第30話 王子の後始末
「あの婆さんなら自白したよ。 西領の息子に頼まれたってな」
クシュトさんが西領の息子に向かって、彼にとっては不都合な言葉を告げる。
どちらが言い出したのかは分からない。
ただ、この二人は結託し、魔術師は名声を、領主の息子は肉などの素材を手に入れようとした。
そして一度は成功したため、再び繰り返したのだ。
いや、もしかしたら今まで何度も、なのか。
少なくとも魔術師の婆さんは度々狩りに参加している。
ドラゴンに関しては、どうも魔術師の老女が発生させた魔獣に引き寄せられたと思われる。
「魔術師が持っていた魔法陣だ」
クシュトさんが俺に老女が発動させた魔法陣を見せてくれた。
どうやら何度も発動させるために見本として持ち歩いていたらしい。
怪しい魔術を作動させた場面をクシュトさんが目撃し、取り押さえた。
『魔法柵の魔力を吸収し、変換して放出する』
あの老女は、普通の魔法柵に用いられている魔法陣を元にして改変していた。
『魔法柵の魔力を<周囲に発散する>とある指示を、<一体の獣>に特定している。
一挙に膨大な魔力を吸収したら、その個体は壊れる』
(小さな獣なら死ぬし、大型の獣は暴走する、ということか)
何度も繰り返したらしく、老女の近くには数体の獣の死骸があったそうだ。
同情の余地は全くない。
南領の騎士は、俺の肩を叩いた。
「なるほど。 今度の北領のご領主様は若いがなかなかやる御仁のようだ」
そう言って笑った。
「あなたを利用した形になって申し訳ない」と書いて文字板を見せる。
俺は正式な礼を取って謝罪した。
「いやいや、良い物を見せていただいた。 お礼を言うのはこちらのほうだ。
必要ならいつでも証人になろう」
そう言って笑いながら、南領の一行は翌日、分け前をもらい、自領へ戻って行った。
息子と魔術師を館で拘束したまま、西領のご老人にはノースターに来ていた護衛や従者に手紙を持たせて返した。
数日後、返事を持った西領の兵士がやって来た。
俺たちは、拘束した老女と領主の息子と共に、来賓用の広い応接間で向かい合った。
「これが我が主、西領の領主からの返答でございます」
眼鏡さんに受け取ってもらい、俺が蝋封を解除し、再び渡す。
恭しく受け取った眼鏡さんがそれを全員の前で読み上げる。
「此度のことは、我の知らぬこととはいえ、貴領には大変ご迷惑をおかけした。
我が息子アスクの処罰はそちらにお任せする。
尚、魔術師は息子を唆した大罪人。 厳しく処罰されることを願う」
「そ、そんな馬鹿な。 何かの間違いだ」
息子は喚いたが、パルシーさんはその顔の前に、署名の入った書類を広げて見せた。
アスクは魔術を発動させようとしたが、それは詠唱途中でハシイスが殴って止めた。
老女のほうは捕まった時点ですでに気がふれたようになっており、ただゲヘゲヘと笑っている。
こちらの声は何も聞こえていないようだ。
「ノースター領主ネスティ侯爵様には謹んでお詫び申し上げ、今回の日当を含め、一切の報酬は放棄する」
まあ、妥当な答えだな。
「ハシイス。 この件はお前に任されている。 どうする?」
クシュトさんがハシイスに確認する。
俺は西領からこちらに処罰を任された場合、ハシイスに一任すると約束していた。
「決闘を望みます」
彼は母親を呼び、二対一での決闘を申し込んだ。
王都から来た傭兵の魔術師たちの中に、まだこの領に残っている者がいた。
彼らに今回の決闘の立会いをお願いし、協力してもらう事にした。
彼らは領主であるネスティの魔術を見て、その魔術に興味を持ったようだ。
つまり、彼らは魔術師として、ノースター領の私兵に加わったのである。
ハシイス母子と対面し、多くの兵士たちの囲む中に置かれたアスクは、覚悟を決めた。
「へへっ。 一人で死んでたまるか。 お前たちも道連れにしてやるわ」
母親を四隅にいる魔法防御の魔術師の側に残し、ハシイスは仇に向かって駆けた。
アスクはハシイスが近寄ると尻もちをついて逃げるように後ずさり、命乞いをした。
だが、ハシイスが剣を振りかぶると目潰しに砂を投げ、彼の背後に回った。
そしてアスクは、そのまま魔法を放つ。
「切り刻め!<風の刃>」
魔法はハシイスの母親に向かって発動された。
「ぐあああああ」
しかし、身体を風の刃に切り裂かれたのはアスクのほうだった。
「な、なぜだ」
「我らの魔法防御は、魔法を放った術者にその魔法を返すのだ」
アスクの動きを予想していた王子は、護衛の魔術師に<魔法反射>の魔法を施し、母親を守ってもらっていた。
驚愕の表情のまま、アスクはハシイスに討たれた。
「これで良かったのか?」
俺はハシイスに文字板を見せる。
彼はただコクリと頷き、俺の前に跪いた。
「ご領主様。 仇を討たせていただき、ありがとうございました。
このご恩は私の生涯をかけてお返しいたします」
くそっ、こんなセリフ、誰が教えたんだ。
断言してるし、こっちの意思は確認してくれないし、もう決定なの?。
まあいいや。 面倒みるのは王子だしな。
『ケンジ。 君も一緒だよ?』
うーん。 だからさ、今まで通り私兵の一人ってことでいいんじゃない?。
とりあえず、今回の魔獣狩りの後始末もこれで終わった。
魔術師の老女はどうした?、と訊いたら、アスクの死を見て一時的に我に返ったらしく、そのまま自害したらしい。
二つの遺体はきちんと焼かれ、西領に通達された。
しばらくの間、町の中は大蛇の肉であふれ、他領からも大勢の商人が買い付けにやって来た。
お陰でノースター領は潤い、今年の冬は薪や食料に困らずに済みそうだ。
俺もかなりの肉を魔法収納に放り込んでいるが、それでもまだ残った。
それで「国宝級の魔道具をいただいたお礼」という言葉を添えて、国王陛下宛に大蛇の頭を贈る事にした。
王都から来た兵士の隊長は、国王に頼まれたという魔法収納の鞄を持っていたのである。
他にも、その鞄に宰相様を始め、お婆ちゃん先生、成人の祝いをくれた庭師の爺ちゃんやおばちゃん、そしてアリセイラ姫の名前を書いた肉を入れさせてもらった。
贈り主は不明にして、こっそりとね。
そして俺は建国祭の前に、一度南領の領主の館を訪れた。
「大量に余った大蛇の肉のお裾分けに」という大義名分と共に、相談があった。
「話を聞きましょう」
南領の女性領主の後ろには魔獣狩りに参加していた騎士がいた。
俺は眼鏡さんに代弁してもらいながら、魔獣狩りの今後について話をした。
「それでは悪用されないために、魔法柵をもう一度見直し、さらに魔獣狩りを廃止すると」
俺は頷いた。
「現在、王宮へも文書にて来年からは行わないことを通達しています。
ただ、これからも魔獣の棲む山がある限り、いつ町が襲われるか分かりません。
ですから、猟師たちの安全のためにも兵を鍛え、同じ森を持つ領地同士での連携が必要になるかと」
森には明確な境目が無い。
それを、追っていた獲物が逃げ込んでも、それ以上入るなというのは厳しい。
「古い慣習のままでは、領地同士での争いになります。
これからはお互いに協力して、魔獣に対応したいと存じます」
俺はパルシーさんと共にきちんとした礼を取り、お互いの森を共同で管理することを提案した。
もちろん盗賊行為や乱獲といった行動に出たものはすぐに犯罪者として捕らえる。
「なるほど、分かりました。 こちらとしてもむやみに他領の者を捕らえることは気が引けます。
お互いの森の猟師たちに周知させ、より良い関係を築きましょう」
女性領主からは概ね了承を得られた。
俺は今回の魔獣狩りの利益の一部で、森の境界あたりに大きめの見張り小屋を建てることにした。
どちらの領地の者でも利用出来るようにし、交流や交易が出来る場所として提供するつもりだ。
その日は南領の町に泊まった。
ノースターよりも規模は大きく、斡旋所や学校などの機関も発達している。
歓迎の宴の後、「成人したのであろう?」と南領の騎士に夜の町に連れ出された。
護衛に目こぼしされながら、行きつけなのか、女性のいる店で酒を飲む。
「西領はあれからどうなったのだ?」
騎士の問いかけに、俺は眼鏡さんに目配せする。
ご老人は責任を取って引退され、今は次男が領主となっている。
「以前はノースターに有ったと思われる物が戻って来ております」
借金による出稼ぎも減り、兵士や装備など、ノースター領の物を返して来た。
「それならば、これからノースターの町は栄えるな」
俺たちはお互いに頷き、盃を重ねていった。
翌朝、酒には自信があったらしい二日酔いの騎士に「化け物だ」と恐れられつつ、俺たちは自領に帰ったのである。
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