第32話 王子の徘徊


 雪がすべてを白く包み込んでいる。


春から始まる領地の事業はすでに動き出していて、今は関係者の教育が始まっている。


 斡旋所担当のお姉さんには、隣の南領の斡旋所でこの冬働いてもらうことにした。


南の領主様にお願いするとすぐに引き受けてくれた。


護衛に付けた私兵の脳筋さんも、なるべく一緒に働いてもらう。


彼女も一人じゃないほうが心強いだろうしね。


 道の整備のほうも早めに材料の確保に動いてもらった。


春になったら、きっとどこの領地でも道の整備は始まるだろう。


その頃には高騰してしまいそうなので、今のうちに王都で手に入る材料だけでも抑えておきたい。


 貸し馬車の若旦那に頼んだら、配送まで請け負ってくれた。


冬の間はどこも仕事がないので、安く手に入るそうだ。


雪解けと同時にこちらに運び込んでもらう手筈になっている。




 何故か子供たちが通っている学校の二階が、冬の間は遊技場のようになっていた。


町の雪かきを任されている男性たちが休憩時間にたむろし始めたのがきっかけだそうだ。


この町では雪の間、大人たちの遊びとして「盤上の戦略」という、元の世界でいうチェスのようなものがある。


それを暇な者たちが集まって、楽しんでいるのだ。


「賭け事はダメとは言わないけど、せいぜい酒の飲み代くらいにしておいてね」


と書いた文字板を見せると、私兵の何人かは頭を掻いていた。


お前らー。


 

 


 俺、というより王子は、領主館の魔術師の私兵たちに魔術を教えている。


魔術は基本的には独学では学べないため、魔術学校か、魔術師に弟子入りするしかない。


それでも見様見真似だったり、正しい知識の無い師匠だったりすると中途半端な魔術師になる。


しかも魔力量の多さにもだいぶ違いがある。


 俺は有り余る資金を使って、王都から魔力量測定器というのを取り寄せた。


国の魔術学校、もしくは宮廷魔術師なら持っているというので頼んでみたのだ。


元の世界で読んだ本やゲームのように水晶玉を想像していたが、送られて来たのは紙だった。


『魔術測定用の魔法陣だね』


なーんだー。 パリンって割れるのを楽しみにしてたのに、残念だ。


俺の落胆ぶりに王子が眉を顰めていた。


『これは古代魔術の中でも秘匿されていて、かなり特殊な魔法なんだが』


それで魔導書にも書いてなかったそうだ。


 そして王子は再び自重しない。


その紙に書かれた測定用の魔法陣を魔法布に書き写し始めたのである。


「いいの?、そんなことして」


『ダメとは書いてない』


こちらに護衛も付けずに送りつけて来たということは、特に問題ないということらしい。


「まあ、この紙自体が新しそうだし、原本を書き写したものなんだろうな」


そして王子はそれを書き写しながら、また難しい顔をしている。


『んー、これはたぶん間違って写されているな』


王子にすれば、どうもおかしな箇所があるそうだ。


「え、それじゃ役に立たない?」


すごい高かったんだけど。


『よく調べないと怖くて使えないな』


これ、王子に送るためにそういうのをわざと作ったとしたら?。


うお、王宮やっぱ敵多いわ。




 そっちは王子に任せ、俺は春が近くなった町中を歩く。


最近、ハシイスか、若い私兵の誰かが俺に付いてくるようになった。


 去年の秋には、この町に来て二年目に入った。


俺が成人したことで、正式にこのノースターの領主となり、一人前と見なされた。


爺さんたちも俺を大人として扱うようになったということだ。


 俺は相変わらず、時々温泉に行ったり、東の砦に行ったり、町中をブラブラしたりと徘徊が多い。


そして気づいたことや、やりたいことをメモ帳に書いている。


持ち帰ったメモが溜まると、王子と二人で検討するのだ。




 春の終わりごろ、俺がいつものようにウロウロしてると、子供たちが駆け寄って来た。


最近はたまに皮ボールの蹴り方を教えている。


子供たちは楽しそうだが、大人たちにすれば、狩りの仕方や農作物の世話のほうがうれしいらしく、あまり良い顔はされない。


領主だから直接何かを言われるわけではないけどね。


 早々に子供たちから離れ、俺は通りを歩く。


今では主要な道も以前よりだいぶ歩き易くなっている。


「あれは何?」とハシイスに文字板を見せる。


俺は道端に立っている木から、淡いピンクの花びらがヒラヒラと落ちているのを見た。


「あれは果物の木です。 秋の初めに小さな赤い実が付きます」


知りませんでしたか?、と言われても知らなかったとしか言えん。


「かわいい花が咲くので、果物用というより、観賞用ですね。


実はちょっと硬くて酸っぱいんですけど、私は好きですよ」


 ふうん、秋か。


去年は忙しくて町中をゆっくり歩くことなんてなかったからな。


俺は文字板をハシイスに渡して、その果物の絵を描かせる。


「えー」と言って顔を顰めたが、不器用ながら書いてくれた絵はリンゴっぽい。




 俺はずっとこの町の特産を考えていた。


確かに農作物は採れるが、王国内のどこでも採れる物でしかない。


かといって、この寒い土地に適応し、たくさん採れるものが必要になる。


 再び歩き出すと、結構この木は咲いていて、あちこちで見かけた。


「この木の苗は手に入る?」


俺の文字板を見てハシイスが頷く。


「ええ、樵に頼めば森で芽が出たものを採って来てくれると思いますよ」


森にもあるのか。


そうか、森の獣の食料でもあるということだ。


ハシイスの大人びた話し方を寂しく思いながら、俺は手配を頼んで館に戻った。




 夜になり、俺と王子は寝室でいつものように魔術の研究をしている。


特に王子が熱心にね。


そろそろ魔力測定も出来そうな感じだと言う。


さすが王子は魔術の天才だ。


 俺はぼんやりと考え事をしていた。


俺たちの部屋は二階の角部屋で、窓は北の山と西の港町の二方向だ。


暗い山の上の空は、星があふれるほど輝いている。


元の世界とは全然違う星空を眺め、俺はやはり遠いところへ来てしまったのだと思い知らされる。


『ケンジ。 どうした?』


「んー」


何でもないといえばそれで済む。


だけど俺たちは一心同体。 何でもなくないことぐらい王子は分かってる。




「俺は不安なんだ」


王子は魔法陣を描いていたペンを止める。


「俺たちはいつまでここに居られるんだろう」


『今のところ、死ぬまでかな?』


王子は苦笑いを浮かべている。


そうだろうか。 俺は王子がここで死ぬとは思えないんだ。


「宰相様も、アリセイラも、国王だって、王子が優秀だってことは知ってる」


ただ声を出せない呪いと、エルフの血を受け継いでいる事が問題なだけだ。


そんなことを気にせずに王族として働けるとしたら、誰かが迎えに来るんじゃないだろうか。


『そんなこと考えてたのか。 私は王宮に戻る気はないよ』


分かってる。


 だけど、先代の国王は国中を回って旅していた第三王子でさえ呼び戻した。


エルフの王妃を閉じ込め、その子供を呪い殺そうとした。


それでも第三王子だった国王は王宮に留まったのだ。


もしも神様が、もしもケイネスティ王子が国王だと、もしもそう決めたら。


「それに逆らえるのかな」


『ケンジ』


王子は反論出来なかった。


「王子。 俺たちはここから出る手段を考えるべきなんじゃないかな」


王宮から町へ出たように、もう一度。




 王子はしばらくの間、黙って考え込んでいた。


『分かったよ、ケンジ。 そっちは君に任せる』


うへ、王子に丸投げされちゃった。


「うん、考えてみるよ。 変装とか他の町の情報とか、色々必要になるな」


俺も領地のことだけじゃなく、自分たちの将来も考えなきゃいけないんだ。


そして、それまでにはこの町に必要なことを終わらせなければならない。


俺と王子がいなくても、この町の人たちがやっていけるように。


また以前のような寂れた町に戻らないようにしないと。


「その辺りは宰相様に相談かなあ」


『え?、いいの、それ』


「王子がもし亡くなったらどうするのか、聞いておいてもいいかなあと」


王子は元々そんなに長生きするとは思われていなかった。


「死んだふりとかしてさ」


と言って笑ったら、しゃれにならないからと怒られた。 ごめーん。


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