第29話 王子の魔獣狩り


 西領の魔術師が前線に消えてしばらくの後、赤い狼煙が上がる。


来て欲しくなかった出番が訪れる。 俺たちは立ち上がった。


「これは一体どうしたことだ」


南領の一行は何故か動けない。 足をもつれさせ、まるで酩酊状態だ。


申し訳ないが、彼らにはここに残ってもらうしかない。


新人私兵を一人残し、俺たちは前線に向かう。


「お、俺も行くぞー」


蜂蜜酒など子供の物として口にしなかった西領の息子が後に付いてくる。


俺は彼に背中を向けながら、口元には笑みを浮かべていた。




 狼煙が上がった場所はそれほど遠くない。


すでにワーワーと兵士たちの怒号が響き渡り、混戦状態だった。


 獲物は巨大な蛇だ。 鎌首を持ち上げ、赤い目で人々を見下ろしている。


顔だけでも二メートルくらいありそうだし、身体全体は十メートルくらいかな。


「西の魔術師は捕獲した。 魔術の証拠も押収済み」


俺の耳元でクシュトさんが囁く。


俺は頷いて、労をねぎらう。 文字板を出さなくても黒い爺さんは分かってくれる。


 ガストスさんに前に出てもらい、兵や猟師を一旦下がらせる。


「ご領主様。 危ないです、どうかお下がりを」


「わしらで何とか追い払いますです」


彼らはなんとか俺を守ろうとする。


正直うれしい。 だけど俺には彼らの命のほうが大事だ。




 赤い魔獣を倒したことを知っている者たちは、素直にこちらの言うことを聞いてくれる。


「弱らせて拘束するまで下がっていろ」


俺がそう書いた文字板を、大声でガストスさんが読み上げる。


(王子、いけるか?)


『ここまで大きいとは思わなかったが、一応ドラゴンを想定していたから大丈夫だろう』


本当に王子も自重しないな。


俺がニヤリと笑顔を浮かべたのを見て、ガストスさんが呆れていた。


 大蛇が魔力に釣られ、俺を狙って動く。


<身体強化><完全防御・盾><跳躍>


一度沈み込んだ俺の身体が、真上へと飛び上がる。


大蛇の頭が俺の居た場所を叩く。


<罠・大杭>


その場所に魔法陣が浮かび上がり、そこから魔力で出来た大きな杭が飛び出す。




 蛇というのは声を出すわけではないと聞いている。


シューとかシャーとかいう音は出すが、口から出るわけではないらしい。


顔が上がったところを、顎の下から大杭を打ち込まれ、大蛇は大きな身体をバタンバタンと捩る。


(えっと、皮は傷つけちゃだめなんだっけ。 じゃ、これでどうだ)


俺は懐に持っていた蜂蜜酒の瓶を取り出す。


西領の息子に飲ませる予定だったが、これなら毒じゃないから大丈夫だろう。


仰向け状態になったところで、打ち込んだ杭で開いた状態で固定されている大蛇の口に目掛け、俺自身に<投擲>をかけて投げる。


口の中に吸い込まれるのを確認。


「離れて!」


既に書いてあった文字板を高く掲げて走る。




 全員が蛇の範囲から離れて遠巻きに見守っている。


大蛇はかなり暴れたが、お陰で早く酒が回ったようでだんだんと動きが鈍くなった。


<拘束・鎖>を大蛇の全身に移動しながら何度もかける。


特に頭と尻尾の部分は厳重にかけた。


「後は任せます」


文字板を見せてその場から離れる。


止めは地元の猟師に任せたほうがいいだろう。 俺は蛇の急所など知らないしね。


「承知いたしましたー」


何故か俺に軍式の礼を取って駆けて行く私兵や猟師たち。


「最後に投げたのはあの蜂蜜酒か?」


私兵たちに後始末を任せ、俺はクシュトさんと一緒に作業所横のテントへ戻る。


「ええ、王宮のおばちゃんが俺を酔わせようとした特別製の、例のアレです」


こっそりと文字板を見せる。


黒い爺さんは大笑いだ。




 俺の成人祝いと称して送られて来た荷物の中にあった高級そうな蜂蜜酒の瓶。


俺は何だか嫌な予感がして飲まなかった。


王子がこっそり成分を調べてくれて、見かけも味も蜂蜜酒なのに、通常の何十倍もの酒精が含まれていた。


「おばちゃんも大概だよな。 あんなもの送ってこなくても」


『わざわざ私たちのために作ったんだろう。 あれでは大抵の者はすぐ酩酊状態になる』


ただし、身体への影響は一時的に酷い酩酊状態になるだけで害は無い。


しばらくすれば効果が切れて、酒は抜けるそうだ。


要は俺を驚かせようとしただけの物なのである。


 それを王子が面白がって色々いじった。


さらに<酒精強化> で改造された恐ろしい酒の完成だ。


その酒は体内に入ると魔術を発動し、その身体の大きさに合わせて酒精強化するという。


身体が大きければ大きいほど爆発的に強化される。


王子はドラゴンに飲ませようと思っていたらしい。


『これなら無傷で仕留められるだろ?』


いやいや、酒飲んでもっと暴れるんじゃないの?。


ていうか、酔いつぶれるまでに時間がかかりそうだなと思っていたが、案外早く片付いたようだ。




「ご領主様。 ご無事で何よりです」


テントに戻るとハシイスが近寄って来て、西領の息子は真っ先に解体作業所に戻って来たと報告した。


「作業を手伝うと言っています」


確か、あの大蛇の皮は貴重品だし、肉も滋養強壮に良いらしい。


強壮剤として特に大人の男性に好まれると聞いた。


あの大きさならば相当な金額になるだろう。


それに、魔獣狩りは今年で終わりかも知れないしな。


 俺はハシイスを警護に戻し、今回の祭りの終了を告げる。


あとは解体だけだ。


頭とその他の部位を三つほどに切り分けた物が解体作業所に持ち込まれる。


運んで来た国軍兵たちも笑顔だ。 皆、分け前を期待している。


「皆、無事か?」


ガストスさんに状況を報告してもらう。


特に怪我人がいないかを確認し、魔法柵の破損状況などを見て来てもらう。


「ガストス隊長!。 負傷者は数名おりましたが、皆、回復薬と魔術で回復済みです」


「魔法柵のほうはたいした破損でもありませんでしたので、すぐに修理しておきました」


実は国軍兵の人選は、一昨年の参加者の他は回復魔法の衛生兵と修繕魔法の工兵を中心に送ってもらっていた。


「ご苦労だった」


俺たちのいるテントの前に、頭の部分だけが運び込まれる。


体調の戻った南領の一行が目を剥いて驚いている。




 いつの間にかハシイスと西領の息子がいない。


俺は静かにため息を漏らす。


南領の騎士の一行に近付き、「ぜひ解体作業の様子を間近で見せたい」と申し出た。


俺の文字板を見た女性たちは拒否したが、騎士は喜んで付いて来た。


 王子は今日は常に<魔力感知>を発動させている。


『右手の作業枠の裏だ』


俺は王子の心の声を聞きながら、静かにそちらへ誘導して行く。


西領の息子を隠れて見守っていたハシイスが、俺が近付いたのを合図に作業枠の中に入る。


「何をなさっていらっしゃるんですか?」


ハシイスの声が俺たちにも聞こえた。


俺は騎士に止まるように合図をして、そっとその場面を見せる。


「こ、これは私の正当な取り分だ。 ちゃんと討伐には参加したのだからな」


「そうでしょうか?。 私が見ていたところ、あなた様は真っ先にその場を離れていらっしゃいましたが」


ハシイスはゆっくりと相手に近付いて行く。


西領の息子は、その手に切り取った大蛇の肉を持っていた。


そして、足元には魔法収納の鞄が置いてある。


「申し訳ありませんが、どちらにしても一度ノースターの領主様に」


「黙れっ。 切り刻め!、<風の刃>」


西領の息子から魔法が放たれる。




「ぎゃああああ、痛い」


ハシイスは大声を上げて倒れる。


「は、早く治療を。 回復係りを呼んでくれ」


西領の息子にハシイスが訴えるが、彼は無視している。


「全くノースターの連中はうるさいな。 ドラゴンの時だって、邪魔が入ったし」


「な、なんだと。 お、前は、その、時も肉を、奪う、ために、作業し、ていた、ものを」


ハシイスは息も途切れ途切れに、それでも懸命に西領の息子の足に縋りつく。


「ああ、それがどうした!。 この肉は俺の物だ」


ハシイスの視線に俺は頷く。


「私の父は、一昨年ドラゴンの肉の解体作業中に事故で亡くなりました」


急に声が変わったハシイスに、西領の息子の動きが止まる。


「身体を風の魔法で切り刻まれて」


ハシイスはゆっくりと立ち上がる。 王子の防御魔法で、彼は血の跡どころか切り傷一つ無い。


「な、なにを。 知らん、そんな奴は知らん」


「あなたは父には回復係りを呼んでくれませんでした」


「お、俺じゃないんだっ。 あれを考えたのは魔女なんだ」


「ああ、その魔術師の婆さんならもう捕まえたぞ」


作業枠の周りをずらりとノースターの私兵や領民が囲んでいた。

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