第35話 王子の料理人


  納税は年に一度、秋の終わり頃。


俺は赴任してまだ二年目。 初年度は免除なので、徴税は今年が初めてになる。


ノースターでは俺の一存で、領民からはなるべく自分で生産している品物で納めてもらっている。


最初は麦だけにしようと思ったが、開墾が進んだこともあり、色々な作物が採れる。


それを備蓄することにしたのだ。


もちろん金で納める者もいるし、農民なら農作物だし、猟師なら狩りの成果を収めてくれる。


パルシーさんががんばって計算して、平等になるように納めてもらっている。


 国へは王子の資産からノースター領全部の税金を差し引きしてもらっているので、本当は徴収する必要もない。


そう言うと、だんだんと領民たちが張り切り出して、


「今までは国や代官にどうせ取られるから大したものは作っていなかったが、ご領主様に差し上げるならより良い物を作ろう」


となったという。 意味が分からん。


それで領民たちが張り切って働いてくれるなら、まあ無理しない程度にがんばってもらおう。


 俺は集めた作物は、どんどん腐敗防止や低温貯蔵といった保存系の魔法がかけてある地下倉庫に保管していく。


何かあった場合に領民に放出するためだ。


一部は町の中心にある学校の建物の地下にも置いている。


特にノースターは冬が厳しいので、薪や食料を中心に保存しておいた。




 お金や物で収められない者には労働でお願いしている。


一定期間の兵士の訓練や、町の清掃活動といった福祉活動、あとは文書整理だ。


 なんの文書かというと、実は王子が領民が誰でも利用できる図書館を作りたいと言い出した。


自分が子供の頃、読めなかった本を、この町の子供たちに読ませてやりたい。


俺は、王子のその言葉に頷く。


王子はもう子供じゃないんだな。


自分だけじゃない、他の子供たちのことも考えられるようになったことに、俺はジーンときた。


 その図書館に置く本は、これから集めるのだが、新しい本というのはなかなか入手が難しい。


それで王都から古くて廃棄するような本をもらい、それを修繕して収納しようということになった。


 いずれ今の教会が郊外に移動したら、残った建物を外見は教会、中身は図書館にしようと思っている。


何でそんなややこしいことをするのかといえば、図書館があるのは王都だけだからだ。


こんな田舎に作ったら絶対睨まれる。 だから図書館構想は誰にも内緒なのだ。

 

 本というのはある程度の紙という材料と印刷といった技術が必要で、かなりお高い。


それで以前、子供たちに配る教科書を取り寄せて、何人かで手で書き写したという経験がある。


大量に取り寄せると怪しまれるが一冊二冊なら何とでも誤魔化せるし、廃棄するようなボロボロの本を集めているので、焚き付けとでも思われているかも知れない。


俺が〈復元〉し、作業に来た住民たちはそれを書き写すという作業をしているのだ。


それを文書整理と呼ぶことにしていた。

 



 実は修繕には魔力紙を使っている。


普通の紙より丈夫で破損しにくいからだ。


魔力の通り易い紙を王都から仕入れ、それを王子が魔力を通して魔力紙を作る。


インクも同じように王子が魔力液を作成し、それを使って本を書き写してもらっている。


修繕し、写し終わった原本は保管場所へ移し、複写された新しい本は教会図書館に並べていく予定。


 そのため、俺たちが王都から買い付けている資材の中には紙も大量に含まれている。


冬の前、王都からのその年の最後の荷物がやって来た。


 その隊列の中に見慣れない服装の男がいた。


何だか変わった屋台のようなものを付けた馬車を曳いている。


「あれはー」


眼鏡のパルシーさんが顔を歪める。


「知り合い?」と文字板を見せると彼は嫌そうに頷いた。


「ええ、王宮にいた頃の知り合いですが、彼は確か今は王都にはいないはずです」


その男はチャラそうな薄い茶色の髪を掻き上げながらやって来た。


「こんにちは、ご領主様」


馬車から降りたそのチャラ男は、俺のことをジロジロと上から下まで眺めまわしている。


「どちら様で?」


俺は不機嫌を隠そうともせずに文字板を突き出す。


「おお、これは失礼しました。


俺は旅をしながら料理人になる修行をしている者でっす。


実は久しぶりに王都の実家に帰りましたところ、母があなたに大変お世話になったようでして。


北領へ行ってしまわれたあなたのことを大変心配して、私に様子を見て来いと言うのでっす」


話を聞くと、どうやら王宮の小屋で世話になったおばちゃんの息子らしい。


「母親は雑用などしていますが、実はこいつの父親は宮廷料理長です」


眼鏡さんがこっそり教えてくれた。


 夫婦して王宮で働いている者は多い。


このチャラ男は、王宮の料理長と雑用係りをしていたおばちゃんの夫婦の次男坊だった。


「兄貴は親父の跡を継いで宮廷の調理場で働いていますが、俺はどうも馴染めなくて」


……うちの領地はそんなやつばっかり来るな。


「ま、こちらには旅のついでに寄っただけっすが、しばらくお世話になりまっす」


そう言って、勝手に馬車を停め、領主館に入って行った。




「おはようございまっす、坊ちゃん。 あ、いけね。 母さんがそう呼んでたもんで」


朝早くからチャラ男の声が食堂にこだまする。


俺が早朝の馬の遠出から帰ると、すでに良い匂いが漂っていた。


今の領主館には俺と爺さん二人、眼鏡さんに御者のお爺ちゃん。


あとは私兵の内、町の警備所に住み込んでいる者を除いて、新人を含め十人ほどが寝泊まりしている。 


その人数分をざっと仕上げている。


「うお、さすが料理長の息子だけあるな」と感心していると、チャラ男は嫌な顔をした。


「ご領主様。 今、料理長の息子だから、って思いました?。


俺、それが嫌で王都を出たんすよね。 自分でどんなにがんばっても、うまくいくと親のお陰。


兄貴も一緒になって親父のお陰だって言うんだから、俺はそんなの御免でっす」


どうやら親への反発が、旅をしている主な理由のようだ。


「俺はね、自分で修行して一人前になって、親のお陰だっていう奴らを見返してやるんでっす」


朝からテンションの高いチャラ男であった。




 朝の通勤馬車でお手伝いのおばさんや、文官見習いになっている元職員たちがやって来た。


チャラ男はお茶を淹れたり、まめに話し相手をしたりと、どこへ行っても笑い声がする。


「明るい方ですね」と俺が文字板に書くと、眼鏡さんは不思議そうな顔をした。


「うーん、昔はあんなに明るい子じゃなかったんだけどなあ」


「そうなの?」と書いて、チャラ男に顔を向ける。


「私が知っているのは本当に子供の頃だけですけど」


 王宮の中で親が働いている子供が預けられている部屋があったそうだ。


親が宰相様の眼鏡さんと親が料理長のチャラ男は、年は離れているが、よく一緒にいたらしい。


その頃は大人しい子供だったという。


「旅の間に何かあったんでしょうかね」


大人の事情にはあまり関わりたくはないけど、そういうことなら気にはなる。


でもそこは聞いちゃダメだよな。




 誰にだって事情はある。


俺や王子の事情も話せるものじゃない。


「ねね、ご領主様。 他の人たちに聞いたんだけど、料理得意なんでしょ?」


チャラ男の言葉に俺は首を傾げる。


「それがどうかしたの?」と書いた文字板を見せた。


にやりと笑うチャラ男は、どんっと俺の机を叩いた。


「俺と勝負しましょうや」


はあ?。


「実は俺、ずっと旅しながら料理人対決やってるんでっす。 俺が負けたら何でも言うこと聞きますよ?」


俺は呆気に取られていた。


「馬鹿野郎。 お前は何を考えてるんだ!」


眼鏡さんがチャラ男を怒鳴る。


俺は、ふむ、と考える。


「やってもいいよ」


そう書いた文字板を見せると、チャラ男と眼鏡さんの動きがピタリと止まる。


「ただし、条件を出させて欲しい。


一つはこの町で採れる材料を使うこと。 もう一つは料理というよりお菓子で勝負すること」


俺がそう書くと、チャラ男は「いいぜ」と大声で答えた。




 材料は保管庫にいくらでもある。


自由に使って構わないと伝え、考える期間は彼の滞在期間予定の一週間。


それ以上になると雪が降ってくるおそれがあった。 そうなるとこの町から出られなくなる。


最終日に作ったものを、審査員にどちらが勝ったかを決めてもらう。


しかしその審査員は当日、希望者からくじ引きで決めることになった。


「で、俺が勝ったら何をくれる?」


チャラ男が俺の顔を覗き込んだ。


「何でも、君の好きなものを」と書いたら、チャラ男の顔はますますうれしそうに崩れた。


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