第21話 王子の魔法
その後、何故か俺に対する住民からの印象は真っ二つになっていた。
はっきり言えば、一つは天才、一つは常識外れ。
うん、俺と王子だね。 そのまんまです。
春が終わる頃には学校も始まり、ここへ来ていた子供たちも午前中は町の学校で勉強だ。
でも午後になるとやって来る。
私兵の体験会に来ていた子供たちも含め、まるで託児所みたいだ。
「砦の子」は温泉宿の夫婦が引き取りたいと申し出て、そのまま育てている。
卵を産む鳥の世話をしているそうだ。
俺は相変わらず御者のお爺ちゃんとたまに温泉に入りに行っている。
行く度にどこかしら直しているのは内緒だ。
西の港町から来た神官は、なにやら色っぽいお姉ちゃんだった。
話し合いの結果、年長の女の子は俺が雇って教会に派遣という形になっている。
その後も女性神官は、頻繁に館へやって来る。
俺に話があるみたいなんだけど、俺にはないので、私兵の脳筋たちに阻害してもらっている。
やたらと触ろうとするし、何か食われそうで怖い。
「ご領主様、もったいないですよ」
私兵たちはそう言うが、俺はお前らが鼻の下伸ばしてるのを見るだけでお腹いっぱいだよ。
俺には慕ってくれるチビがいる。いや、 決してロリコンではないぞ。
相変わらず、館にいる間は付きまとってきて、離してもらえないんだよね。
チビの両親がこちらに帰ってきたのは、実はチビの兄弟が産まれる予定だからだった。
俺はこの両親に徹底的に王都のおばちゃん料理を仕込んでいる。
早めに独立してもらって、町の中で食堂でも宿屋でもやって欲しい。
もちろん資金は出す、と言ったら真剣に検討している。
ふらりと学校の様子を見に行ったら、子供も大人も真剣に勉強していた。
おお、皆、偉いね。
『子供は吸収が早い。 すぐお前に追いつくぞ』
そうだよね。 俺はあんまり勉強は好きじゃなかったし。
コロコロとボールが転がって来た。 サッカーボールより少し小さい。
どうやら授業に飽きた子供たちが、外で遊んでいたらしい。
柔らかい、けど蹴るにはちょうどいいかな。
俺は昔を思い出して、リフティングしてみた。
サッカーやってたのは小学校低学年までだったけど、案外身体は覚えてる。
ボールを追いかけて来た子供たちが、俺がポンポン足で蹴り上げる様子をポカンと見ていた。
おー、身体が健康だと以前より上手く出来るんだな。
「わっ、お兄ちゃん、すごーい、教えてー」
俺は手を振って断って、ボールを返す。
それからしばらくして、革職人に最近皮ボールが流行っていると聞いた。
また皮が足りなくなって獣を獲る猟師が忙しそうだった。
猟師さんたちには魔法柵を少しずつ直していることは伝えている。
気を付けて猟をしてもらいたい。
魔獣は滅多に出ないが、猛獣は出る。
秋の猛獣狩りのシーズンまでには魔法柵の修理を終わらせたい。
俺と王子は、夜中にコソコソと魔法柵を直している。
また魔獣が出て来たら困るしね。
もちろんクシュトさんとガストスさんにはちゃんと護衛を頼んだ。
俺たちは、魔法柵の横板が壊れているものはすぐに<復元>で直す。
杭自体が曲がったり折れたりしているものは<復元>した後、打ち込み直す。
そこは爺さんたちにお願いしている。
問題なのが、魔力が何らかの原因で消えてしまったり弱くなっているものだ。
ハシイスたちに目印は付けてもらってある。
暗闇の中で光るその目印を探し、その杭の頭に魔法陣を直接描き込む。
『たぶん魔獣の魔力に影響されたんだろうな』
魔力には属性というのがあるそうで、相性が悪い属性の魔獣にでもぶつかったのだろうという。
俺はとにかくそういうのは分からなくて、王子に任せっぱなしだ。
今までの魔法杭は、打ち込める状態の杭を十本ほどまとめて魔法陣の上に置き、発動させて魔力を帯びさせるものだった。
今回の魔法杭の修理はたまにポツンポツンとある程度なので、そこまでしない。
でも、王子が魔法杭の頭の部分に、カリカリと魔法ペンで描いているのを見ていると大変そうだと思う。
「あのさ、念写?、とか転写?、は出来ないのかな」
『うーん、相手が紙なら出来そうだけど、今はまだ出来ないなあ』
まあ、俺は別にいいけど。
カリカリカリ。
王子は最近、昼間はほとんど出て来ない。
魔法陣のことばかり考えているんだろう。
昼間、王子が出てくるのは雨の日くらいなので、何故かそういう日はチビが近寄って来ない。
どうしてかな?。 王子が苦手なのかな、と少しニヤニヤした。
小さい子には分かるんだな、やっぱり男は顔じゃないんだよ。
「ご領主様は、その、たまに雰囲気が違う時があるので」
御者の助手くんが、そう言った。
「うん、馬鹿と天才だっけ」と書いたら複雑な顔をされた。
御者のお爺ちゃんは大笑いしている。
「はあ、とにかくご領主様が天才の顔をされてる時は近寄りがたいらしくて」
そういうことだったのか。 マジで王子イケメンだしな。
俺はおとなしく昼寝でもして、王子と交代することにした。
『なに?、昼間っから用事?』
王子の心の部屋というか魔力の部屋は、魔法陣だらけだった。
「これが魔法杭の魔法陣か」
割と簡易な魔法陣なんだけど、これをいちいち杭の頭に描くのは大変そうだ。
俺も描いてみよう。
二重の丸を書いて円の中央に魔力の種類や方向の記号を描く。
杭の場合は魔力の転換なので、魔獣の嫌がる魔力の印と放出が全方向へと描かれている。
二重丸の線と線の間に呪文を刻む。
「今回はどれ?」
『これだな』
魔力を吸う、魔力を転換する、魔力を放出する。
「なるほど」
これを声による詠唱で発動する場合は<魔力転換>で済むわけだ。
そういえば、さっきチビと遊んでてインクが手に付いたんだっけ。
それを違う紙に付けて取ろうとする。
インク、これって印刷とかできるのかな。
「んー、ねえ王子。 ハンコでもいいんじゃないかな?」
『ハンコ?』
俺は食糧庫へ行き、杭の頭の大きさに切った芋を持って来た。
それを小さなナイフで削り始める。
小さい頃、家族でやった年賀状用の芋版を思い出したのだ。
「俺はさ、不器用だから、この魔力の印と方向だけでもこうして作ってさ。
あ、そうだ。 円の二重線はコンパスだ。 コンパスってどうやって作るんだっけ」
王子は不思議そうに俺のやることを見ている。
俺は一本の細い棒を持って来て、それを真ん中で折る。
「これを片方を軸にして、片方にはインクを付けて、くるりと回すと円になる。
だから、このインクを付けるやつを二重にしてさ、こーインクを付けて」
俺はあんまりうまく作れないけど、王子は何となく分かってくれた。
「やっぱ王子は天才だわ」
一回りで二重円のコンパス作っちゃったよ、王子。
しっかりした木に魔法で接ぎ木して、先端を二股にしてペン先を付け、それにインクを付ける。
『一つの魔法陣でいいなら自分で描くけど、同じモノをたくさん描く場合はいいかもしれない』
俺はその円の中心に芋で作ったハンコを押す。
これで完成だ。
全体を芋版にすればいいと思うけど、俺の技術じゃそこまでは無理。
円とか超難いわ。
『文字自体は間違えられないから書いたほうがいいけど、形はこれでもいい』
ああ、文字はやっぱり書くんだね。
インク壺が入ったカバンを持って、その夜は実験しながらの作業だった。
俺は、いやにハイテンションの王子がちょっと怖かった。
これって何とかと天才は紙一重ってやつじゃない?。
まあいいか、王子が楽しそうだからね。
そして、俺が一人でワイワイ言いながらコンパスを廻して、ハンコを押して、カリカリ描いてる姿を見て、爺さんたちが引いていた。
俺としては、俺と王子の二人でやってるんだけど、周りから見れば一人ではしゃいでるだけだ。
「お、おい。 坊、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよー。 これくらい陽気にやらないと、秋までに終わりませんからー」
文字板の文字さえ楽しそうに踊っている。
きっと本当ならもっと効率のいいやり方があるんだろう。
王子だってもっと違う魔法を使えば早かったのかも知れない。
だけど俺は元の世界でも世間知らずだし、本やテレビを見るしか楽しみがなかった。
ここでは自分の手で作って、考えて、味わえる。
今はこの世界を、俺は王子と二人で楽しんでいるんだ。
「王子、楽しいかー?」
『ああ、ケンジ。 楽しいよ』
俺たちの夜はなかなか終わらないのだった。
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