第44話 王子の囁き


 その夜はささやかながら宴会となった。


イトーシオの商人は年に何度か王都へも出かけるそうだ。


王都には王族専用の港があるため、他国からの貴賓はそちらの港に入る。


一般とは区別されているのだ。


「私は王都の港には近寄れなかったので、ドワーフ様の姿を見るのは初めてです」


俺は王子と入れ替わり、ドワーフ族の商人を目の前にしてワクワクしている。


おお、ファンタジー。


「ふ、ふんっ、わしらはこの国ではあまり歓迎されとらんようだからな」


嫌味を言うが、少し顔が赤いので照れているのだと分かる。


「いえいえ、とんでもない。 ドワーフ様の見事な鋼鉱業製品にはいつも感嘆させられています」


この国では鍛冶師はいても、その材料である鉄鉱石がなかなか入手出来ない。


どうしても本場の製品には敵わないのだ。


機嫌の良さそうなドワーフたちと酒を交わす。




 他の者たちはとっくに酒で潰されている。


残っているのは俺とドワーフの商人と、酒をあまり飲まないという爺やさんとロイ殿下である。


「そういえば、ロイ殿下はアリセイラ姫をどのように思っていらっしゃるのか、教えていただけませんか?」


俺はズバリ、目の前にいるロイ殿下に切り出した。


本来なら恐れ多くて訊けない話だが、今は酒の席でもあるし、大目に見て欲しい。


「はい。 えっと、私はイトーシオでは唯一の王子です。


年に一度はご招待を受け、アブシースに来ております」


うろたえながら、アリセイラ姫のことに関しては誠実でいようとする姿勢が見られた。




 先日、ロイ殿下がアリセイラ姫の八歳のお誕生日に来たところ、寂しそうにしていたので理由を訊いた。


「大好きな兄様がとうとう王宮を出て行かれてしまったの」


その涙を浮かべた瞳にロイ殿下は胸が痛くなったそうだ。


「それまでも大変お美しい王女様だとは思っておりましたけれど、その涙を見て何か力を貸して差し上げたくなったのです」


惚れたということか。


「そこへちょうどノースターの魔獣が届いて。 それを見た姫様がお兄様のだとお喜びになったのです。


それで私にそれを買わせて欲しいとお願いしました」


印象的なことをして、話をするきっかけが欲しかったと、そういうことかな。


しかし、おそらく話はもっと複雑なのだろう。


王宮が魔獣の頭というグロテクスなものをアリセイラ姫の目の届くところに置くとは思えない。


ましてケイネスティ王子の献上品。 反対派は宝物庫にでも放り込んで終わりにしたかったはずだ。


それを、アリセイラ姫のためにロイ殿下が引き取ったということではないかな。




 俺は口を少し歪めて笑う。 きっとアリセイラ姫も驚き、感謝しただろう。


童顔だが、思ったよりこの殿下は男気がある。


よし、奮発してやろう。


「酒の肴には合いませんが、お酒の呑めない人には良いでしょう」


俺は鞄からアップルパイを一皿取り出す。


ロイ殿下が、甘い匂いに鼻をひくつかせる。 フォークを出して一切れ皿に乗せて渡すと顔がほころぶ。


「これはお兄様が作られたのですか?」


「ええ。 まだアリセイラ姫の知らない物なので、今度会ったら自慢していいですよ」


俺が笑うと、ロイ殿下もうれしそうに笑った。


そして爺やさんと二人で、ゆっくり味わって食べていた。




 その場を離れ、俺はそっとドワーフの商人に近付いた。


「一つ伺いたいことがあるのですが」


彼にもアップルパイを一皿差し出す。


商人は警戒しながらも目は皿に釘付けになっている。


「何でございます?」


俺はさらに声を落として、他に聞かれないようにした。


「ここ最近、五年から十年くらいの間に、そちらの国で子供が魔獣に襲われたことはありませんか?」


商人は受け取った皿をどうしようかと悩みながら、首を傾げている。


「いや、そんな話は聞きませんが」


俺はとっておきの酒も出す。 これはあっさりした果実酒なので、アップルパイにも合うのだ。


「こ、これは上品な酒ですなあ」


ドワーフの商人は目をトロリとさせて、酒を一口飲んだ。


酒は強ければいいというものでもない。 肴と合う、雰囲気に沿うということも飲む者には大切なのだ。




「子供といえば、山間の村で八年ほど前に行方不明になった事件がありますな」


俺は顔色を変えないように笑顔を貼り付ける。


「山奥に住んでいた親子でしてなあ。


ある日、家が魔獣に襲われているのが見えて、村の皆で助けに行ったんじゃが遅かった。


壊された家にあった死体は大人の二体。 居たはずの子供の姿が見えなかったという話じゃよ」


赤ん坊だったから、跡形も無く食べられたのだろうという話になったそうだ。


俺は震える手を抑える。


「その、魔獣に襲われるというのは良くあることなのですか?」


「ふむ。 国境の山は魔獣の山と呼ばれておるし、里に下りて来ることもある。


ただ、魔獣除けはしているはずの場所だったから、村人は不思議がっておったよ」


「そう、ですか。 ありがとうございます」




「砦の子」はその子供なのだろうか。


そうだとしたら、両親はもう亡くなっていることになる。


俺が暗い顔をしていると、やはり気になるのだろう。


「ご領主様は何か気になることでもあったのか?」


「ああ、いえ。 ノースターでも魔獣は出るのです。


魔獣の山から出てくるのはドラゴンなど翼のあるモノが多いですが。


イトーシオ国でも同じなのかなと思いまして」


商人はチビチビと酒とアップルパイを楽しんでいる。


「そういえば、イトーシオではあまり見かけない魔獣だったという話だ」


一年の半分を雪に閉ざされる国。


そこでは多くが雪山に適した姿をしているそうだ。


「どういう姿だったのでしょう」


「イトーシオの魔獣は雪に紛れるため、多くが白い。 じゃが、その魔獣は黒い毛をしていたそうだよ」


『魔獣除けはおそらくその土地の魔獣に向けた魔法がかけられているはずだ。


違う土地から来た魔獣には効かなかったかも知れない』


王子の言葉に、俺は背中にぞくりと寒気を感じた。


もし、その魔獣が何らかの理由で知らぬ土地に来て暴れ、慌てて元の土地に戻ろうとしたら。


もし、その時にたまたま居合わせた子供を身体のどこかに引っ掛けていたら。


どちらにしても、もう証拠はないのだ。


あの子はノースターの子で、温泉宿の子なのだから。


「もし、その子供が見つかったら、どうなるのでしょうか」


誰かが探しているかも知れない。


「うーん。 もう八年も前の話であるしなあ。 子供の顔を知っている者さえおらん。


どこかで生きていたとしても、その子供自体にイトーシオの国の記憶もないだろう。


幸せに暮らしておればそれで良かろうさ」


「そうですね」


俺はそれ以上、聞くことは出来なかった。




 ノースターより先に雪に埋もれる季節に入るため、イトーシオの一行は一足先に国へと帰った。


俺たちは多少の買い物をして、ゆっくりと帰る。


半日ほどの道程を、俺は馬車に揺られていた。


「王子はどう思った?。 あのロイ殿下はまあまあの男だと思うけど」


『あのお転婆なアリセイラが気に入らない相手に嫁ぐとは思えないしな。


特に嫌な相手ではなかったのだろう』


王子の、認めたくないが仕方ないという気持ちが伝わってくる。


「ああ、嫌な相手でなくて良かったな」


こうなると、アリセイラ姫にお祝いを送らなくてはいけないな。


そのためにもこっそり王宮に潜り込む。


今までと逆のパターンだ。


「あの排水溝がまだ使えるといいね」


『大丈夫だろう。 何か変更があれば庭師のお爺ちゃんが伝えてくれるはずだ』


懐かしい名前に俺も顔が緩む。


「うん。 皆の顔も見たいな」


斡旋所の使いで王都へは入っても、いつも夜中なので、誰にも会っていない。




 その前に、贈り物を決めなくてはならない。


形のある物ではあとできっと処分に困るだろう。


証拠が残らず、心に残るモノか。


『とびっきりの魔法陣を描いて贈ろう』


いや、王子。 それは証拠が残るからだめだっての。


あー、その場で使うのならいいのか。


いやいや、宮廷魔術師に見られたら誰の魔法かバレるんじゃないかな。


『むう、難しいな』


王子は魔法のことしか頭にないからな。


俺はふと、以前にお菓子対決したチャラ男のことを思い出した。


ああ見えても王都でも有名な菓子店で修行していたということだった。


俺は彼にアップルパイの作り方を教える代わりに、王都の店の菓子作りを教えてもらった。


女子供は総じて甘いものが好きだし、ノースターの材料でアレンジすれば、王都の菓子店とは一味違うものになるんじゃないかな。


それで行こう!、と決めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る