商人ギルドからの招待状③
正直に話そう。
マジで困る。それが僕の率直な感想だ。
夜一が一体何に困っているのかというと、店長が持ってきた案件――手紙の内容についてだ。
ようやく重い腰を上げて、店の方に顔を出したかと思えば、厄介ごとを持ち込んできた。
商人ギルドから、円卓議会への出席を求められているとのこと。
行けばいいじゃないか。そう思ったのだが、店長は現在、絶賛自信喪失中の身。重い腰はなかなか上がらない。
行きたくはない。でも行かなくてはいけないと頭では理解している。そこで、代替案として店長のセルシアに代わって、従業員の夜一が円卓議会に出席する。
速攻で拒否したいところだが、今の店長の精神状態を考えると、今までのように冷たくあしらうやり方では駄目だ。下手をするとメンタルを殺ってしまう。
(あっ……もしかしたら行けるか?)
頭を過った考えに確信はなかったが、自分一人で思い悩むよりはいいだろうと、実行に移す。
経済学の本に書いてあったことの応用だ。
上手くいくかどうかは分からない。
いや、上手くやる。やらねばならない。
「取り敢えず……お店ではなんですから、部屋に行きましょうか。今日は少し早いですがお店は閉めましょう。どうやらこの話はとても大事なようですから」
店長の返事も聞かずに俺は閉店準備を始める。
仕事の片手間に話を聞くだけでは駄目だ。
今の店長は湯豆腐並みに脆い。扱い方を誤るとすぐにボロボロと崩れてしまう。
夜一は自身のトークスキルの低さを嘆いた。
あまりにも荷が重すぎる。
こちらの世界で閉店を意味する言葉の書かれた看板をドアノブに掛ける。
未だに異世界の文字の読み書きができない。
アラビア語っぽいな……アラビア語もよく知らないけど。
ある種の現実逃避をしながら店内へと引き返す。
そして店長が待つ部屋へと急いだ。
…………
……
…
「店長。お茶でもどうぞ」
ありがとうと消え入りそうなお礼の言葉を何とか拾う。
(僕の耳優秀。よくやった。)
「お気になさらず。冷めないうちにどうぞ。おかわりもありますから」
二人してお茶を啜りながら、一方は話を切り出されるのを待ち、もう一方は切り出すタイミングを見計らっていた。
「……私には無理」
絞り出すようにして店長は言った。
「一体どんな用件で商人ギルドは手紙をよこしたんですか?」
夜一の問いにポツリ、ポツリと返答する。
それら全てを要約すれば、最近頭角を現しているジャンク・ブティコについて尋ねたいとのこと。
店長曰く、商人ギルドが設けている優良店認定――元いた世界で言うところの星評価みたいなものの審議を兼ねているとのことだ。
だったら尚更、店長が出向いた方が良いと思うのだが……
店長は頑なに出席を拒んだ。
「ジャンク・ブティコはこの世界で一番の店になります。間違いなく。そんな店の店長が出来るのはセルシアだけですよ」
普段の店長呼びではなく名前呼び。
店長と呼ぶのは少し他人行儀だ。他人であることは間違いないが、親しい仲だと思っている。
もちろん変な意味などない。
親しき仲にも礼儀あり。
そんな言葉もあるが、今はあえて砕けた口調で話す。
親しさを前面に押し出す。
好意性。
親しい人に頼まれると断り辛いという心理傾向。
それに加えて、
「お茶のおかわり要ります?」
「ありがとうございます。お願いします」
普段はお茶など淹れない。
慣れない手つきでお茶を淹れる。
これが意外と重要なのだ。
返報性――ギブ&テイクの精神である。
人は何かしてもらうと何かを返そうという心理が働く。
しかも普段お茶など淹れない俺が、自分の為にしていると思うと、感謝の想いはより一層強いものとなるだろう。
それ即ち返報性の原理を強めることになるのだ。
クスリとセルシアは笑い、
「分かりました。今回の円卓議会への出席、お受けしようと思います」
説得は上手くいったらしい。
幾らか顔色の良くなった店長との雑談は、日が沈んでからも続いた。
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