第31話 王子の心残り
その年の建国祭りは、俺だけではなく、この領地で成人を迎えた者全員の祝いとした。
広場に住民を集め、若者を中心に酒や食べ物を放出して祝った。
そして、俺は領民に正式に「魔獣狩り」という行事を見直すと宣言した。
住民の中には「収入が減るのではないか」と心配している者もいた。
「これからは魔獣狩りの予算で、町の皆で仕事をしてもらう」
春から大規模な公共事業、つまり住民を雇っての道路の整備や、農地の開墾を行うと発表した。
遠くへ出稼ぎに行かなくても、自分の町で働く場所がある。
このノースターはまだまだ未開の場所が多い。
仕事はいくらでもあるのだ。
住民が不安にならぬよう、これからは俺が皆を忙しくしてやる。
自分ばっかり忙しいのはもう嫌だしな。
西領へ行っていた兵士や出稼ぎの人たちが戻って来たお陰で、町は冬でも賑やかだった。
俺は、あまり人や物が動かないうちに編成してしまおうと思い立つ。
領主館で主な者たちを集めて会議を始めた。
二階の会議室にまた大きな黒板紙を出して来て設置する。
出席者は領主の俺と側近の眼鏡さん、ガストスさんにクシュトさんの爺さんコンビに、私兵代表の脳筋。
元職員の代表は、以前の魔獣狩りの交渉の時に手伝ってくれた若いお姉さんだ。
ハシイスや私兵のうち三名ほどが室内で待機している。
記録係りとして元職員のお兄さんも座らされているが、彼は常に眼鏡さんの監視の元で仕事をしているらしい。
俺は黒板紙に「道路整備」「農地整備」「商業施設」と書いた。
これが来年の春からの資金で行われる事業になる。
俺が事前に書いた紙を眼鏡さんが読み上げる。
町を巡回している乗合馬車を動かしているお爺ちゃんが、「もう少し道が走り易けりゃなあ」という話をしていた。
「町の主な道はご老人たちの努力もあり、あまり目立った凹凸はありませんが、郊外はまだまだですね」
元・町の代表だった脳筋さんの話では、隣町との往復で、こちらの町に入ったとたんに道が荒れるそうだ。
なるほど。 交易用の主要な道から始めよう。
領主館から町中へ、東の砦や温泉宿への道も整備したい。
そして、だんだんと町の細かい道も直していけばいい。
農地は働き手さえあれば拡げられる。
町から領主館までの間にある、何も無い土地の開墾許可を出すだけでいい。
領主の土地なので、まだ家などの資産を持たない者やこれから農業を始めたい者を雇って貸し与え、将来は自分の物になるようにしておく。
それと、俺は「御者のお爺ちゃん所有の牧場で牛を飼いたい」と伝えた。
西の領地の牧場で働いているお爺ちゃんの息子が帰って来てくれるそうだ。
しかし、彼がいきなりたくさんの牛を飼うことは資金的にも無理なので、こちらから資金を出して共同経営にする。
「ふむ、王子は面白い考え方をするなあ」
クシュトさんはククッと笑う。
普通は領民と共同などという領主はいない。
「だって、完全に領主経営にするとやる気がそがれる気がする」と文字板に書いた。
お爺ちゃんたちだってあの土地には愛着があるはずだ。
王都から来た俺なんかに取られたくないだろう。
だけど、資金や何かあった時の対策として領主の力は必要なのだ。
それに牛乳やチーズやバターや……じゅる。
王都から取り寄せると高いんだよね。 町の皆にも安く食べてもらいたい。
「商業施設ってなんですか?」
元職員のお姉さんが手を上げた。
眼鏡さんが頷いて答える。
「ご領主様のお話では、これだけたくさんの住民が増えたのですから、娯楽施設が必要だと」
広場に作った皮ボールのコートのように、子供や大人が遊べる施設を作りたい。
これは優先順位は低いが長い目で考えて欲しい。
「住民から欲しい施設を募集してもいいな」
「住民から、ですか?」
俺は眼鏡さんと筆談する。 お前はこっちばっか見てないで、皆にも伝えろ。
「例えば、こんな店が欲しい。 こんな施設が欲しい、という話を住民から聞いて欲しい」
彼らは困惑する。
この町しか知らない者は、これ以上どう拡げるのか分からないだろう。
だが、今は西領から戻った者が大勢いる。
「彼らに訊いて、少しづつ増やしていけばいい」
そう書いて見せると眼鏡さんは頷いてくれた。 だからちゃんと皆にも言えと。
「もう一つ、私は新しい仕事斡旋所も作りたい」と書いた紙を掲げる。
眼鏡さんは頷いてばかりいないで仕事しろ。
この国の機関としての斡旋所は今のところ領主館で代行している。
それをまず切り離して、町の中心地に作り、他の領から来た者たちにも仕事を斡旋出来るようにしたいのだ。
「そういえば王都の斡旋所は田舎者が多かったな」
彼らだって他に仕事があれば、王都だけじゃなく、こちらにも来てくれるかも知れない。
「狩りの季節など、一時的に仕事がしたい人にも働いてもらうためにね」
依頼を領主から出すためにも、ここから独立させる。
私兵の護衛を付けて、元職員のお姉さんに準備を任せると話す。
「わ、私ですか?」
驚く女性に俺は頷く。
「先日の他領の客もちゃんとあしらってくれたので助かった。
斡旋所にはこれから色々な人が来る。 まずは良い印象を持ってもらいたいから、あなたに頼みたい」
ついうっかり天使の微笑みを発動してしまう。
ポーっとなった女性が「はい」と返事をすると、ハシイスが呆れた顔をしたのが分かった。
しょうがないんだよ、これは。
会議は、ほぼ俺が決めたものをそのまま伝えただけのような感じだ。
しかし、これを実行していくのは彼らなのだ。
春までまだ時間があるとはいえ、少しでも自分たちの力でやって欲しい。
金なら俺が出す。 あ、いや、ノースター領の資金だけど。
何故かあの大蛇の肉だけでなく、蛇皮が膨大な資産を産んでいた。
「蛇皮だけでも魅力的なのに、魔力を帯びた皮だからな」
魔力収納用の鞄などに使われる高級品らしいと、ガストスさんが教えてくれた。
宰相様に任せたところ、王宮は王子の資産の一部を買ったり借りたりしているので余裕がなく、一部王都の商人たちにオークションで販売したらしい。
想像以上に高値が付き、ノースターはまた大きな資金を手に入れた。
それだけではなかった。
新年のご挨拶だと言って、雪の中を訪れた宰相様からの使いは眼鏡さんの姉の夫だった。
丁重に来客用応接室で話を聞いた。
「実は、ご領主様が王都の養護施設にお預けになった子供たちを、秋の建国祭で神殿へ連れて行きました」
俺は嫌な予感がした。
それはたぶん祝福に関係があることだよね。
「彼らは王国民でありながら、まだ祈祷所に入ったことがないと言いましたからね」
やっぱりかー。
「それで、驚いたことに、その中に神様からの特別な祝福を得られた子供が二人もいたのです」
俺は拳に力を込めて握り締めていた。
「『農業の才能』と『獣の祝福』という変わった才能でして。
現在は専用の施設に入りまして、どういう才能なのかを調査しているところです」
親のいない子供たちに、俺はただ明日のご飯の心配をさせたくなかった。
一人でも生きていけるように勉強してもらい、身体を鍛えてもらいたかった。
王都なら仲間もいるし、冬の厳しい北領より過ごしやすいと思ったのだ。
だけど、才能はその子供たちの将来を勝手に決めてしまう。
「それでですね、ご領主様」
俯いている俺を励ますように宰相様の娘婿は声をかける。
「その子供たちの親代わりということで、ご領主様に毎年補助金が国から支給されるのですが」
平民なら一生遊んで暮らせる金額だ。 しかも二人分である。
俺は顔を上げる。 そんなものいらない、そう言いたかった。
だけどパルシーさんはその書類に署名しろと渡して来た。
「ご領主様がお受け取りになるのが嫌でしたら、この町の教会に寄付いたしましょう」
俺は頷くしかなかった。
あの子たちの将来を勝手に決めてしまったのは、本当は俺かも知れない。
それならば、あの子たちが帰って来た時のために、彼らの居た教会を立派なものにしてやろう。
俺の署名と引き換えに、また大きなお金が金庫に放り込まれた。
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