第一部 第三章 一 タクシードライバーの過去とフカヒレスープと初めてのコーヒー

「お待たせしてしまって、すみませんでした」

 車が施設を出て、玄関の明かりがすっかり見えなくなってしまってから、ようやく前を向いて武田さんに話しかけた。

「いや、とんでもありません。来るときにずいぶん失礼なことを申してしまい、もう一度、お詫びを言わせていただきたくて」

「ああ、もう、そんなことはいいんです。もしかして、そのためにこの時間まで待っていただいていたんですか」

「いえ、園長たちが立てたドライブの計画をイシカワさんから説明を受けたりしていましたから」

「そうですか、それならいいんですけど」

「それに個人タクシーをやってますが、まあ半ば道楽みたいなもので。もう年金だってもらえる歳ですから」

 武田さんはすっかり打ち解けた雰囲気だった。心なしか車の速度もゆっくりのようだった。ほとんど電灯もない田園の道をヘッドライトが照らし出していた。窓から空を見上げると、星がずいぶんたくさん見えた。

「太田さんとおっしゃいましたね。そう呼ばれているのが聞こえたもので」

「ええ、太田です」

「お詫びと言ってはなんなんですが、もしよろしければ、ご自宅の近くまで送らせていただきます。もちろん、料金はいりません」

「いえいえ、そんなわけには。それにわたしの家はここからだとかなりありますし」

「そちらのお嬢さんは?」

「いえ、そんな悪いですから」サカキさんも断った。

「あっ、そうだ。帰りに話をしなければいけないことがあったよね」

 状況は大きく変わったが、新しい情報も入ったし、沢田さんや後藤氏の考えていることを知っておく必要があった。武田さんにそこまでしてもらうほどのことではなかったし、断る口実にもなると思った。

「ええ」サカキさんは武田さんにも聞こえるように答えた。

「そうですか?」武田さんは残念そうに言った。そして少し躊躇した感じでちらっとわたしを見てから話を続けた。「実はわたしの方もできれば聞いていただきたいことがありまして。少々お時間をいただければありがたいんです。変なお願いに聞こえるかもしれませんが、どちらか、近い方の駅までということではいかがでしょう」

 ここまで言うとなると、ただお詫びをしたいということではないらしかった。武田さんの言い方には、真剣な重みが含まれているように感じられた。サカキさんを見ると、了解するように頷いた。サカキさんの家の方が近いと思って、「サカキさんの最寄りの駅はどこ?」と小声で聞いた。普通ならタクシーで行きたくなるような距離ではないが、まあそう遠くもない駅だ。電車なら三〇分、車でも一時間はかからないだろう。そこまで送ってもらってもいいか、サカキさんに聞くと、小さくはっきりと頷いた。話は駅の近くの喫茶店か、そろそろ夕食の時間だし、食事をしながらでもいい。

 武田さんに駅名を告げた。

「いいですか? すみません」

 無料で送ってくれるというのに武田さんは恐れ入ったような答え方だった。そこまでして聞いてもらいたいことというのはいったいなんだろう。

「いや、こちらこそいいんですか? それじゃあ、商売にならないでしょうし」

「もうそれは全然構いません。さきほど申しましたように、半分道楽でやってますから。じゃあ、ちょっと方向転換しますね」

 武田さんは適当な場所に一度車を停めた。

「音楽をかけましょうか」

「そうですね、お願いします。ところで、この車のカーステレオ、いい音ですね」

「ありがとうございます。分っていただけますか、うれしいな。それなりにこだわって組んだもので。わたしは陽のあるうちはクラッシック、夜はジャズを聴くのですが、ジャズでも構いませんか」

「それならわたしと一緒です。わたしも基本的に同じパターンです」

「それはよかった」

 サカキさんにジャズは聴くかと小声で聞くと、「よく知りません」とわずかに首をかしげた。

「ジャズでいいですけど、比較的聴きやすい人のでお願いします」

 わかりましたと武田さんは答え、カーステレオに接続してあるデジタル音楽プレイヤーを操作した。聴き覚えのあるサックスの音が低く流れた。ジョシュア・レッドマンの『ビヨンド』だった。

 車の向きを変え、再び走り始めた。しばらく行くと施設の前を通った。もう玄関には誰の姿もなかった。

「行きに話しましたことと関係しているんですけど、話させていただいてもよろしいでしょうか」

 施設を過ぎると、武田さんが唐突に話しかけてきた。

「行きの話といいますと、虐待とかいじめとかいったことですか」

「ええ」

「乾さんと話をしていたら、あそこではそういうことはなさそうに感じられました。ほかの子どもたちを見たわけではありませんけど」

「ええ。少なくとも今の職員や児童では採光園は大丈夫だとわたしも思いますよ」

「でも、新しく入ってくる子や職員の心配までしていたらキリがないですよね。それともそういう職員なり児童なりが入ってくる予定でもあるんですか」

「いえいえ、そういうわけではありません」

「それに、わたしはあの子を引き取ることにしました。もっとも今すぐにというわけにはいかないんですが、あの子もわたしの子どもになってもいいと言ってくれたし、乾さんも応援してくれています」

「そうですか、それはよかった」

 武田さんの言い方は感慨を含んだような気持ちのこもったものだった。顔を見なくても笑顔になったのがわかった。

「でしたら、わざわざ話す必要はないかもしれません」

「そうなったのも、武田さんの話が多少なりとも影響したんだと思います。わたしの方こそお礼を言わなければいけません」

「そういっていただけると、わたしも少しは救われたような気がします」

「救われた?」

 救われた、という言葉を聞くのは、沢田さんに続いて今日二度目だった。

「わたしの話したいのはあそこの話ではないんです。旦那の連れ子で、面倒が見られないと施設に預けられてしまった子どもがいたと、ちらっと言いましたが、覚えていらっしゃいますか」

「ええ。わたしたちと重ね合わせていらっしゃいましたよね」

「あれ、わたしの家の話なんです」

「武田さんの?」

「ええ」

 武田さんは言葉を選ぶように、ゆっくりと話を始めた。


 普通の大学を出て、普通に住宅メーカーに就職した武田さんは、最初の結婚はそれほど早くはなく、三〇代の半ばに仕事関係で知り合った同い年の女性とだった。相手の年齢を考えて、なし崩し的に、なんとなくしてしまった結婚だった。もちろん嫌いではなかったが、情熱的に好きというわけでもなかった。それでも結婚一年目で子供も授かり、順調と思われた結婚生活だった。ところが、仕事を辞めて専業主婦になっていた奥さんはすぐに育児ノイローゼで悩み始めたのだという。武田さんもそのころ重要な仕事を任されるようになったころで、奥さんの悩みを知りながらも、育児を手伝うことはままならなかった。

 奥さんがパチンコにのめり込んでいるのを知ったのは、病院から会社にかかってきた電話でだった。子供をパチンコ屋の駐車場の車に置いたまま遊んでいて、子供が熱中症で倒れているのを発見された。子供は救急車で病院に運ばれた。フロントウィンドウとサイドウィンドウの二か所に日除けを着けていたのと窓を少し開けていたから車内の温度が高くなりすぎなかったこと、そしてそんな車の状況を不審に思った警備員によって早い時期に発見されたことで、幸い子供に大事はなかった。武田さんが病院に駆けつけると、子供はもう意識もはっきりしていたが、奥さんの方は鎮静剤を打たれて眠っていた。ひどく取り乱していて興奮状態にあったから、そういう措置を取らせてもらったと医師は言っていた。

 その事件をきっかけに、夫婦仲は次第に険悪になっていった。武田さんもできるだけ家に早く帰るなど努力をしたが、いつもというわけにはいかなかった。奥さんのパチンコ癖は直るどころか、一層ひどくなっていた。ほとんど中毒だった。子供は実家の母親を呼んだり、知人や保育所に預けたりして、車に放置するようなことはなかったが、毎日のようにパチンコに通っていた。借金も作っていた。

 言い合いや喧嘩が絶えないようになっていた。そしてある日、奥さんは「好きな人ができた。その人と生きていくから、別れてくれ。子供はお願いする」という手紙と離婚届を残して、姿を消した。

 幼い息子を抱えて、武田さんは途方に暮れた。それでも息子は会社の託児所に預けることができたから、仕事を定時で切り上げればなんとかなった。それから少しして、武田さんは閑職に回された。最初は会社の配慮だと思った。会社側もそういう説明だった。でも違っていた。元の職場に戻れる気配はなかった。子供のことを思って我慢した数年の間に、武田さんの生活は荒れ始めていた。キャバクラの女に入れあげ、子供にも手を挙げるようになっていた。不況になると真っ先に人員整理の対象となった。希望退職に応募して通常よりは少し多い退職金を貰って、二十年近く勤めた会社を辞めた。

 次の仕事が決まっていたわけではなかった。ふと目に付いたタクシー会社の求人に応募して、タクシー・ドライバーの道を歩み始めた。退職と息子が小学校に上がるタイミングが重なっていたから、思い切って息子はしばらく実家の母親に預けることにした。身軽になった武田さんはタクシー稼業に精を出した。車の運転は好きだったし、住宅の販売で培った接客も役に立った。徐々に指名さえ入るようになった。

 二人目の奥さんとはタクシーの客として出会った。夜中に拾ったミニスカートの若い女で、挙動不審だと思っていたら、案の定、降りるときなって金を持っていないと言い出した。部屋に行って取ってくると言ったが、二万円近い距離だったから逃げられてはたまらないと部屋まで付いていった。部屋に行ったら、有り金はないから身体で払わせてくれと服を脱ぎ始めた。明るいところで見ると割と好みのタイプだったから一瞬ぐらっときたのだが、なんとか持ちこたえて、しばらく説教をすると、もし払う余裕ができたら払ってくれと名刺を渡して帰ってきた。開いた穴は自分の財布で埋めた。

 まったく期待していなかったのだが、二か月ほどして女から連絡があった。金ができたから、会って返したいという。会ってみるとほとんど別人のように変わっていた。あれから心を入れ替えて、自動車用品店で働き始めたのだという。当初は二三、四歳と思っていたが、まだ一九歳とのことだった。それまで何度か同じ手を使ったが、手を出さずにしかも信用までしてくれたのは武田さんが初めてだったのだそうだ。武田さんとしては信用よりもあきらめに近かったのだが、ポジティブな誤解をあえて解消する必要はないと思ったし、自分をきっかけに改心してくれたことを素直に喜んだ。渡された封筒には三万円入っていた。武田さんは一万円返そうとしたが、女は受け取らなかった。どうしても返したいのなら、美味しいものでもごちそうしてと言って、にこっと笑ったのだという。お店にも来てくださいと言って、名刺も渡してくれた。そこには自宅の電話番号も書き込んであった。その日はそのまま別れた。

「あの笑顔にやられたよね」と言って、武田さんはその時だけは短く笑った。「そのあと、何度か彼女の働いている店に行って、いつの間にかすっかり親しくなってしまいました。その時、わたしはもう四〇半ばでしたから、娘でもおかしくない歳の差ですよ。でも、色恋に年齢の差なんてのは大して障害にならないものなんでしょうね。すぐに深い関係になっていました。溺れていったといってもいいほどでした。離婚したことと息子がいることは何度目かに会ったときに伝えていましたけど、若いというのか、そんなことは全然気にしていませんでした。息子とは週に何度か電話していたし、月に一度は会うようにしていましたが、だんだんと遠くなっている感じはしていて、このままではいけないと思っていました。そんなころちょうどお袋がちょっとした病気で入院しまして、仕事の方も安定していたし、息子を手元に戻すことにしたんです」

 一九歳の子に一〇歳になろうとする息子の世話は無理だろうと思って、武田さんは別れを決意した。多少の過去は引きずっていたが、美人で頭も悪くなかったし、それになによりまだ若かった。十分にやり直せるはずだと思ったのだ。だが相手は、別れるくらいなら死ぬと言って、承知しなかった。そのうち女は妊娠したらしいと武田さんに告げた。それで武田さんは一転して結婚することを決めた。一度目の失敗のことがあったから、相当悩んだ末の決断だった。結局は想像妊娠だったのだが、武田さんとしても女とは離れがたかったのだ。

 最初は女も頑張って息子ともうまくやっていたが、祖母に甘やかされていたせいか、一緒に暮らし始めてしばらくすると、息子のわがままに手を焼き始めた。息子は武田さんに対しても反抗的だった。やがてどうにもならないくらいに追い詰められた。

「それで、最初に話したようなことになったんです。女房はもう無理だと言いました。なんとかもう少し頑張ってみようと説得しましたが駄目でした。わたしは息子よりも女を選んだんです。正直わたし自身、息子を手に負いかねる状態でした。わたしも女房も息子に手を挙げるようになっていましたから、手遅れになる前にと思って、児童相談所に相談すると、しばらくそこで預かってもらって、最終的には児童養護施設に預けることにしたんです。ほとんど捨てたようなものです。それで、そこで職員から虐待を受けたり、ほかの子からいじめられたりして、警察では事故扱いでしたが、虐待やいじめを苦に自殺したようなものでした。いえ、なによりも親から見捨てられたことが辛かったんです」

 広域になっているカーナビの画面は、目的の駅にだいぶ近づいていることを示していた。周囲は建物や店舗や看板や車のライトでだいぶ明るくなり、交通量もぐっと多くなっていた。

「それからしばらくして、あの辺の個人タクシーの有志でああいうボランティアをやっているのを知って、職場をあっちの営業区域に変えて、あのエリアで個人タクシーの資格を取ることを目指したんです。ボランティアをやっているのは、せめてもの罪滅ぼしのつもりです」

 武田さんは最後まで淡々と話し続けた。サカキさんは途中からシートの上に置いていたわたしの手を取り、ずっと握りしめていた。サカキさんくらいの歳の女性にはいささかヘビーな話だ。でもその横顔に表情はほとんど伺えなかった。ただ静かに聞いているという感じだった。

「それでわたしたちがその二の舞にならないようにあんな風におっしゃってくださったんですね」

「ええ。まあとんだ勘違い野郎でしたが。でもよかった。わたしのケースとはまったく逆みたいだ」

「わたしもちゃんと育てられるのか、まったく自信はないんです。それにあの子にまず結婚してからと条件を突きつけられてまして、これから相手を探さなければなりません」

「そうですか、そりゃ大変だ」

 武田さんは身の上話のことを忘れたかのように快活に笑った。


 土曜日のせいか、夜の駅は人も多く、どこか明るく華やいでいた。武田さんは携帯電話の番号も教えてくれて、自分で役立てそうなことがあればなんでも頼んでくれとまで言ってくれた。とりあえず、また明日二時半頃に乗せてもらうかもしれないとだけ言っておいた。テールランプが小さな赤い粒になってしまうまで見送った。

「ちょっとサカキさんには辛い話だったかもしれないね」

「いえ、大丈夫です。それに太田さんとあの人は全然違うし、はるかちゃんだってその息子さんとは全然違いますから」

「そうだね。たしかにあの子の母親は死んでしまったけど、いっぱい愛してもらっていたみたいだからね」

「ええ」

 サカキさんはどういうつもりか、またわたしの手を取った。振り払うわけにもいかないし、それにもちろんまったく嫌ではなかった。気になるのは周囲の目だけだった。

 しかし考えてみると、武田さんと二番目の奥さんとの年齢関係と、わたしとサカキさんはほぼ同じだった。武田さんは、親子ほどの歳の差と言っていたし、色恋に年齢なんて障害にならないとも言っていた。でもサカキさんはあの子と姉妹のようだし、わたしを仲のいい叔父さんくらいに思っているのだろう。

「えっと、どうしようか。沢田さんのことについてもう少し詳しい話を聞かせてもらわなければいけなかったね。そろそろお腹は空かない?」

「ええ」サカキさんはそう答え、お腹に相談するような仕草を見せてから、「結構空きました」と言って、照れくさそうに微笑んだ。わたしも同じだった。

「じゃあ、どこかで食事でもしながら、話そうか」

「はい」

「どこか、知っている?」

「いえ、わたしは外食はほとんどしないし、こっちに引っ越してまだあまり経っていないので、ほとんど知りません。でも、そこの商店街にはいくつか食事のできる店があったと思います」

 手を繋いだまま、商店街を歩いた。これじゃ、ほとんどデートみたいだった。なんでもいいというので、目に付いたこぎれいな中華料理店に入った。

 個々のテーブルに清潔な白いクロスのかかっている、入り口の雰囲気よりもずっと高級な店のようだった。ただ夜のコースでも五千円から一万円程度と書いてあったから、支払いに困ることもあるまい。店の人もカップルと勘違いしたのか、奥の席に案内してくれた。サカキさんと向かい合って座ると、なんだかますますデートのような気がしてきた。もっともサカキさんはまったく気取った感じもなく、きょろきょろと子供みたいに店の中を眺め回した。

「ちょっと高そうな店でしたね」サカキさんはわたしの方に顔を寄せて、囁くように言った。

「そうだね。でもいろいろあったし、たまにはちょっと贅沢するのも悪くない」

「あの、でも、わたし、あまりないんです」

「お金のこと?」

「はい」

「それなら気にしなくていい。ぼくがごちそうするよ」

「いえ、そんな、駄目です」

「じゃあ、こういうことではどう? 今まで、森野木乃香さんの娘さんの面倒を見てくれたお礼というのは」

「えー、でも」サカキさんはしばらく考え込んだ。「わかりました。じゃあ、ごちそうになります。その代わり、今度わたしにも絶対お返しをさせてくださいね」

「うん。でもほんとうに気にしなくていいから」

 あの子と、たとえば未成年後見人として関係を持ち続けるということは、サカキさんともまた会う機会があるんだなと思った。三人で遊びに行くこともあり得るんだ。不純と言われればそうかもしれないが、でもそれを目的にあの子を娘にしたいと思ったわけではない。

 サカキさんは食べ物の好き嫌いはほとんどないらしく、昼食でも健康的な食欲を見せていた。わたしに任せるというので、あれやこれや頼むのも面倒だし、かといって負担に感じてもらっても困るので、指でメニューを指して五千円のコースを注文した。

「さっそくだけど、メールで送ってくれた話をもう少し詳しくしてもらえる?」

 携帯でサカキさんの送ってくれたメールを開いた。それから乾さんのくれた書類の入った封筒をテーブルの上に出した。

「はい」と答えて、サカキさんも携帯を取り出した。

「まず最初の養子の話なんだけど、ぼくが沢田さんから直接聞いた話では、誰であれ里親は取らないみたいな話だったんだ。はるかちゃんにひとりで生きるようにさせてほしいっていうことだった。養子の話はしなかった。それって、沢田さんが隠していたということなのかな」

「どうなんでしょう。里親というのは、子どもを一時的に預かる場合で、たぶん養子、はるかちゃんは女の子だから養女でしょうけど、養女の場合とはちょっと違うのだと思います」

「あっ、そうなの?」

 書類を取り出して、その辺りを見てみた。確かに里親は養育家庭として委託児童を預かって、育てるものだった。養子縁組里親だとしても、その時点ではまだ子どもを預かるだけの里親だ。そういえばあの子を引き取ると言ったとき、乾さんも養親という言い方をしていた。

「木乃香さんがお互いに気に入れば養女にしてもらってほしいと言っているのをわたしも直接聞きました」

 どうやらわたしの方も里親と養親がごっちゃになっていたらしい。でも沢田さんが養女の話をしなかったのもまた事実だ。

「じゃあ、次の遺産の話は? 沢田さんの彼氏の後藤さんが、はるかちゃんの財産を運用しようとしている、っていう。さっき乾さんから未成年後見人に関する資料ももらったんだけど、後藤さんはもちろん、後見人の沢田さんであっても、そういうリスクのある運用、財産を減らしてしまう可能性のある運用をしてはいけないことになっているらしいんだ」

「そうですよね? そんなことしたら、ぜんぶなくなっちゃうかもしれませんよね」

「うん。だからそんなことをしたら法律に触れるし、損失を出したら損害賠償の対象になる。損害賠償請求をすれば取り戻せるかもしれないけど、あの子をそんな面倒なことに巻き込みたくない」

「はい」サカキさんはわたしの目を見て、嬉しそうな顔で微笑んだ。

「ところで遺産というのはどのくらいあるの」

「さあ、わたしは額は知りません。でも、木乃香さんのお父さんが残した生命保険の一部と、木乃香さん自身の生命保険があるらしいので、それなりの額だとは思います。何千万円とか」

「そう」

 森野さんのお父さんもすでに亡くなっていたのか。それはそうだ。もし生きていれば、あの子が孤児になることもなかったはずだ。お母さんの方はどうしたのだろう。森野さんはたしか、両親もその後いろいろあったみたいなことを言っていたから、離婚したのかもしれない。

「はるかちゃんが沢田さんの子どもになりたいって言っていたことはあるの?」

「いえ、ありません」サカキさんはきっぱりと言った。「沢田さんのことは嫌いではないけれど、子どもにはなりたくはない、って言っていました。それは後藤さんのこともあると思いますけど。後藤さんのことはものすごく嫌っていましたから。でもそれだけでもないみたいです。たぶん相性の問題だと思います」

「じゃあ沢田さんの養女にもならないだろうし、もうそれほど問題はないってことかな?」

「それはどうでしょう。お金を管理しているのは沢田さんですから」

「でも沢田さんだって、法律上問題のあることをするかな。弁護士なんだし」

「沢田さんは、後藤さんの言うことに逆らえないというか……」サカキさんは言葉を切って、一度目を伏せた。「それにまだ、無理矢理養子縁組させられる可能性もないわけではないし。でももう太田さんもいるし、さすがにそこまではないかな」

「じゃあ、あとはその遺産の問題だけか」

「ええ。それより太田さんが早くはるかちゃんのお父さんになってくれれば全部解決するんですけど」

「まあ、そうだけどさ。サカキさんも聞いたよね。結婚して、相手もはるかちゃんを子どもにしたいと思ってくれたら、子どもになってあげる、って言ってたの」

「はい」

「その条件って、そんな簡単だと思う?」

「どうだろう。太田さんのやる気次第かな」サカキさんは冗談めかした感じで言って、屈託のない笑顔を見せた。

「やる気だけの問題かな」独り言のようにわたしは言った。

「やる気と、あとは勇気かな」

「勇気ねえ。確かにそういうこともあるけど、出会いとか、縁とか、そういうこともあるんじゃないのかな」

「そういうのって、もう身の回りに落ちていたりするんじゃないですか。気がついていないだけで」

「どうだろう」

 サカキさんの言わんとすることはわかったが、どうしてもぴんと来る女性は浮かんでこなかった。結婚でさえ難題なのに、あの子を気に入ってくれることが前提だ。いや、気に入ってもらうことはそう難しくないはずだ。引き取ることを前提に結婚してもらうことが難しいのだ。

「まあそのことは置いておいて、後藤さんに逆らえないというのはどういう感じなの」

「それはメールに書いたとおりです」

「つまり沢田さんは後藤さんにぞっこんで、別れたくないから言うことを聞かざるを得ないということ?」

「まあ、そういうことです」

 サカキさんはうつむきがちに、答えにくそうに答えた。もう一度メールのその部分を見た。腐れ縁に、彼無しでは生きていけない、か。

「彼無しでは生きていけない、って書いてあったけど、そこまで沢田さんは後藤さんに惚れちゃっているんだ。金も貸して、弁護士なのに下手をすれば法律に触れるようなことまでさせられるかもしれないのに」

「あの、わたし、おとなのひとの恋愛はよくわかりません」

 顔を伏せたサカキさんの頬があっという間に桃色に染まっていくのがわかった。それでようやく意味が分った。我ながらなんという鈍さだ。おそらくは心だけではなく、肉体のつながりが強いのだろう。

「ごめん。そういうことか。変なことを聞いて悪かった」

 サカキさんは顔を上げず、無言で首を横に振った。考えてみれば、まだ二十歳の、しかも記憶喪失の娘だった。落ち着いて見えるし、普通に話せるから、つい自分と変わらないつもりで考えてしまっていた。

 話題を変えようと、新しい未成年後見人制度のことを知らせることにした。

「乾さんから教えてもらったんだけど、いま沢田さんがなっている未成年後見人は、もうすぐ法律が改正されて、複数の人がなれるようになるらしいんだ。それで、すぐに結婚するのが無理なら、とりあえず未成年後見人になったらどうか、って勧められた」

 顔を上げたサカキさんはわたしを強い目で見た。睨んだと言ってもいいほどだった。頬の色はすっかり白く戻っていた。

「太田さん」

 怒ったような口調だった。言ったあとで、小さく唇を噛んだ。怒っているような、悲しんでいるような、そんな表情だった。

「はい」何を言われるのか身構えた。

「わたしはそういう中途半端なのはよくないと思います。ちゃんと、はるかちゃんのお父さんになってあげてください」

 怒りを含んだ調子から、懇願するような口調に変わっていった。わたしを見据えた両の目尻から涙がスッとこぼれ出た。黒い髪と平行につうっと流れ、顎で合流した流れは、滴となって落下した。

 そんなことを言わせてしまって悪いという気持ちよりも、美しい、と思ったのが先だった。なんて、きれいなんだろう、と思った。それからようやく、申し訳ないという気持ちが湧いてきた。

「そうだね。君の言うとおりだ。できるだけ早く、ちゃんとあの子の父親になろう」

 無理だ、という言葉は出てこなかった。

 サカキさんは泣いたまま、微笑んだ。自然な微笑みだった。満たされた笑みといってもいいほどだった。

「よかった、太田さんのような人で」つぶやくようにサカキさんは言った。

 たぶんそう言ったと思うのだが、店員が冷菜の盛り合わせを手に、テーブルに出せずに困っているのに気がついて、聞き直しそびれた。

 サカキさんは食べ始めると、まるで子どものような笑顔を見せた。適当に入ったにもかかわらず、すごく美味しい店だった。わたしたちが一皿目を食べ終わる頃には満席状態になっていて、楽しげなおしゃべりや食器の触れる音、さまざまな食べ物の匂いが溢れ、繁盛している店独特の生気が充満していた。

 二皿目はフカヒレスープだった。

「わたし、フカヒレスープなんて初めて食べました」

「そう。まあぼくも二度目か、三度目くらいだけど。コラーゲンとかがたくさん入っていて美容にいいから女性には人気らしいね。サカキさん見たく若い子にはまだ必要ないかもしれないけどね」

「そうかもしれないですけど、でもおいしい」弾むようにサカキさんは言った。

 隣の女性客の話しているのに耳を立ててみると、どうやらここは一流の料理を良心的な値段で出すと密かに評判になっている店らしかった。この値段でフカヒレスープなんてちょこっとだろうと思っていたが、たっぷりと入っていたのも納得できた。入店したときにたまたま空いていただけらしい。彼女たちはわたしたちの食べているのをちらちらと見て、同じ五千円のコースを頼んだ。

 料理は、エビの炒め物、アワビのオイスターソース煮込み、北京ダック、ジャガイモとカボチャの炒めと続いた。新しい皿が運ばれてくるたびに、サカキさんは目を輝かせた。若い娘が美味しいものを食べているときの顔はなんとも可愛らしい。サカキさんのようなきれいな娘ならなおさらだ。そして、最後の炒飯、梨のデザートまで食べると、舌もお腹もたっぷりと満たされた。

 店を出ると、もうすっかり涼しくなっていた。昼も夜もしっかり食べたせいか、思いの外、疲労感はなかった。それどころか、すっかり元気になったという感じだった。中華の薬膳的な効果があったのかもしれない。

「すごい。おいしかった」率直な感想がこぼれでたように、サカキさんはにこにこ顔で言った。「ほんとうにごちそうになっちゃっていいんですか」

「もちろん。よろこんでもらえたなら、ぼくもうれしいよ」

「じゃあ、ごちそうになります。ごちそうさまでした」

 サカキさんは笑顔のまま、頭を下げた。

「せっかくだから、少し散歩でもしませんか」少しためらった後で、サカキさんが言った。

「うん、いいね。このまま電車に乗ったら、ぐっすり寝込んで、乗り越しちゃいそうだし」

 ちょっとだけ期待していたが、残念ながらサカキさんはもう手を繋いではくれなかった。それでもときどきわたしを見ては笑ってくれるので、ほんのりしあわせな気分になった。サカキさんの趣味で雑貨店を覗いたり、ジェラートを食べたりした。

「サカキさんって、細いのに、よく食べるね」

「太田さん」サカキさんはちょっとわざとらしくふくれっ面をしながら、怒ったような口調で言った。

「えっ、なに」失礼なことを言ったのかと思って、焦った。

「いつまでもサカキさんでは他人行儀なので、名前で呼んでくださいよ」

「ああ、うん」

 そういうことか。でも女性を下の名前で呼ぶのは苦手なのだ。

「はるみちゃんでいいかな」

 サカキさんは答えずに、満面の笑みをたたえた。

 こんなときに、検討すべきことをひとつ忘れていたことを思い出した。後見人の沢田さんがわたしが父親になることを拒否した場合についてだ。せっかくの楽しい雰囲気ではあるが、デートではないのだからと気持ちを引き締め直すことにした。

「えっと、はるみちゃん」

「はい」

 同じ〝はい〟でも、今までより、ずっと親密度が上がったような気がした。甘さが含まれているような気さえした。もう一段気を締めるつもりで、咳払いをひとつした。

「実はもう一つ考えなければならないことがあったんだ」

「なんですか?」

 サカキさんも少し真剣な顔になって、わたしを見た。

「ぼくがはるかちゃんの父親になるためには家庭裁判所で認められなければならないんだけど、その前に後見人である沢田さんの承諾が必要なんだ」

「そうなんですか。それで、沢田さんが拒否したらどうしようか、ということですか?」

「そう」

 逡巡したような顔で少しの間地面を見ていたサカキさんは、顔を上げて、何か思いついたような笑みを浮かべて、あたりをきょろきょろ見渡した。

「たしかこの辺にあったはずなんだけどな」サカキさんはつぶやいた。

「えっ、なにが?」

「あっ、あそこだ」

 サカキさんはわたしの手を取ると、ぐいぐいと引っ張って歩いて行った。着いた先は、閉める準備を始めていたコーヒー豆の販売店だった。外に並べてあったと思われるワゴンがすでに店の中に入れられていて、通路が一部ふさがっていた。

「太田さん、コーヒーを淹れるときにはなにか器具が必要でしたよね」

「ああ、うん。いろいろあるけど、まあ日本では、電気式のコーヒーメーカーか、手で淹れるならペーパーフィルターをドリッパーにセットするのが一般的かな。でも、それがなにか」

 サカキさんは質問に答えずに、わたしを引き連れて店の中に入っていった。

「すみません」

「いらっしゃいませ」あまり愛想のよくないオヤジが、わたしたちふたりをぎょろぎょろ見て、ちょっと不機嫌そうに答えた。

「コーヒーを淹れる器具が欲しいんですけど」

「ああ、それだったら、その辺に並べてありますよ」オヤジが手で棚の方を示した。

 サカキさんは棚のところに行って、ドリッパーを手に取ると、こちらを振り向いた。

「太田さんの言っていたの、これですよね」

「ああ、そうだけど。どうしたの急に。サカキさん、いや、はるみちゃんはコーヒー飲まないじゃない」

「素材の種類も、大きさも、いくつかあるんだ」

 サカキさんはわたしの質問を無視して、陶器やプラスチックのコーヒードリッパーを手に取り、値段をチェックした。

「ねえ、太田さん、二人分だとどのくらいがちょうどいいんですか」

「二人なら、まあカップの大きさにもよるけど、この二人から四人用がいいとおもうけど」

 そうか、今度、彼氏と淹れてみようと思っているのか、と思った。

「素材はどれがどう違うんですか」

「そうだな、プラスチックのは安いし割れにくいけど、ぼくは陶器の方が美味しく入ると思うよ」

「じゃあ、値段は倍近いけど、千円もしないし、こっちにしようっと」

 サカキさんは陶器製の二~四人用のドリッパーを選んだ。

「紙はどれがいいんですか」

「ここのメーカーの場合は、ほら、番号があるから、それがドリッパーのサイズと一致しているんだ」

「あっ、ほんとだ。じゃあ、これか。よし」

 オヤジさんは片付けの手を止めたらしく、カウンターの中に戻って、こっちを見ていた。

「太田さん、お願いがあるんですけど」

 サカキさんは、露骨ではないが甘えるような瞳でわたしを見た。

「なに?」

 まさか、買ってくれというわけではあるまい。サカキさんに限って、そんなはずはなかった。

「お昼に美味しいコーヒー豆を買っていましたよね」店のおじさんに聞こえないように、小声で言った。

「うん」

「今からわたしの家に来て、コーヒーを淹れてくれませんか?」

「えっ?」

 意表を突かれ、耳を疑った。かなりぎょっとした顔をしたはずだった。

「実は、さっきの話なんですけど、沢田さんが拒否した場合という」

「ああ、うん」

「そのときに使えそうなものがあるんです。証拠というか、後藤さんと沢田さんの会話なんかを録音したものが」

「えっ、そうなの?」

「はい。それ、うちにきて、聞いてみませんか。そのついで、と言ってはなんですが、初めて飲むコーヒーを太田さんに淹れてもらいたいなと思って。とっても図々しいお願いで、あれなんですが」

 店のおじさんが早くしてくれと言わんばかりに、大きな咳払いをした。たぶん、八時閉店なのだろう。

 さすがにちょっとためらったが、まだそれほど遅い時間ではないし、と自分に言い聞かせた。

「わかった。じゃあ、ちょっとだけ」

 サカキさんはちょっと恥ずかしそうに微笑むと、くるっと向きを変えて、おじさんのいるカウンターに向かった。可憐な後ろ姿だった。

 サカキさんが支払いをすませている間、どんな豆を売っているのかぼんやり眺めていたら、リュックに入っているコーヒーが豆のままだったことに気付いた。

「サカキさん、サカキさん、ちょっとちょっと」

「なんですか?」

 サカキさんは拗ねたような顔で振り向いて、財布を片手にわたしの方に来た。

「あっ」名字で呼んでいたことに気付いた。そうでした、そうでした。「あの、はるみちゃんさ、ちょっと。さっき買ったやつ、豆のままで挽かないと使えないんだ」

「そうなんですか? じゃあ、ここで挽いてもらいましょうか」

「いや、でも、ほかの店で買ったやつだしな」

「だめですかね?」

 おじさんの方を見ると、老眼鏡をずらして、訝しげな顔でこちらを凝視していた。

 ここで豆を買って、ついでにお願いをするという手も考えたが、店内はちょっと焦げ臭い感じであまりいい香りではなかった。店の中をざっと見回すと、携帯型のコーヒーミルが目に留まった。何もいわずに、まっしぐらにそこへ向かった。

 ステンレス製の悪くなさそうな品物だった。

「それなんですか」

「携帯用のコーヒーミル」

「まさか、それ、買おうとしてます?」

「うん」

「そんな。じゃあ、それもわたしが買います。いくらですか」

「いや、いいんだ。ちょうど、こういうの欲しかったんだ。キャンプとか観測とか行ったときに使えるからね」

「キャンプか、わたしも行ってみたいな」サカキさんが妙にさびしげに言った。

「行ったことないんだ」

「はい。もしかするとあるかもしれないけど、なにしろ記憶がないもので」

「ああ、そうか。じゃあ、今度、はるかちゃんと三人で行こうか」

「ほんとですか? うれしい!」

 あの子とたいして変わらないような子どものような仕草で、サカキさんは喜んだ。わたしだって、うれしい。

「そのミル、小さいけど、結構性能はいいよ。刃もセラミックだしね」

 痺れを切らしたらしい店のおじさんがカウンター越しに声をかけてきた。

「ああ、すみません。これも買います」とわたしが答えた。

「じゃあ、全部で四、〇七四円になります」

 機嫌がよくなったらしいおじさんは、挽き加減の調整などミルの使い方を簡単に説明してくれ、とりあえずペーパー用に合わせてくれた。そして、おまけにと、コーヒー用の計量スプーンをつけてくれた。

 店を出ると、サカキさんが「わたしの分はこれくらいですよね」と千円札を差し出した。わたしは受け取らなかった。

「でも、困ります。あんなおいしいものをごちそうになった上に、こんなものまで買ってもらっちゃ。わたしが言い出したんだし」

「いいから、いいから。じゃあ、引越祝いということで」

「うーん。どうしたらいいかな。そうだ、じゃあ、ケーキを買って帰りましょう。たしか、あそこは九時までやってたから。もうあんまり選べないかもしれないけど」

「えっ、まだ食べるの?」

「甘いものは別腹ですから。太田さんは甘いものはお嫌いですか」

「いや、そんなことはないけど」

 仕方ないなと思いながら、サカキさんに引きずられるようにケーキ屋に入った。ショーケースにケーキ類はもうほとんど残っていなかった。チョコレートムースのケーキと、フルーツのトッピングされたベイクドチーズとレアチーズを両方使ったケーキを買った。どちらも最後の一つだった。

「なんか楽しいな」

 ケーキを手に歩き始めると、サカキさんは前を向いたまま、独り言のように言った。

「家まではどのくらいあるの」

「普通に歩いて駅から十二分くらいです」

 商店街を抜け、住宅地へと変わっていった。

「いつ引っ越したの?」

「ほんと、ついこの間です。一か月前くらい。だから生活必需品以外、まだ何にもないですよ」

 住宅街に入ると、もうすれ違う人はほとんどなかった。周りの静けさに合わせるように、わたしたちもほとんどしゃべることなく歩いた。サカキさんは時折ちらちらとわたしの方を見ていたようだが、わたしは気付かないふりをした。ときどき空を見上げた。採光園の辺りとは違って、明るい星がぱらぱらと散っているだけだった。


【次回、第一部 第三章 二 プロポーズ】毎週木曜日更新

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