第43話 王子の商魂
イトーシオ国の王太子との面会の日が来た。
その日、西領の港町で手広く商売をしている女商人が立ち会うことになった。
物品の価値が判る者が必要だったからだ。
西領の元領主であるご老人の紹介では、現領主である次男の妻だという。
「あたしもノースター領のことは気になってたんだ。
でもこんな性格だろ。 先代のご領主様があまり前に出るのを嫌がってさ」
夫である次男と同じく大柄で、悪く言えばガサツな、良く言えばざっくばらんな性格の女性だった。
港町の女将さんという感じである。
「私は別に構いません。 王太子がいる間だけしおらしくしていてくだされば」
うちの領にもこういう豪快な見た目で、繊細な金勘定が得意な御用商人とか欲しいなと切実に思う。
俺は今日は念話鳥を使っている。 肩の鳥がしゃべる事は先に手紙で説明しておいた。
商人が間に入ったことにより、思ったより打ち合わせは早く終わり、あとは王太子一行を待つだけとなった。
やがて立派な船が港に入るのが見えた。
西領の公館は港に面していて、 窓から船の出入りが良く見えるようになっている。
「お待たせして申し訳ありません」
背の高いスラリとした老人が入って来た。 王太子の爺やさんだった。
今回の取引は王太子の私的な買い物だが、手紙でやり取りする金額を見て、たまげた爺やさんが出て来たらしい。
老人の後ろに騎士が二名と、商人も同行していた。
騎士たちはずんぐりとした体形で、髭面。 背丈は人間の男性と変わらないが、ドワーフを連想させる体系だ。
商人のほうは、モジャモジャしたヒゲに低い身長。 丸っきりドワーフのまんまだっだ。
そして背丈は俺とほぼ変わらない少年の姿が見えた。
「こちらがイトーシオ国、ロイヤークトス王太子殿下でございます」
爺やさんが紹介してくれた。
「は、はじめまして。 ロイヤークトスと申します。 十五歳です」
顔立ちが幼いので、成人しているとは思わなかった。
白髪に透き通るような白い肌。 頬を紅潮させ、何故か俺をガン見してくる。
「あの、アリセイラ姫様のお兄様ですよね。 お話は良く伺っています」
え?、どういうことだ。
俺が不思議そうな顔をしていると、王太子殿下がチラリと爺やさんを見る。
「ロイヤークトス様はアリセイラ姫様にお会いするため、何度もアブシース国の王宮に足をお運びになられております。
アリセイラ様は大変お兄様想いでいらっしゃいますな」
そうか、その時にアリセイラ姫から何か聞いているのか。 そんなプライベートなことまで話すんだな。
二人の仲は案外良いのかも知れないと思った。
「アリセイラ姫様が何をおっしゃったのかは存じませんが、今はただの地方領主です」
王子は微笑んで、ゆっくりと簡単な礼を取る。
ここは公人ではなく私人としての挨拶だ。
ふむ、と頷いた爺やさんは、王太子を促し応接用の席に座る。
一応、ここでは王太子が一番格上なので、彼が座らないと誰も座れないのだ。
目を輝かせる少年は、おかっぱ頭で紫の瞳も丸く、話し方も幼い感じがする。
「アリセイラ姫様はお兄様が大好きです。 とてもうれしそうにお話をなさいます。
私もぜひ一度お会いしたいと思っていました」
何だか照れるね。
「ロイ、とお呼び下さい、お兄様」
媚びを売るように王子を親しげに兄と呼ぶ。
「ふふふ、ではロイ様、私のことはネスとお呼び下さいませ」
王子は、彼にまだ兄と呼ばせる気はなさそうだ。
俺は今日は一歩引いて様子を見ている。
今回のことは王子が妹の婚約者を見極めるための席だからね。
「えっと、ドラゴンの素材があると伺いました。 早く見せてください」
ロイ殿下はウキウキした顔でこちらを見てくる。
王子はゆっくりと鞄から布に包まれた、かなり大きなドラゴンの素材を取り出した。
「こちらがドラゴンの眼球です」
布の下からきれいに洗浄されたドラゴンの眼球が現れる。
「おお」
ロイ殿下だけでなく、護衛の騎士たちや西領の皆も驚いている。
片方の眼球だけだが、あれだけ顔面を攻撃したわりには奇跡的に傷は少なかったんだよね。
「解体してすぐに保存の魔法がかけてあります」
ロイ殿下の瞳が輝いている。
「小型と聞いていたのですが、大きいですね!」
その大きさは、 広い部屋の半分くらいを占領していた。
さっそく爺やさんが値段の件に移ろうとしたが、王子は片手を出し、彼らの目を遮る。
「ロイヤークトス様、一つ質問してもよろしいでしょうか?」
まさかここまで来て売らないと言われると思ったのか、ロイ殿下は焦った顔をしている。
「以前もノースターの魔獣の素材をお買い上げになったとか。
それを使って、お国の技術で何かをお作りになられたのでしょうか?」
ロイ殿下は爺やさんと顔を見合わせた。
「恥を晒すようですが、私は見ての通り、王太子だというのに威厳もないし体力もありません。
でも、魔獣たちの姿を一度でいいから間近で見て、闘ってみたいのです」
王族の少年は狩りに対する憧れで興奮し、鼻息が荒くなっている。
「イトーシオでも魔獣は出ます。
だけど、私は国の唯一の王子ですから危険な場所へは連れて行ってもらえません」
それで国の騎士たちが討伐した魔物の素材や剥製などを集めるようになった、ということだった。
つまり、何かの材料とする訳ではなく、飾っているということか。
「分かりました」
王子は頷いた。
そして、事前協議した金額の提示を行う。
莫大な金額になるが、ロイ殿下はすぐに商人に支払いをさせた。
さすがお金持ちー。 あー、そういえば王子もお金持ちだったな。
西領の商人が確認している間に、王子はロイ殿下にニコリと微笑みかけた。
「ロイ様。 私はすでに王族ではありませんが、アリセイラの兄であることに間違いありません。
実は今回、お二人のご婚約に際し、心ばかりのお祝いを差し上げたいのですが、受け取っていただけますか?」
ドラゴンの眼球だけでも十分な祝いだと思っていたようで、まだ他にあると聞いて驚いている。
ドラゴンの眼球の支払いが終わり、イトーシオ国の商人の魔法収納鞄に納まると、王子は次の品を出す。
正式な祝い品である証に豪華な装飾がされた木箱である。
「開けてもよろしいでしょうか?」
王子が頷くと騎士の一人がそれを開く。
「おお、これは」
「ドラゴンの鱗です。 ロイ殿下の鎧を作る分量はあると思いますよ」
歴代のドラゴンの鱗は、王都で専門の職人によって仕立てられ、王族の所有となっている。
「残念ながら私は王都へは入れませんので、イトーシオ国で細工が出来ればと思いまして。
材料だけで申し訳ないのですが」
そう言いながら、王子は魔法紙に包まれた肉をいくつも取り出した。
「これは鎧制作の手間賃ということでお納めください」
山のように積まれた肉の包みは、王子のロイ殿下への期待の量だ。
そして両国の商人へ顔を向け、
「実はノースターにはまだ肉はあるのですが、買い取りしていただけませんか?」
ドラゴンが大きすぎて肉が余ってたんだよね。
それに秋の狩猟期間も大猟だった。
「おお、買うぞ。 イトーシオは金はあるんじゃが、食料は不足気味でな」
武器や鉄鋼製品でイトーシオの右に出る国は無い。
「西領だって、こんなドラゴンの肉なんて早々お目に掛かれないよ」
宰相様へ提出した肉は小型ドラゴンとの前提の上で国軍と折半という分配だったため、商人に渡った肉は少なかった。
小型と大型では約四倍以上の差がある。 つまり国軍と分けた肉は実際の四分の一ということだ。
二人の商人が乗り気なので、ここで一つお願いをする。
「申し訳ありませんが、まずはこのドラゴンの素材に関する情報は秘匿してください。
これは私が個人で手に入れたものですので」
大量の肉や眼球の出所を曖昧にしてもらう。 全員が頷いたことを確認して話を続ける。
「イトーシオ国の商人の方には、西領を通じてノースターの農産物や狩猟の肉などの買い取りを継続的にお願いしたい」
「うちと交易したいということか」
王子はニコリと笑って頷く。
ドワーフの商人は「何故そんなややこしいことをするのか」と聞きたそうだ。
その辺りの事情はロイ殿下が知っているので、こちらからはこれ以上は何も言わない。
「西領の方には、出来ましたら専属の担当者をノースターに駐在させてください」
「ふふ、それはこっちからお願いしたいな。 あとで人選して送るよ」
女将さんの物言いに元領主のご老人が眉を寄せていた。
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