第41話 王子の妹


 宰相様が隊長を憐れむような目で見ている気がする。


「国境警備の設備で、小型でもドラゴンを倒せるとは思っていません。


それでもあなたたちが力を尽くしたことは国王陛下にご報告いたしましょう」


隊長が胸を撫で下ろす。


「今回は何とかなりましたが、今後は分かりません。 出来ましたら警備兵の増強をお願いします」


ついでにちゃっかり陳情をしている。


「そうですね。 短い期間に二度もドラゴンが出たのですから、何とかいたしましょう」


それは俺もうれしい。


俺や王子がいつでも駆け付けられる訳じゃないからな。


「それでは、ネスティ様。 こちらの鞄に肉と鱗を移してください。


後ほど代金を国と領地で分け、ノースター領の取り分をお送りします」


俺は頷いて鞄を受け取り、一旦館の外に出た。


血の匂いがするからね。


 クシュトさんが付いて来てくれて、周りを警戒してくれている。


とりあえず、小型ドラゴン相当の肉と、鱗は小さめのものを選んで入れた。


俺が他の部位を入れるかどうか迷っていると、


「下手なモノを入れると後で怪しまれるぞ」


とクシュトさんが言うので、目玉を入れようと思ったけど諦めた。


結構迫力があって、国王陛下が喜びそうだったんだよ。 ちゃんと保存の魔法もかけたし。


 そうして今年の雪が降り出す前に、宰相様は王都へ帰って行った。




 春になって、ドラゴンの代金が大量に送られてきて、国境警備隊も大幅に人数が増えた。


俺はクシュトさんに頼んで、裏方面から残ったドラゴンの肉を売りさばき、そのお金で本格的に温泉宿を増築した。


今まで浴場は一つしか無かったが、男性用と女性用とに分けたのだ。


宿泊施設も広くし、町からの馬車便や従業員も増やしている。


 その頃には勉強がひと段落した「砦の子」が、私兵の訓練にも参加し始めた。


やはり小柄ながら力は人一倍あり、馬や動物たちとの相性もいいので、一目置かれるようになった。


「誰も変って言わなくなったよ」


と、こっそり教えてくれた。


俺は保存していたリンゴを木箱にいっぱいと、アップルパイのレシピを付けて温泉宿に送った。


温泉卵だけじゃなく、町の名物として温泉宿でも人気になるといいな。


お礼として、温泉卵だけでなく、毎日大量に生みたて卵が届くようになった。


 俺は生卵かけご飯が食べたくなったけど、米がないんだよなあ。


小さな<殺菌>の魔法陣を作り、試しに生卵を呑んでみた。


今の身体は丈夫なので、多少の腹痛ぐらいで済むだろう。


「うまっ」


元の世界でもなかなか生で食べられなかったんだよ。 また一つ願いが叶った。


だが、周りの評判は良くなかった。 気味悪そうな目で見られた。


「わしは食べるぞ」


御者のお爺ちゃんだけは俺のこと信じてくれる。


「うん、うまいなこりゃ」


「でしょおお」


二人で生卵を呑んで笑い合う。 お爺ちゃん、大好き。




 農地が広がっているので、郊外の農地と道を分ける柵を作り始める。


馬が多く行き交うようになって、勝手に農地に入ってしまうことがあったからだ。


領主館から東の砦までの道も道幅を広くとって、ずっと道沿いに木の柵を作ることにした。


俺も早朝にしょっちゅう馬で走り回っている平原だ。


私兵たちの馬術訓練も行なっている。


馬の数も徐々に増えていて、平原は馬牧場の様になってきた。


そして道の脇に等間隔に、リンゴの木を植える計画もある。


「ご領主様。 あんまり郊外に果樹を植えると、獣や魔獣が来ますぜ」


苗木を依頼した樵にそう言われた。


ああ、そういう心配もあるのか。


 俺は王子に頼んで魔法柵の魔法陣を改良してもらう。


『獣にも反応するように?』


「うん。 小さい物はある程度仕方ない。 全く外敵がいないのは不自然だしな」


大きな獣は人に被害が出ると困る。


魔法柵の中に閉じ込めておいて、秋の狩猟期間に皆で狩りをする。


そういう形に出来ればいいなと思った。


お陰でその年の夏は、またしばらくの間、真夜中に森へ出かけて魔法柵を直し続けた。


 


 それが終わって、しばらくぶりに夜中の配達に出かけた。


南領から王都への配達を請け負い、翌日王都へ飛ぶ。


何だか王都内がざわざわしている気がした。


「こんばんは」


王都の斡旋所でガタイのいい受付の男性に声をかける。


「おお、久しぶりだな、ネス。 今日はたくさんあるぞ」


おお、王都の斡旋所からほとんどの町の斡旋所への通達のようだ。


俺は西の港町行きと南領の両方を選ぶ。


六日の期限と四日の期限。 俺なら両方一日あれば届けられる。


「お前の足が速いから本当に助かるよ」


「何か物騒なことでもあったんですか?」


全域に通達ということは何かあったのだろう。


「いやいや、お祝い事だよ。 アリセイラ姫様のご婚約が決まったんだ。


その影響でそれぞれの領地でお祝いの品や行事で、特別な仕事が増えるだろうという通達だ」


え、今なんて?。


「アリセイラ姫が?」


「はっはっは、お前も姫様の婚約には衝撃を受けるか。


しかも相手は他国の王子だぞ」


「ど、どこの?」


俺は思わず詰め寄ってしまう。


「おいおい、なんだよ。 北のイトーシオだよ。 あの軍事国家のな。


まあ平和条約のための輿入れだろう」


 アリセイラは今年で十二歳。


王族の女性の婚約は確かに早い。 そして成人と同時に相手の国に嫁ぐのだ。


俺は混乱したまま王都を出た。




 館に戻ってすぐ、俺は布団に潜り込む。


本当は俺じゃない。 ショックを受けているのも、布団をかぶっているのも王子だ。


『あのアリセイラが』


覚悟はしていた。


俺たちはこの国に対して、あまりいい印象をもっていない。


だけどこの国を嫌いになれないのは、妹のアリセイラ姫がいたからだ。


彼女がこの国を出て、どこかで幸せになってくれるなら、俺たちはこの国に未練はない。


だけど、それは彼女が他の国に嫁ぐということに他ならない。


「なあ、王子。 ここは兄らしく、何か祝いでも送ってやろうよ」


『祝いか』


グダグダしていた王子が、少し顔を上げた。


『そうだな。 とびっきりの祝いをしてやらなければな』


俺は王子の気分が変わってほっと一安心した。




 翌日の夜は南領へ文書を届け、その翌日の夜は西領へと飛んだ。


斡旋所へ入ると夜中なのに結構賑やかだった。


「お届けです」


「ああ、いつもありがとうね、ネス」


西領の斡旋所の夜担当は所長でもある高齢の男性だ。


「あの、一つ伺いたいことがあるのですが」


王子が珍しく前に出て来た。


「うん?、何だね」


王子は老人に顔を寄せ、


「今、噂のアリセイラ姫のお相手ですが、どんな方ですか?」


と訊いた。


この西領は隣国との交易のある町だから、所長なら知っているのではないだろうか。


「ほお、興味があるのかい?。 ネス君はいつも無表情で何にも興味がなさそうだったが」


クックッと笑い、老人は冷やかすような眼をした。


「まあいい、どうせ暇だからな」


と言って手招きし、斡旋所内の軽食を出すコーナーに移動した。





「イトーシオ王国の第一王子、王太子だ。 若いが出来た男だよ」


北国特有の白い髪と白い肌、瞳は紫の色男らしい。


「ちょっと気弱だが、国は住民のほとんどが軍人っていうくらいの軍事国家だ。


それにドワーフっていう鉄鋼業に適した種族がいるおかげで経済を廻せてる。


唯一交易しているのが食料品を仕入れている我が国だ」


そして我が国は、イトーシオから鉄製品と木材を輸入している。


大事な取引先というわけだ。


アリセイラ姫の婚姻は両国にとって大切な絆になる。


王都への仕事を引き受けて、俺は礼を言ってノースターへ帰った。




『無事に嫁がせてやりたいな』


それが本当に幸せな結婚なら、ね。


『どういう意味だ?、ケンジ』


「政略結婚は仕方ないとしても、アリセイラ姫には他に好きな人とかいないのかなと思ってさ」


嫁ぐ前にやりたいことはないのかな。


今、俺と王子は割と好き勝手やってるからこそ、それが気になった。


俺たちはあのまま王宮にいたら確実に死んでいたんだ。


それをアリセイラには見せたくなかった。


それもやっぱり俺たちの勝手なわがままだ。


アリセイラ姫本人はこの婚約をどう思っているのだろうか。


手紙を出すこともままならない俺たちには知るすべはない。


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