第11話「蛇足で杞憂な願望」

 飛鳥とシロさんに続いて、いつもの食卓に新たなメンバーが加わった。

「お久しぶりです、唐原愛花です。今日からお世話になります。よろしくお願いします!」

「神山色です。飛鳥のご飯とかはずっと作ってたから、遠慮せず食べに来てね」

「あっ、ありがとうございます!」

 年相応なのだろうか。いや、飛鳥たちを見ているせいで感覚が麻痺している気がするな。小学校低学年として考えれば、とてもしっかりした子だと思う。





 時間をしばらく遡る。

「少し予定を前倒して、愛花さんを今日から飛鳥さんの元へ預けようと思うのです」

 それは以前の靉裂さんとの話し合いの際にも出現した話題だった。

「飛鳥の元へ、ですか?」

「えぇ、私が見初めた、彼女の素晴らしい才能を今の時点で伸ばすには、飛鳥さんの元へ預けるのが一番良さそうですから。もちろん抗争の戦火から避けさせるという理由もあります。飛鳥さんならその点は大丈夫でしょう」


 この時の靉裂さんの笑顔を、俺は一生忘れることができないだろう。いつものような、誰かのために微笑みかける笑顔ではない。

 それはおおよそ女性の笑顔としては、とても――


「彼女の才能っていうのは、アイドルに向いてるんですよね」

「アイドル?アイドルってテレビとかに出るような、歌って踊れるあのアイドルですか?」

「そうです。成長すれば彼女はかなり美人になるでしょうし、歌や踊りのセンスがあるのも、すでに確認しています。本人もそれなりに乗り気ですしね」

 美人になるかどうかはわからないが、確かに愛花ちゃんは飛鳥と比べるとかなり可愛らしかった。飛鳥もかなり可愛いほうだとは思うけど、笑顔や態度も関係してくるんだろう。飛鳥はかなり、感情を顔に出すのが嫌いみたいだし。


「それに、彼女はかなり他人の目を意識する癖があるみたいなんですよ。自分が他の人にどう見られているのかを、人一倍気にする気質のようでしてね」

 その気持ちはわからないでもない。誰だって人の目は気になるもんだ。

 そう言おうとしたが、すぐに気づくことができた。

「わざわざそれを説明するってことは、本当に普通の人よりも意識してるってことですか」

「その通りです。原因ははっきりしていませんが、それを解明することは重要ではありませんから、捨て置いていますがね」


 靉裂さんはまた笑う。

 その笑みは俺の背筋にまとわりつき、恍惚とした瞳は俺のまぶたに焼きつき、つり上がった口角は俺の口元を引きつらせる。そして何よりも、輝いていた。


「偶像らしいじゃないですか。人の目を惹きつける存在が、人の目を理解しようと努力している。これほど性質が正しく合致している例は珍しいでしょうね」


 靉裂さんの笑みが消え、その時ようやく、この笑顔がなんであるかを理解した。

 期待の眼差しや、未来へ想いを馳せるような輝きの心。それは一点の曇りもないはずの、美しい感情として扱われるはずのものなのに、靉裂さんの笑顔それは――

 きっと、歪んでいた。





「どうか、しましたか?」

 ハッとして、過去の記憶を思い出そうとするのを止める。

 考えすぎというか、勝手に抱え込みすぎというか。飛鳥のみならず、この子や鈴音ちゃんのような子たちの平穏までもを願おうとしている。

 きっとこれは強欲で、稚拙で、自分勝手な感情なのだろうとは思うけれど。

 それでも願うことはやめられない。


「少し考え事してただけだよ。あんまり気にしないでくれ」

「そんな顔してたら、愛花じゃなくたって気になるよ。何かあったなら僕にも話してほしい」

 相変わらずこういう顔をしている時、飛鳥も怪訝そうな表情になる。きっと俺の身を案じてくれているんだろう。そのことを知っているから、たまらなく嬉しい。

「大したことじゃないんだよ。人数が増えて、ご飯作るのは忙しそうだなって、そう思っただけさ」

 その場限りのごまかしだろうけど、それでも必死に平静を装う。


 この感情は、誰にも知られちゃダメだ。

 飛鳥は今、闘争のために生きている。終着点の有無など彼女には無駄なことであって、悟られようものなら俺の知らない飛鳥が出てくるだろう。

 シロさんは戦闘狂なんて呼ばれていた。あの人にはきっと何をいっても無駄だ。それは生き甲斐を奪うような、身勝手な妄想だと諭されてしまうだろうから。

 愛花ちゃんはまだまだ子供なんだ。アイドルや正義の味方を目指す、その純情さを失わせたくはない。まだまだこんな重苦しい話を背負わせるべきじゃないはずだから。


「色さん、もし何かあったら、力不足かもしれませんけど、私にも言ってください。私は正義の味方に……いや、正義の味方ですから」

「その言葉だけで十分だよ。本当にありがとうな」

 さぁ、辛気臭い顔はいったんやめだ。楽しい楽しい晩御飯の時間なんだから。

「じゃあみんなで食べよう。おかわりはいくらでもあるから、好きなだけ食べてくれ!」






 真夜中。

 飛鳥と愛花ちゃんは出羽家に戻り、シロさんもおそらく自室で眠っている。

 布団の中は俺だけの、俺のための世界だ。何を考えるにしても、これほどうってつけの場所はないだろう。

 多分だけど、これから話は目まぐるしく回る。少なくとも飛鳥やシロさんに何も起こらないまま、平穏無事に正月を迎えることはできないだろう。そもそもシロさんは災害指定されている人物なのだ。俺にも影響が及ぶような何かが起こってもおかしくはない。


 まずは魔術。

 靉裂さんの知り合いでこれに精通している人物は少ないと聞いた。日本ではそもそも人気が低いとかなんとか。

 もし関わるとしても、俺が想像する範疇のものではないだろう。一旦保留。


 次に妖術。

 これは鈴音ちゃんがその道のエキスパートだと話を伺っている。

「気軽に会えたらいいんだけどなぁ……」

 携帯電話をカコカコと操作しながら、彼女の連絡先を開く。自分の携帯電話を持っているらしく、連絡くらいなら簡単にできるだろうが……。

 どう見てもお嬢様だった。俺を助けてくれた時はかなり特例的な話だし、そもそも都会住まいなのだ。日時を合わせて会うのは容易ではなさそうだ。愛花ちゃんにもまた聞いてみるべきか。

 しかしエキスパートが近くにいるというだけでもありがたい。これなら情報を集めて、飛鳥に危険が迫りにくいように配慮できる可能性は高いだろう。


 最後に、能力。

 靉裂さんははっきりと、俺が使えるようになる可能性は低いといった。あそこまできっぱり言われるとなると、もしかしたら人為的に能力を開花させる方法はないのかもしれない。あったとしても非常に難易度が高いとか、そういうものなのだろう。

 やっぱり漫画とかの影響でどうしても憧れを抱いてしまう。自分もなにか、そんな特別な力を持てるなら、それに越したことはないんじゃないか?そう期待してしまう。


 いずれにせよこれら全部に共通して、俺の元にはほとんど情報が入っていない。靉裂さんはあまり喋ってくれないだろうし、もし情報を手に入れるツテを作るとするなら。

「やっぱりあれだけだよなぁ……」

 ため息をつきながら、書類のことを思い出す。『災害指定者リスト』のことを。あそこには三つ全て、それぞれのエキスパートらしい人物が複数記載されていた。

 彼らと直接やり取りを交わすのは厳しいだろう。しかし災害指定者という立場は利用することができる。

 インターネットが普及した現代において、一般人でも多くの情報を得ることができる。災害指定者だってネット上では秘匿されていても、そうでない人からすれば威徳する必要は一切ないのだ。特殊な事例などを探し、そこから共通点を見つけるなどして、断片的に迫っていく。

 気の遠くなるような話だが、これくらいしかない。


 ……平穏か。

 俺の平穏がどこに行ってしまったのかは、もう俺自身にさえわからない。

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