第40話 王子の疑惑


 危機が去ったことを町へ伝えてもらい、温泉宿の親子も宿へ帰った。


俺たちは同行した兵士を含めて、隊長室でお話し合いをする。


「一つ、今回、討伐したのは小型ドラゴンであった。


二つ、今回は砦の警備隊がノースター領の協力の元で倒した。


三つ、ネスティ侯爵及び「砦の子」の能力については口外禁止」


王子がささっと魔法紙に契約書を作成し、全員に署名を求めた。


いずれどこからか漏れるとしても、特に「砦の子」の能力は秘匿しなければならない。


王子の話では、もし契約に反する行為があれば即座に魔術による印が発生する古代魔術だ。


「契約を破った者」には証が身体に浮かび、作成者の許しがなければ消えない傷となる。


王子の威圧のこもった微笑みに、全員が快く署名してくれた。




 俺は今日は温泉宿に泊まることにした。


ガストスさんには町が無事かどうかの確認のため、先に館へ戻ってもらう。


クシュトさんは俺の護衛のために残った。


 宿に入ると「砦の子」が飛んで来る。


「今日は泊まる」と言ったら一緒に寝たいと言う。 俺も話があったので「いいよ」と頷いた。


一緒に温泉に入り、部屋の一つに二人で寝床を並べる。


「さて、何の話をしようか」


王子の鳥は肩から離れて、寝ころぶ俺たちの枕もとにちょこんと停まっている。




「ネス様は僕のこと、変とか言わない?」


俺は首を傾げる。 何か言われたのか。


この子は今、町の学校へ通っている。


町の子供たちは数自体が、そう多くないのだ。

 

 きっかけは、砦の子より小さな子供が虫をいじめていたことから始まったらしい。


「なんか、嫌だって言ってるよって教えたんだけど。


虫がしゃべるはずないって、逆に怒っちゃって」


俺は黙って聞いている。


「そしたら他の子も、僕のほうがおかしいって」


余程悔しかったのだろう。 涙を浮かべては、零すまいと拭っている。


「そうか」


この子が最近俺に付きまとっていたのは、他の子たちと相容れない感情を持て余していたのだろう。


誰も分かってくれない。 そんな気持ちは子供には重すぎる。




「変ではないよ」


まずそう教える。 なぐさめの言葉だと思ったのか、へへっと笑ってまだ涙を拭っている。


「私にもドラゴンの気持ちは聞こえたよ」


「ほんとに?」


少年は信じていないようだ。


 その前に一つ話しておかなければならない。


「私は、生まれた時の名前はケイネスティというんだ。


私が産まれてすぐ死んでしまったけれど、母親はエルフだったそうだよ」


秘密だよと片目をつぶる。


「ふえー」


子供は頬を上気させて驚いている。 この土地ではエルフなど見ることはない。


子供たちには想像上のモノのように思われている。


「本当のことを知りたいかい?。 もっと秘密が増えるけど」


「どうせ誰も信じないからいいよ。 教えて、ネス様」


今日のことだって、この子が町でどれだけ騒いでも他の子や大人は信じないだろう。


「調べてみようか?」


俺はそう言いながら、魔法測定の布を出す。 王子の自重しなかったやつだ。


「砦の子」の魔力は、けた外れの数値を示す。


そして、彼の経歴を暴き出した。




「君は、ドワーフの血を継いでいるね」


「え?」


「ドワーフとエルフは同じ妖精族だ。


魔力が多い種族で、同じように魔力の多いドラゴンなどの知性のある魔物と会話が可能だ」


 妖精族は元々自然の魔力から生まれたといわれる種族。


人間より寿命が長く、容姿や魔力量も違うため、一緒に暮らすことが出来ないので人前には滅多に姿を現さない。


その血を受け継いでいる俺たちは似ているのかも知れないな。


「君は普通の子供たちより力が強く、体格がしっかりしている。


動物に好かれやすく、その気持ちを知ることが出来る。 そうだね?」


ポカンと話を聞いていた少年は、うんうんと頷く。


 王子の自重しない魔力測定魔法陣の結果、彼はドワーフと人間との間に生まれた子だった。


生まれは隣国。 山の向こうだ。


おそらく人間か魔物にさらわれ、この近くで何らかの理由で放されたのだろう。




「私は誰にも言わないし、君も誰にも言わないほうがいい。


ただ、君は自分のことを知っても私の領地の子供だ。


私は君を守るし、君は大人になるまでそれを忘れないで」


大人になったら好きな道を選ぶのだ。


その力を活かして仕事に就くもよし、隣国へ身内を探しに行くのもいい。


「そのためにも、今はそんなことで悩んでいないで、家族や町のために、君自身の将来のために勉強しよう」


「はいっ」


「砦の子」は吹っ切れた笑顔を浮かべ、何度も頷いた。




 俺たちは一晩一緒に寝て、翌日、俺はその子が起き出す前に、外に出た。


夜中のうちにこっそり解体しておいたドラゴンの肉を、宿屋の主夫婦と、砦の兵士に渡した。


「隊長さんには後日、お礼に伺うと伝えておいてください」


とりあえず証拠の肉を少し分けたが、残りの素材の問題があるのだ。


今のところ、領主である俺が魔法収納鞄に預かっている。


「はい。 確かにお伝えします!」


シャキッと尊敬の眼差しで敬礼され、俺はくすぐったい思いをしながら見送られた。




 領主館に戻ると、ほぼ平常通りに戻っていた。


「今回は小さいドラゴンだったそうですねえ。 砦の皆さんで何とかなって良かったです」 


私兵の料理当番の青年が、どういう話になっているのかを的確に教えてくれた。


俺は朝食に現れた眼鏡さんに「少し休む」と言って、寝室に戻って寝ることにした。


昨日はちょっと魔力を使い過ぎた。


いくら魔力量が無限でも疲労は溜まるのだ。


 俺があまりにもぐっすり寝ていたようで、皆が遠慮してくれたのか、目が覚めたのは夕食の頃だった。


最初の魔獣狩りで魔力を使い過ぎた時は二日も寝ていたから、少しは身体が慣れたのかも知れない。


食堂に集まっている者で、とりあえずドラゴンの肉をどうするか話し合った。


「王宮へ献上ですかね?」


俺は念話鳥に魔力を使うのも疲れるので、文字板に戻している。


「ノースター領の獲物には違いありませんが、今回は砦の警備兵の手柄ですし。


まずは国への報告と、分配はその後指示が来るのではないでしょうかね」


眼鏡さんの見解は王都から誰か来るだろうということだった。


「もう解体しちゃったけど、いいのかな?」


文字板を覗き込んでいた眼鏡さんが「いいんじゃないですか」と答える。


なんか適当だな。


「えっと、パルシーさん。 なんか怒ってます?」


こそっとガストスさんに文字板を見せる。


ガハハと笑いながら、眼鏡さんの肩を叩いた。


「ネスに置いて行かれたのが悔しいんだろ」


眼鏡さんがプイっと横を向いてしまう。


あれえ?、そんなこと言ったって、文官で執事だと戦闘は無理っしょ?。


「忘れたんですか?。 私は魔術師なんですよ、これでも一応」


仕事が忙しくて練習はなかなか出来ないが、それでも暇を見て魔術師兵たちと一緒に王子の指導を受けている。


それでも、適材適所というものがあるだろう。


「ただ単にご領主様が心配だっただけですよ」


ハシイスがお茶を淹れながら「自分も同じですけど」と笑った。


はあ、心配したから拗ねてると。


「心配かけてごめんなさい」


大きく書いて全員に見せた。


それで少しは皆の気が収まってくれるといいな。




 今回の国境警備隊の事情聴取のために、王都からやって来たのは宰相様だった。


どうもこの領地に関しては他の文官では荷が重いらしい。


隊長を呼びに行かせ、領主館の応接室で話し合いをすることになった。


「それで実際はどういう事だったのでしょうか?」


宰相様は、報告は全て虚偽だと決めつけている。


俺はテーブルの上に文字板を置いて、「嘘ではありませんよ」と書いた。


「小さなドラゴンが出て、私とガストスさんとクシュトさんが駆け付けて、警備兵たちと一緒に討伐したのです」


うん、間違っていない。


ただし、大型のドラゴンが途中で出て来て、王子の魔法が主な攻撃力だっただけで。


オーレンス宰相は俺たち全員をぐるりと見回している。


「まあいいでしょう。 では戦利品は警備隊が優先ということになりますな」


隊長がチラチラとこっちを見る。


気にしなくていいのに。


「牙や爪は損傷が激しかったので、肉と一部の鱗しかないのですが」


打ち合わせ通りに隊長が説明する。


牙や爪なんか見せたら大型だったのがバレるからね。


「ほお?。 そんなに激しい戦闘だったのですか。 怪我人は出ていないと聞いていますが」


隊長の顔が引きつっている。


「それは私が治療しましたので、最終的には怪我人はいなかったのです」


俺はさっと文字板に書く。


宰相様は大きなため息を吐いた。


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