第38話 王子の決意
王都への配達はちゃんと達成した。
夜中の王都は田舎とは比べ物にならないくらい明るい。
「そういえば、王都では夜中に町に出ることってなかったなあ」
俺が目印にしたのは王宮からの出入り口になっている排水溝の中だ。
ここなら人目に付かない上に、邪魔も入らないしね。
懐かしい王宮への入り口近くの貸し馬車屋は閉まってた。
王都の斡旋所でも、受付の夜中勤務は男性だった。
斡旋所は、人の少ない営業時間外は簡単な受付と受領しかやっていない。
身体のデカい男性が受付に座っている。
俺はまず壁の募集を確認し、ノースターかその周辺の町への配達がないかを調べた。
あった。 西の港町の斡旋所行きだ。
「お届け物です」
そう言って南領から王都の斡旋所宛の文書を渡し、受領の伝票にサインをもらう。
その場で完了の手続きをしてもらい、配達料を受け取る。
次の物件の紙とカードを渡し、文書と受領伝票を受け取る。
「では」
そう言ってすぐにその場を立ち去った。
さすが王都だけあって、少し人はいたが、だいたいは肩の上の鳥に目が行っていたはずだ。
例えネスティの名前に憶えがあったとしても、二年も前のことだし、姿もフード付きローブで隠している。
気が付く者はいないはずだ。
気配遮断のローブのお陰で無事に排水溝に戻り、そこからノースターの領主館に戻る。
依頼期日は六日。 お届けは明日で十分だ。
西領の斡旋所へは行ったことがないので、明日は普通に駅馬車で向かおうと思う。
斡旋所を確認して、杭をどこかに打ち込んで、お届けは真夜中だ。
俺はそんな風にしてノースター領と周りの西と南領を中心に文書運びを始めた。
範囲が狭いと怪しまれたりするかも知れないなと思い、最近は地図を頼りに付近の町や村、王都近くの領地も調べている。
どうしても一度は行く必要があるので、初めての町は昼間に用事を作って移動して覚えている。
領主として視察に出かけたり、ノースターの特産のリンゴを積んだ荷馬車で行商したりした。
王子の資産を食いつぶしてばかりでは良くないので、町の収入源も増やしておきたい。
狩猟の季節だけでなく、観光や、商売に訪れる者たちを増やしていけたらいいなと思っている。
春になると、俺は館の庭のリンゴの木をまた六本増やした。
今回は一番美味しく実った木の魔法陣を使った。
二つ折りになる棒を使って魔法陣を描いていたら、さっそくガストスさんに目を付けられた。
「ネス、それを持ち歩くなら棒術の訓練もやらないとな」
あーはいはい。
「絶対そう来ると思ってました」と文字板を見せると、ニッカリと笑う脳筋爺さん。
俺はそれからしばらくの間、棒術の指導を受けることになった。
私兵の数はまた増えていた。
他の領地から戻って来た者だったり、傭兵稼業から足を洗いたいという者まで様々だった。
一応王都の伝手を頼って身元の洗い出しはさせてもらっている。
その上で、特に問題がなければ訓練に参加してもらう。
ガストスさんの訓練に耐えられるようなら採用になる。
私兵で使えない者は、この町に定住するという条件で、仕事があった場合に呼び出す派遣型登録をしてもらった。
住民台帳作成の時には、魔力検査も行われた。
農地が欲しい農民も他領から来るようになり、家族での移民も増えている。
彼らの受け入れは順調だった。
ノースターの町中には、雪対策として五階ほどの建物が多く並んでいる。
まだまだ空き部屋が多いので、領主として買い入れ、それを貸し出すようにした。
いずれ自分たちで買い取っても良し、どこか違う場所で家を買っても良いということになっている。
仕事が安定すると、独身者が多かった私兵たちも、結婚や出産が増え始めた。
新しい教会も夏には完成した。
冬の間に場所の選定と、王子が基礎を魔法陣で終わらせていたからだ。
材料はいつも通り冬までに抑えておき、雪溶けと同時に大量に運び込まれた。
あとはノースター領の作業員たちが総出で仕事をしてくれる。
そして新しい大型箱馬車も到着し、それの外装を黄色く塗って、スクールバスにした。
「これでどこに向かう馬車か分かるだろう」
そういう文字板を見せると、教会の少女はうれしそうに微笑んだ。
町の中を走り、子供たちを乗せて教会へと往復する専用の馬車である。
色付きの馬車は珍しいので、遠くからでも良く見え、子供たちには好評だった。
御者も数を増やし、五、六人用の馬車も購入した。
温泉宿への定期馬車を増やすためだ。
今までは一日一往復だったが、少しずつ客足も増えたようなので、思い切って朝晩四往復にしてみた。
そうしたら、「砦の子」が学校へ通えるようになった。
「ネス様ー、俺も私兵になりたーい」
「訓練に参加してもいいけど、お前には鳥小屋の仕事があるだろ」
文字板を書いて見せる。
まだ七歳になったばかりなので、文字はまだ完全には覚えていないようだった。
「分かってる。 そっちもがんばるー」
俺は弟のように思っている「砦の子」の頭を撫でた。
秋になり、俺は十七歳になった。
いつも通りの王子との酒盛りで誕生日は過ぎた。
今年も庭師のお爺ちゃんから変装用のローブが届いた。
丈が腰辺りまでと短い夏用の、フード付きローブだ。
本当にありがたい。
どうして皆、俺の欲しい物がわかるのだろう。
王子である俺からは、王宮の中へは余程のことがなければ手紙など出せない。
宰相様宛の手紙でさえ、息子の眼鏡さんの手紙に混ぜているのだ。
お爺ちゃんたちにもお礼の手紙を出したいけど、迷惑がかかりそうで怖い。
俺の毎日は、早朝に御者の爺ちゃんと馬の世話をして、たまに遠出で砦まで走る。
朝食を当番の私兵と作り、その後は朝の体力作りと簡単なお復習(さらい)をやる。
身体の動きは常に確認しておかないといけないとガストスさんにはきつく言われていた。
一汗流した頃に町中からの定期馬車が着いて、文官になった元職員の人たちがやって来る。
お手伝いのおばさんに簡単な掃除や昼の用意を頼んで執務室に入ると、眼鏡さんが張り付いて離れなくなってしまう。
「ご署名をお願いします」
「はいはい」と書いた文字板を見せる。
夜は静かになった頃に転移魔法陣を使って文書の配達に出る。
最近では斡旋所へ顔を出すだけで、文書の配達を頼まれるようになった。
「ノースターと王都と他にもあるんですよ」
どこへ行っても、夜中の受付担当はだいたい男性だ。
肩に乗せた鳥にも驚かなくなり、男同士の冗談も言い合う。
狩猟の季節はしばらく来られないと伝えておいた。
領主としての自分とはまた違う自分がいる。
今年の秋の狩猟も無事に終わり、大物は少なかったが、良質の肉と毛皮がたくさん獲れた。
他領からの猟師や商人を受け入れるため、町が一番賑やかな季節だ。
解体作業所に子供たちがやって来た。
そろそろ終わりに近いので大人たちが大丈夫と判断したのだろう。
「ネス様ー」
俺は足にしがみついてくる「砦の子」の頭を撫でる。
この子は男の子だけど、同年代の他の子供たちより背が低い。
俺は自分も小柄なほうだから親近感があるのかな。
そしてそれは突然やって来た。
遠くから何か得体の知れない音がする。
何だろう。 ウーウーというか、何かの吠え声のような。
執務室に緊張が走った。
「あれは、砦の警報です」
「なんだって!?」
全員が外へ飛び出す。
以前のドラゴン出現の時に町に居た者は、当時の思い出が蘇ったのだろう。
パニック寸前になっている。
そこへ砦から、「砦の子」を乗せた連絡係の兵士が馬を飛ばして来た。
「ネス様ー」「ご領主様!」
俺は二人を応接室に入れ、休ませる。
その間に文官たちを落ち着かせ、町への連絡を頼む。
「町へ知らせろ。 落ち着いてなるべく地下へ隠れる事。
家に地下の無い者は、学校の地下に隠れるようにと」
俺は冷静に、文字板を眼鏡さんに見せる。
あそこならニ、三日はじっと隠れていられる。
その間にこちらはドラゴンを何とかしなければならない。
文官たちはすぐに動き出す。
御者のお爺さんや助手たちに馬車を出させ、住民に知らせると共に避難させる。
近隣の領主にも、私兵から馬の得意な者を伝令に出した。
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