に為す術なく敗北した。
バシャーン!と、手痛い歓迎を覚悟した地面が立てたのは水の音。不幸中の幸いか、どうやら落ちた場所は噴水だったらしい。少し飲んでしまった水を吐き出して息を整えていると、一緒に落ちた少女も水面に顔を出した。
「はぁ、はぁ……あ、ごめんなさいごめんなさい!私、あんまりこの魔法使ったことなくて……」
「いや、ええと、危機的状況から脱せたみたいだし、助かりました。それより……」
突然人が泉に落ちてきた事で野次馬が集まりだしている。人々の服装や街並みを見る限り、およそ現代日本の一般公道ではないようだ。つまり僕はとんでもない事態に巻き込まれているようで、そんな時に下手に騒ぎを起こしたくない。
「とりあえず……水から出て落ち着ける場所を探そうか」
***
濡れているから多少人の目を引くものの、雑踏の中に紛れてしまえば直ぐに注目の的から外れた。
かといってこのままうろつく訳にも行かず、替えの服を買おうにも、この街に流通しているらしい見識のない貨幣を僕は持っていなかった。ただ、日本円が使えたところで財布が入ってる鞄は行方不明なんだからどうしようもないのだけど。
「服、私が買ってくるよ!」
落胆する僕の横でそわそわとしていた彼女が口を開いた。
「え?いや、そんな、初対面の人にお金を出してもらう訳には……」
金銭の貸し借りは往々にしてトラブルのもと。現状唯一の味方との間に禍根を残したくないから断った。でも彼女は気にしないで!と言って聞かない。
「大丈夫、すぐ買って戻ってくるね!」
「あっ……」
少し興奮した様子で、店の前に僕を残し中へと入っていった。どうせ買うならせめて服のデザインくらい選ばせて欲しいと思うのはわがままだろうか。
出遅れた僕は彼女の服飾センスを天に任せ、大人しく店先で待つことにした。
「お待たせ!いろんな服があって迷っちゃった。待たせちゃってごめんね」
「大丈夫ですよ。寧ろ服、ありがとう。着替える場所はどうしようか」
女子の買い物だから時間がかかるかと思ったけれど、彼女はわりかし早く店を出てきた。本当はもう少しゆっくり店内を見たそうだったから、僕に気を遣って急いでくれたのかもしれない。
「宿屋でお部屋を借りよう!私、君を見つけるまで歩いてここに向かってたから疲れちゃった」
少女の指さす先には看板があり、そこは宿屋のようだった。外も内もホテルのような煌びやかな装飾などはなく、民宿かB&Bといった風貌だ。カウンターでチェックインを済ませ二階の一室に入った。
「ふぅ~~ようやく休憩できる〜〜」
先に浴室で濡れた服を着替えた少女が間の抜けた声を上げベッドに沈む。
「お疲れ様、じゃあ僕も着替えさせていただきますね」
浴室へ移動し、先程彼女から受け取った服に袖を通す。鏡で確認したところ、悪くない。黒いシャツに黒いカーゴパンツ、モスグリーンのロングコート。これからの季節にロングコートはどうかと思ったが、僕が今いる世界に馴染みある四季があるかどうか不明なので考えないことにする。
浴室を出ると、ベッドに転がった少女はすっかり寝息を立てていた。
予算的にこの宿の一部屋しか取れないと言われた時、僕は彼女にそれで大丈夫なのか確認を取った。彼女は純粋な眼差しで何故いけないのか分からないというような反応をした。
その時といい今といい、僕と同年代の少女としては不用心過ぎる気がする。何か事情があるのかもしれない。
その事も含め、今いる状況について認識の擦り合わせをしたかったが、出会ってからこちら、頼りっぱなしの彼女を無理に起こす気にもなれず、大人しく僕も休むことにした 。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます