10(最終話)

10




白いフリルのついた紺のワンピースの上にカーディガン、柔らかい生地のベレー帽、真っ白なハイソックス、ピンクのリボンがついたパンプス。


可愛らしい服装を上品に着こなした薫子さんはいま、公衆便所の和式の便器にしゃがみ、薄緑色のパンツをずり下げて、小刻みに震えながら力んでいて、僕はそれを後ろからじっと見守っている。



ある休日、どちらからともなく「外でしてみたい」という話になり、僕たちは同じ市内の山の方にある自然公園に行った。僕らの最寄り駅からバスで30分も走れば、もう人気も疎らな田舎の景色に変わる。

殆ど乗客のいない路線バスの車内でリモコンローター責めをしたり、

バス停の待合室でフェラチオさせたり、

木漏れ日の中でスカートをたくし上げて露出させたり、

公園にあるモニュメントの陰で舐めたりハメたり、

まあとにかく、僕たちはここまでで既に存分に露出プレイを楽しんだ。


ただ、僕の中には、そのあたりからなんとなくモヤモヤした気持ちがあった。


「手を洗ったら、お昼にしましょう。お弁当作ってきたんです」と彼女が言うので、公園の中の公衆便所の洗面台で手を洗う(そりゃあれだけ色々したんだから、ちゃんと手を洗わないとな)。


彼女が手作りの弁当を公園にある木製のテーブルとベンチに広げてくれた。「いただきます」と2人で言って食事を摂る。タコさんウインナー、卵焼き、ほうれん草をバターで炒めたやつ、色とりどりのおにぎり、デザートにうさぎ型の林檎もある。可愛らしいし、落ち着く味。がんばって作ってくれたのだろうか。こんな変態のために。


景色も良くのどかだ。人気はないけど、緑は豊かで陽射しも柔らかく、寂しい場所という雰囲気ではない。彼女の長い髪が秋の風に吹かれて目を奪われる。


「あの・・・」


「お外でセックス、とっても気持ちよかったです」


「健康にも良さそうだし、またしたいな」


と、彼女が嬉しそうに言う。その無邪気さとそれゆえの言ってることのおかしさ(確かに健康には良さそうだけど)、それと実際にしている行為とのギャップに混乱させられるのは、もう何度目なのかわからない。


暫くして、彼女が「ちょっとお手洗いに」と言って立ち上がった。


僕はまた咄嗟に思いつき、彼女の袖を掴んで「見たいので、僕も付いて行っていいですか?」と聞く。彼女は恥ずかしそうに躊躇っている。


「大きい方なので・・・」


流石にそれは無理だよな。色々してきたけど、やっぱりそれはね。


「それでも良ければ・・・」


良いのかよ。

ああ、やっぱりこの子は変態だ。



という顛末があって、今目の前には和式便器にしゃがんで力んでいる彼女の肛門があって、僕は固唾を飲んでじっと見ている。


「緊張してますか?」と僕が聞くと、


「しないわけないじゃないですか・・・」と彼女が答える。


「でも、がんばります」


とりわけスカトロ趣味があったわけではないが、やっぱり変態の登竜門というか、辿り着く場所の一つというか。とにかく、「この綺麗な女の子がうんこをするところを見てみたい」と思うのはごく自然な流れだ。


「んっ・・・出そう・・・」


と、彼女が力を込めると、可愛らしい肛門がモリモリと隆起して広がり、茶色い物体が顔を出すのと同時に香ばしい異臭がたちこめた。


彼女はその顔立ちからは全く似つかわしくない、太い一本糞をひり出す。今までで恐らく一番恥ずかしく、人間の尊厳に関わるようなところを他人に見られている。彼女の羞恥心も限界のはずだ。


便器に落ちた「それ」をまじまじと観察していると、彼女が「あんまり見ないでください」と言う。彼女が「あんまり見ないで」と懇願するものを、僕はどれほど見てきたのだろうか。しかも、それが「ほんとは見てほしい」の意訳であることも知った上で。


「まだ、流しちゃダメですか?」


と、彼女が聞いてきた。スマホで写真を撮ってから、「いいですよ」と許可をすると、彼女の排泄した恥ずかしい物体は、水流とともに下水へ吸い込まれた。


「素晴らしいものを見せてもらいました。恥ずかしいのによく頑張りましたね」


と褒めてあげると、彼女はいつも決まって、赤らめた顔のまま少し笑顔になるのだ。


(ほんとにこの子は・・・)といつも通り呟きながら、トイレットペーパーで丹念に肛門を拭いてあげる。取り残しがないように丁寧に優しく。子どもを持ったことはないし、あまり考えたことはないが、赤ちゃんのうんちのあとってこんな風にしてあげるのかな・・・なんて考えていた。


「きれいになりましたよ」と言うと、


「ありがとうございます」と礼儀正しく返してくれた。




時間はもう夕暮れ。少しだけ肌寒い風が吹いていて、否が応でも切ない気持ちになる。

高台から街と海が見下ろせる広場。こんなにいい場所なのにほとんど人がいないのは、やっぱり穴場だからなんだろうな・・・などとぼーっと考えながらも、今日(いや、何日も前から)ずっと逡巡していた事柄に思考を戻した。


「ちょっと飲み物買ってきますね」と、自販機のある方向に彼女が駆け出したので、僕はベンチに座ってなんとなくスマホを取り出した。


アルバムアプリにパスワードを入れると、彼女の恥ずかしい姿がたくさん表示された。今日もまた更新された「2人の思い出のアルバム」。


出会ってからの数ヶ月間のうちの最初の記録は、後ろから入れたときの結合部の動画。挿入したまま、彼女に「今こんなになってますよ」と言って撮影したばかりの動画を見せると、彼女は「こんな風、なんですね・・・」と画面に見入っていた。

それから、このアルバムには、下着姿の彼女、全裸の彼女、夢中でフェラチオするところ、夜のお散歩、目隠しされてピースするところ、荒縄で縛られてるところ、オナニーしているところ、脱いだパンツのクロッチの部分を自分で広げて見せているところ、スクール水着、体操服、メイド服などの様々なコスプレ(とりわけ興奮したのは、彼女の会社の制服だ)、テールプラグを挿された局部のアップ、いったあと恍惚としている顔など、彼女の恥ずかしい姿がたくさん記録された。一番最新の写真は今日の脱糞姿だ。一枚一枚に思い出が残っている。どんな姿をしていても、どんなことをしていても、彼女は愛らしく美しい。


そんなことをぼんやり思い返していたら、彼女が缶のココアと缶コーヒーを買って戻って来た。屈んで、僕のスマホの画面に気づき、


「いっぱい撮りましたよね」と照れて言う。


「普通の写真がないですけどね」と、僕は苦笑いする。


「じゃあ・・・今、撮りませんか?」と、彼女が僕の隣に座る。


「ふつうの写真」


自撮りモードに切り替えた画面に僕と彼女が映った。


「もっと寄らないと、画面に入らないですよ」「あ、こっち逆光ですね。こっち向きで」「ポーズは?」「こうかな」


カシャッ!


写真には、無邪気に笑う彼女と、照れくさくて少し引きつった自分が写っていた。無邪気な彼女の姿が今は少し痛い。


僕は急に黙り込んで、彼女もそれに気づく。


「あの・・・」と、僕が何か切りだそうとする。


「はい?」と、彼女は不思議そうに笑顔で返す。


咥えて下さいだの、脱いで下さいだのを何の抵抗もなく言えた自分が、言い淀んでいる。


「今日は言いたいことが・・・いや、ちょっと待って。まとめますから・・・あの・・・なんていうか・・・」


「はい?」


「今日も、いや今日だけじゃなくて、僕はあなたに、色々なことをさせて・・・僕は、すごい変態で・・・あなたも、そうなわけで」


まとまらない。


「今日のは、ほんとは薫子さんに嫌われたかったからなのかもしれないです。流石にコレは引くだろうって。なのに、そんなこと全然なかった」


なにが話したいんだ、俺は。


「僕は、ほんとは怖くて・・・あなたは、僕が『すごい変態』だから僕を受け入れてくれてて、そうじゃない普通な自分のことなんか、何も見てくれないんじゃないかって」


そう、それが怖かったんだ。


「僕にも普通の気持ちがあって・・・、いや、変態なのも僕らにとって普通のことなんだろうけどさ、でも、それだけじゃなくて、もっと、普通の・・・普通にある気持ちが」


彼女は黙って、じっとこっちを見て話を聞いてくれている。


もう心の中で見つかっているのに、その言葉は口から出てくれない。

苦しいな。


と、そのとき不意に彼女の右手が僕の左手を包んだ。


彼女の顔は優しく僕を見て微笑んでいる。


僕は咄嗟に彼女の手を握り返した。彼女の身体の全てに触れたつもりでいたのに、手をちゃんと握ったことがなかった。


ぎゅっと力を込めて、彼女をまっすぐ見て、


「僕は薫子さんが、好きです」


と、言った。


「わたしもです」と彼女が笑った。


「ふつうのあなたも、ちゃあんと見てましたよ。だから、大丈夫です」


彼女は、「おいで」と言って僕を抱き寄せ、胸元でぎゅっと抱き締めてくれた。


「いいこ、いいこ」と、彼女は呟きながら頭を撫でている。


「武さん」


と、呼ばれて彼女の顔を見上げると、


「よくがんばりましたね」


と、笑って、恋人としての最初のキスをしてくれた。



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