第39話 王子のドラゴン戦


 俺は文字板がまどろっこしくなり、念話鳥を発動した。


それを見た者たちは一瞬ギョッとしたが、今はそれどころではない。


「どういう状況ですか?」


俺の言葉に砦の兵士は軍式の礼を取り報告する。


「巣穴から小さなドラゴンが飛び立つようです」


俺は眉を寄せる。


「確認に行く」


そう言って俺は立ち上がった。


「ご領主様、危ないです」


眼鏡さんは俺を止めようとする。


「砦の兵士に任せましょう。 兵士たちで足りなければ私兵や猟師もいます。


ご領主様は避難されたほうがいいです」


俺は眼鏡さんを睨んだ。


「それは出来ない。 兵士や猟師たちも領民だ。 領民を危機に晒すことになる」


そう言って、すぐに装備を取り出す。


念のために用意していた皮鎧だ。 王子は戦闘用に作った魔法陣帳を取り出した。


外へ向かう俺に、ガストスさんとクシュトさんが後に続く。


「砦の子」が追って来て「僕も連れてって」と言う。


砦の兵士はこの子を安全な所へ逃がすために連れて来たというのに。


「分かった。 来い」


俺はその子を抱き上げて、自分の馬に乗せた。


ガストスさんが私兵たちに、町から逃げて来た者たちがいたら、館の地下に避難させるようにと伝える。


「お前たちはここで防衛だ。 絶対に領民を守れ」


俺は大声で館に残る私兵たちに伝えた。


「はいっ」


俺たちの馬は、東の砦に向かって駆け出した。




 砦に着くと、すぐに兵士が飛び出して来る。


逃がしたはずの「砦の子」の姿を見て顔を顰めた。


温泉宿の者たちは砦の地下に身を寄せているそうだ。


「どうなってる?」


肩の鳥が王子の声でしゃべったことに驚くが、今はそれどころではない。


「小型のドラゴンが巣穴から出て、付近を飛行しております」


ギャアギャア


鳴き声といえばいいのか、吠え声なのか、ここまで聞こえて来る。


「子供みたい。 どこかへ飛んで行きたいって言ってる」


俺の服を掴んでいた砦の子が小さな声で訴える。


 どうしてそんなことが解るんだとは言わない。


俺にも何故かドラゴンの声と共に何かが伝わって来たからだ。


『おそらくエルフの血に反応するモノがあるんだろう』


王子が冷静に分析する。


 子供の顔を覗き込んで、


「もし、あれが町へ向かうようなら討伐しなきゃならない」


俺がそう言うと、子供は「うん」と頷いた。


動物好きのこの子にすれば、魔獣も獣なのだ。


そしてまだ何もしていない、あの小さなドラゴンを死なせたくはないのだろう。


「分かってる。 仕方ないんだよね」


しゃがみ込んで、涙を浮かべる頬をそっと撫でる。


子供を兵士に預けて、砦の広場を緊急転移用として覚えておく。 いざとなったら全員で退避することになる。


俺は砦を抜けて山道へ出た。




 巣穴はここからは見えないが、小型のドラゴンが飛んでいる姿は見える。


町へと向かえばすぐに砦は抜けられる距離だ。


判断は一瞬で決まる。


俺は<気配遮断><完全防御・盾><脅威察知>を発動する。


この日のために王子が作った、同行する者全員にかける広範囲の魔法だ。


ゆっくりと巣穴が見える位置まで移動した。


「威嚇してみよう。 それで逃げてくれればいいが、こちらに向かってくるようなら攻撃する」


俺はそれでいいか、とガストスさんとクシュトさんを見る。


二人の爺さんは頷いてくれた。


「行こう」


俺が先頭を歩き出す。




 すぐ横に砦の隊長が駆けて来る。


本来なら指揮は警備隊長が取るのが当たり前だ。


俺は焦るあまりそれを忘れていた。


「すみません、勝手なことを」


いえいえ、と手を振り、隊長は「指揮など誰でもいい」と言い出した。


さすがガストス爺さんの知り合いだ。 国軍にしてはぶっちゃけた人のようだ。


「威嚇には魔術師兵を使いましょう」


隊長は、魔法の杖を持った魔術師兵を指差す。


砦から大きな弓を抱えた屈強そうな兵士たちも付いて来た。


 砦には国境警備として六名が配備されている。 だが、ドラゴン相手にはあまりにも少ない人数だ。


「お手伝いいたします」


俺は一歩引いて、爺さん二人と共に隊長の指揮に入ることにした。


 ノースターの私兵たちは領民を守るためのものだから、もしもの時のために置いて来た。


何かあれば、ここにいる俺と二人の爺さん、砦の兵士だけで倒さなければならない。


(王子、いけるか?)


『ああ、やれるだけのことはやろう』


俺は自分の震える腕をぐっと掴んだ。




 砦の魔術師兵が<炎よ、弾けろ!・火球>と叫ぶ。


飛び回っていた小型のドラゴンの近くで威嚇の炎が弾ける。


ギャアアギャアア


驚いたドラゴンが巣穴に戻った。 一同は安堵のため息を漏らした。


 しかし、その直後、恐ろしい声が響いた。


ギャアアアオオオ


大型のドラゴンが姿を現し、バサリと翼を広げたのだ。


『以前のドラゴンの仇だと言ってるようだ』


魔術師の放った火球はごく一般的に使われる魔法で、おそらく以前のドラゴンとの戦いでも使われたのだろう。


<気配遮断>をかけていても魔法が発動した方向は分かる。


ドラゴンは真っ直ぐにこちらに向かって来た。




 王子は大型ドラゴンに向かって、大きめの魔法陣<大風>を発動する。


強風に煽られ、ドラゴンの速度が少しだけ落ちる。


その間に魔法陣帳から何枚か取り出し、<煙幕>を発動する。


「視界が開けたらすぐに攻撃を開始。 翼を狙え」


俺は隊長にそう告げて、ドラゴンに向かって駆け出す。


仇だというなら町の住民を狙うだろう。 こいつは逃がすわけにはいかない。


「自重はなしだ、王子」


『おう!』


煙が晴れ、ドラゴンの姿が間近に迫る。


「わああああ」


兵士たちの声と共に魔術と矢が放たれた。


「行くぞ!、<跳躍>」


ドラゴンの目の前に飛び上がり、その場で<気配遮断>を解く。


いきなり現れた俺に驚いて動きが止まったドラゴンの顔に向かって、全力で魔法を放つ。


<大砲・散弾> 


ドッガァーン


顔面に砲弾を浴びせる。 火薬による爆発と、細かい鉄くずが爆風と共にドラゴンの顔を直撃する。


ギャアアア


大声を上げるドラゴン。


王子は狙いを定め、開いた口の中に<投擲>で特別製の酒を放り込む。


 酔いが回ったのか、ドラゴンの動きが急に鈍くなり、落下が始まる。


<浮遊>を発動し、落ちるドラゴンの速度に合わせて落下しながら、俺は<拘束・鎖>を何度も発動した。


足、翼、口に魔力の鎖が巻き付く。


地響きをたてて、ドラゴンが地面に激突した。




「ネス様!」


兵士たちが止めるのを振り切って「砦の子」が駆けて来る。


子供とは思えない怪力だ。


俺はハアハアと息をしながら子供を抱きとめた。


「お願い、待って」


何故かドラゴンの命乞いをする子供に、俺はしゃがみ込んで真っ直ぐに目を見た。


「俺も無用な殺生はしたくない。 だけど領民は守らなければならないんだ。


だから、こいつにおとなしく山奥へ戻るならこのまま逃がしてやると言ってくれ」


頷いた子供が、傷だらけのドラゴンの顔を見つめて何やら話しかけてようとしている。


俺は子供に<拡声>の魔法陣を発動させる。


ギャアギャア


しかし、目を開けたドラゴンの返事は「否」だったようだ。

 

ギャアアアオオオ


さらにもがき、拘束を解こうとする。


「ごめんなさい。 ダメだった。 どうしても仇を討つんだって」


俺は子供をギュッと抱き締め、そっと兵士たちに渡す。


 身体を調べ、心臓部分に杭を打ち込む。


<刺突杭・鋼鉄>


足元一帯を真っ赤に染め、ドラゴンの血が山道を下るように流れて行く。


 俺はドラゴンの牙を一本<斬鉄>で切り落とす。


それを<投擲>で巣穴目掛けて投げた。


小型のドラゴンは翼を広げて飛び立ち、それを受け取るように口にくわえると、どこか山奥へと去って行った。




 俺はドラゴンの身体をそのまま魔法収納に放り込んだ。


唖然と見ている砦の兵士たちに「今まで見たことは口外禁止だ」と告げる。


砦へ向かって歩き出した俺の後ろで、爺さん二人が頷き合う。


「いや、しかし、これは」


オロオロする砦の隊長を左右から取り囲み、爺さんたちが大声で威嚇する。


「いやあ、砦の戦力は大したものだ」


「大砲といい、大弓といい、いい装備をお持ちだな」


隊長は冷や汗を流す。 そんなものがあっても、あれだけ大きなドラゴンを仕留めることなど出来ない。


だが、今回のことは「砦の戦力で倒した」ということにしなければならない。


爺さんたちは、同行した兵士たちにも笑顔で無言の圧力をかけていた。


 俺は「砦の子」の頭を撫で、「私の魔法のことは内緒だぞ」と囁いた。


「うん。 分かった」


七歳にもなれば大抵の大人の事情は理解出来る。


俺たちは手を繋いで砦に戻り、大いに砦の兵士たちを褒めた。

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