幕間1「はじめてのおかいもの」
「飛鳥、明日暇か?」
「別にいつも通りだけど」
飛鳥が夕飯を食べてからの帰り際、ふと気になるものが目に入った。
「そうか。お前の靴を買ったほうがいいかと思ってな。いつまでも……その、なんだっけそれ?」
「これのこと?」
そういって飛鳥は自分の履いているものを指差す。名前がよくわからないんだよな。草鞋だったかなんだったか……。
「これは雪駄って言うんだよ。僕は履きやすいし、お家でもこれが普通だったからずっと履いてるんだ」
「でも現代的じゃないだろ?それに足元も危ないしさ。もっと足全体を覆えるような靴の方がいいんじゃないか?」
「……確かにそれも一理あるね。色さんが履いてるような運動靴も、少し興味があるし」
飛鳥の服装がダメってことじゃないが、今時街を歩いているとどうしても浮いてしまうのは事実だ。高校に進学したら洋装に変わるわけだし、今のうちから少しずつ慣らしておいた方がいいだろう。
そんな考えもあったので、飛鳥が誘いに乗ってくれたのはいいことだ。
「じゃあ明日七時くらいに都会行きのバスが出るから、それに乗る感じでいいか?」
「もう少し遅くてもいいんじゃない?靉裂は9時とかそのくらいに店が開くっていってたけど」
「次のバスは11時になる」
「あぁ、そういう……」
自分で言っていても悲しい。こういう交通事情はなんとか良くなってほしいんだけどなぁ……。
翌日。雛子も誘ったのだが残念ながら用事があるらしく、今回は断られてしまった。ついでに服屋で女の子らしい服装も見繕ってもらおうと思ったのだが残念だ。俺はそういうのはよくわからないし。
「へぇ、これが都会か」
「靉裂さんと色々回ったりとか、そういうのはなかったのか?」
「全然。基本的に車で移動するばっかりだったし、窓も黒っぽかったからあまり景色も見てないんだよね」
「そうなのか、まぁ今日は楽しもうぜ。帰りのバスは17時くらいになるから、時間もかなりある」
「なら今日はよろしくお願いするよ」
しかしそういう可愛らしい服装が選べなくとも、一つだけ狙い目をつけていたものがあった。
「飛鳥ってさ、冬はどうしてたんだ?」
「どうしてた、っていうのは?」
「防寒具とかだよ。年中袴ってわけにもいかないだろ」
「そうでもないよ?今までこれでずっと通してきたし」
俺の見立てが良くないのかもしれないが、袴だけではどうにも頼りなく見えてしまう。田舎は盆地気味で冬はかなり寒いのに、それでやっていけたという言葉がまず信じられない。
「ま、まぁここいらで一着くらい持っててもいいんじゃないか?もうすぐ冬なんだし、持ってるぶんには困らないだろ?」
「でもヒラヒラしたものとかは嫌だよ?」
やっぱりその辺は薙刀ありきなんだな。徹底しているのがよくわかる。
しかしヒラヒラしてない防寒具か。ジャンバーとかコートを予想してたけど、ウィンドブレーカーみたいなやつの方が動きやすそうだし、飛鳥にも都合がいいのかな?
とりあえずセール品から見てみるか。予算は結局飛鳥が諸費として渡してきた中からいくつかを割くわけだし、無駄遣いは許されないだろう。なにかいいものはあるかな……。
「お、これなんかどうだ?」
セール品の中で、子供服ながらかなり暖かそうな青のジャンバーが目に入った。少し分厚いが持ち上げた感触はかなり軽い。中の生地を触った感じだと、防寒性に関しては問題ないだろう。
「とりあえず袴の上から羽織ってみろ。どうだ?」
「うーん、確かに悪くないかも。腕とか肩のあたりが少しきになるけど、そんなに動きも阻害されないし。いいね」
「よし、ならこれは買っちまおう」
もしかしたら今年の冬は、飛鳥の中で防寒具革命が起こるかもしれない。はしゃぐ姿が見られれば、それだけで十分楽しめそうだ。
「次は靴だな。運動靴やら何やら色々あるんだが――」
何が飛鳥に似合うかを考えていた。ただの運動靴は山を走り回ったりするのには都合がいいが、いかんせん刃物の取り扱い中は心もとなく感じる。しかし重たすぎるのは嫌だと言うだろうし、それなら。
「子供用ブーツなんてどうだ?少し履きにくいかもしれないが、あまり重たくないし足元はきちんとガードしてくれるぞ」
「へぇ、そうなんだ」
そう頷きながらブーツの試着をする。たどたどしい手つきを見ると、紐靴に慣れていないのがよくわかった。
「確かに見た目よりも軽いね。動きにくいってこともなさそうだし。色さんすごいよ」
「え、そうか?」
褒められるのはちょっと嬉しい。
「じゃあそのブーツも買っちまうか。子供用だとやっぱり少し安めなんだな……」
「色さんはどうなの?さっきも服は見てなかったけど」
「背が高いせいで、どうにもうまく合う服がないことが多いんだよ」
「あぁ、そういう……」
やっぱりこういう自虐って、言ってて悲しくなるな。やっぱりやめるか……。
「なんかすぐに決まっちまったな」
腕時計をちらりと見ると、針はもうすぐ12時を指すところだった。
「ちょうどいい時間だし昼ごはんでも食べるか」
「そうだね。何かいいお店があるの?」
「中華料理屋で、そこならお前も結構食べられると思う。ランチタイムはご飯とスープがおかわり自由なんだ」
「いいね。ならそこにしよう」
それと付け足すなら、普通の値段の割に量がかなりあるのだ。身長の分俺も普通より少し食べるのだが、その辺は飛鳥にもうってつけだろう。
店に入って適当に座り、メニューを眺める。少し脂っぽいような気がする感触がたまらない。中華の店に来たって感じだ。
「とりあえず餃子定食でも頼むか。飛鳥は見てて欲しいものあるか?」
「坦々麺っていうのが食べたい」
「……それかなり辛いぞ?」
うちで出した甘口のカレーを気に入っていたのを思い出す。子供舌っていうか、味の好みは年相応っぽいところがあるんだよな。オレンジジュースもいつのまにか好物になってたし。
「ちょっと気になるんだ、どうかな?」
「まぁ最悪俺が食べればいいか。じゃあ頼もう」
「ゲッホゴホ、ゴホゴホッ!!」
「あぁ、いわんこっちゃない……」
予想通りというか、こういうのが苦手なんだなというのを再認識した。しばらくラー油は買わなくて良さそうだな。
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