宿泊施設を用意せよ

 セリーヌたち一行がドラゴンに搭乗する。


「淋しいですわ」


「またのお越しをお待ちしております」


 恭しく頭を下げるメフィストの仕草はまるで一流のホテルマン――現に一流の執事ではある。その仕草が板についていた。


(ん? なんだ? 何か大切な事を忘れているような気がする……)


「それではお姉さま、王都でお二人が返ってくるのをお待ちしていますわ」


「ええ、ありがとうセリーヌ。あなたも気を付けてね」


 本当に絵になる二人である。

 美人姉妹の頭に「超」を幾つか付けても文句は出ないだろう。

 まさに美を体現した存在である。


 そんな二人を画角に収めると否応なくドラゴンが写りこむ。

 なんとも不思議な構図である。

 凶悪な――小国であれば一夜のうちに滅ぼせてしまえそうな――存在の背に乗る美少女とそれを優しい笑みで見送る美少女。


(違和感しかねぇ)


 夜一の心の呟きを他所に、違和感満載の別れは進む。


「「さようなら~」」



 セリーヌ一行が米粒程度の大きさになった頃。

 魔王城では夜一たちが、振っていた手を下ろしていた。

 しんみりした空気もどこかへと流れていってしまうくらいに時間が経っていた。


「よし! 部屋に戻るわよ」


 今し方まで気配を完全に消していた魔王が弾んだ声で言う。


(何で嬉しそうなんだ……いや、理由は簡単か)

 ベアトリーチェは出無精の「超」が付くほどのインドア魔王なのだ。

 そんな魔王の居城に客人という名の見ず知らずの人間が大勢で押しかけてきたのだ。疲れるのも無理はない。

 そんな気疲れから解放されたベアトリーチェは饒舌になる。


「なんだかイメージしていたのと違います……」


 唯一魔王の本性を知らないセルシアは「魔王」という存在に変な幻想を抱いているようだった。


 あえて真実を口にはしないが、薄々気がついているようである。


「……やっぱり」


 訂正。

 バッチリ気づいている。

 気づかざるを得なかっただけかもしれないが……


 饒舌なベアトリーチェは、セルシアの存在を失念していた。

 冷やかな視線を受けることに慣れたベアトリーチェも、いつもより多い視線にハッとする。

 ぜんまい仕掛けのからくりのように首を回し、振り返る。

「げっ」

 言葉にするとそんなところだろうか。

 驚きと悲壮感の混ざった、間違いなくネガティブな表情を浮かべる。


 セルシアの方も、見てはいけないもの見てしまったという顔をしている。


 気まずい。


「お茶に致しましょうか」


 有無を言わせずメフィストがティーセットを用意する。

 一体どこから現れ出たのかわからないそれらを、瞬く間に並べる手際はまさに神業。

 そしてなんのためらいもなくカップに注がれた紅茶に手を伸ばす。

 紅茶に詳しくはない夜一にも判る。

 これはいいものだ。


「こんなにおいしいお茶を出せるんだったらホテルのレストランで出しても良いですね……」


 あっ。

 ようやく気づいた。

 観光地に足りない最後のピース。

 それは宿泊施設――ホテルである。

 セリーヌたち一行は客人として魔王城で迎えたが、今後暗黒大陸を訪れる一般のお客様はどうするのか。

 野宿などさせられるはずもない。

 そんなことになれば暗黒大陸の観光地としての評判は地に落ちるだろう。


 そのためにも宿泊施設は必須なのだ。それも一流のホテルが。

 非日常を味わうための観光なのだから普段とは違う安らぎが必要なのだ。


 カップに口を当てたまま上目づかいでベアトリーチェがこちらを窺いながら一言。


「……好きな場所に建てればいい」


 権力者らしい判断であった。

 好き勝手にものを言っているだけなのだが、魔王という立場が口を挿む隙を与えない。


「勝手を言われては困ります。民に示しがつきません。それ以前にこの暗黒大陸の支配者だと言う自覚が足りない。どこで育て方を間違ったのやら」


 肩を竦めながらいうメフィストだけは別だ。

 幼き頃より傍に仕えてきた世話役である彼にだけには魔王の権威も意味を成さない。


「魔王様は引き籠りですからそろそろ外へ出る訓練をしないといけないと思っていたのですよ。そんな時に夜一様が魔王城にお出でになられた。これは運命。魔王様を独り立ちさせるチャンスなのです」


 うん。普通にひどい悪口だ。

 多分本人に悪気がなく、客観的事実を述べているだけなのだろうが、それがかえってベアトリーチェの心を抉っている。

 そのことに本人は気づいているのかいないのか、言葉を続ける。


「だから、魔王城をホテルとして活用なさればいいのです。いやでも他人と接する機会を作り、魔王様に魔王としての自覚を持ってもらいます」


 主の了承なく話を進める――もとい、決定するメフィスト。

 隣では青ざめた顔で震える魔王。


 この二人の関係性はよく判らない。

 親子というのが一番近いかもしれない。


 でも引きこもりの家に赤の他人を大勢連れてくるって、普通に考えて拷問だよな。

 少しだけ、あくまで少しだけベアトリーチェに同情した。


「それに魔王城をそのまま活用すれば、ホテルの建設費が浮きますよ」


 そう言ってメフィストはお金マークを作る。


「……確かに」


 夜一の中に僅かに芽生えたベアトリーチェに対する同情心は、あっという間に利益追求・経費節減という名の突風に吹き飛ばされてしまう。

 当事者であるベアトリーチェを置き去りに、夜一はメフィストと固い握手を交わす。


 そんな中、セルシアだけがベアトリーチェに哀れみの視線を向けていた。

 良かったねベアトリーチェさん、味方がいたよ。でもセシリアは口出ししない。

 ベアトリーチェがメフィストに頭が上がらないように、セルシアも商売の事に関しては夜一に頭が上がらないのであった。

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