第22話 王子の会議


 魔法柵の修理は王子のハイテンションのお陰で無事に終わった。


『もっとやりたい』とか無茶を言い出すくらいだった。


「そのうちもっと強力な魔法柵を作ればいいよ」


『うん。 そうする』


王子の自重しない魔法柵か。 なんかちょっと怖いけどな。




 柵の修理の終了と共に、秋の魔獣狩りの話が盛り上がって来る。


魔獣狩りは周辺の領主との協議が必要になるので、予め日程や規模をこちらから手紙で送る。


その後、相手側から交渉日が示され、お互いの日程を詰める。


それが今までのやり方だったそうだ。


 今日はノースター内だけの会議。


俺は大きめの紙を二階の会議室の壁に貼ってもらっている。


元の世界の学校の黒板みたいなものだ。


この紙は書いた文字は消えないので、いっぱいになったら破り捨てる。


元職員のお兄さんには全て書き写してくれるように頼んでいる。


 元・町の代表である脳筋さんが黒板の前に立っている。


「えーっと、去年までの流れをー」


話始めるが、どうも黒板が気になるようで、チラチラ後ろを見てしまう。


 仕方ない。


俺は立ち上がって、脳筋を黒板の前から移動させ、座らせる。



 

 手元に文字板を置いて、俺の隣に眼鏡さんに来てもらう。


俺の代わりにしゃべってもらうためだ。


出席者は楕円形の大きな机をぐるりと囲むように座っている。


黒板代わりの紙に、日程、規模、調整、と書く。


「毎年同じ日ですか?」と俺が手元の文字板に書いた字を、眼鏡さんが読む。


「いえ、その、色々と他の町との調整で変わるんで」


元・代表の言葉を受けて、俺はさらに書く。


「こちらの都合の良い日を教えてください」


うーんと私兵の脳筋たちが考え込む。 今日は館にいる私兵は全員参加だ。


「もしかしたら、他の町で決めたのをそのまま受け入れていますか?」


「ええ、まあ」


自分たちの都合ではなく、他領の都合に合わせていると。


そうだな。


町の代表とはいえ平民だし、他の町の領主には強く出られないか。


「では私が決めます」


俺は農民の刈り取りが終わる日を教えてもらい、その翌日と決定し、黒板紙に書く。




「規模。 この町の戦力はどれくらいでしょうか?」


「今いる私兵が新人を含め、十四人。 町の猟師が五人というところかな」


「他領からは、毎年どれくらい来るのでしょう」


脳筋たちが顔を見合わせる。


「数人ってとこかな」


はあ?。 俺は目が点になった。


その人数でどうやってドラゴンを狩ったんだ。


「あのー、主力は国から派遣されてくる兵士と、流れの傭兵たちでして」


「その規模は?」


「んーっとー」


脳筋さんたちが考え込む。 おいおい、把握してないってこと?。


「俺が参加してた頃は、国軍から30人だ。 傭兵は20人前後」


ガストスさんが教えてくれた。 俺はそれを黒板紙に書く。


むう、全部で75人前後か。


「前線はその半分だ。 あとは斥候に10人ほど、残りが回復と処理班だ」


クシュトさんが詳しい内訳を教えてくれた。


前線が35、斥候が10、回復と処理で25?。


多いのか少ないのか、俺には判断出来ない。


「これは妥当だと思っていますか?」


俺は黒板紙に書いた人数を見てもらい、皆の顔を見る。


ガストスさんは厳しそうな顔をしていた。




「では、毎年の被害者の数を教えてください」


眼鏡さんの言葉を聞いた途端、部屋の中が静かになる。


会議のために事前に調べていたらしい眼鏡さんが紙を渡してくれた。


そこには、一昨年のドラゴンの被害者が25名と書かれている。


これ、前線がほとんどじゃないか。


「前線に出ている者で、長距離型の魔術師は生き残ったが、近接型はほとんど全滅したと聞いてる」


私兵の元・町代表が苦い顔をする。


彼はどうやら処理班だったらしい。


「地元の者はほとんどが斥候か処理班に回される」


華々しい活躍をするのは他領から来た者か、もしくは国軍兵らしい。


私兵の一人が悔しそうに話してくれた。


「傭兵はほとんどが回復などの補助的な役割で、他領から来るものは前線に出る魔術師が多いです」


「そして予算のほとんどを彼らが持っていってしまうのです」


元職員のお兄さんが、俯いたまま呟いた。


前線で亡くなる者、怪我をする者は地元の者ではない。


だから補償金のほとんどは彼らに渡り、町には残らない。


なるほどな。


これじゃ、この町の祭りじゃなくて、他領のためにこの領地が場所を提供しているだけじゃないか。


 魔獣狩りは国でも有名な祭りだ。


それだけの予算があるのに、この町が寂れている理由が分かった気がした。




 さて、一番難しいのが他領との調整だ。


こちらで決めた日程や規模を手紙で知らせ、それに合わせて派兵してもらう。


王軍にも要請し、兵士と傭兵の手配をお願いする。


この辺りも何だか怪しいなあ。


俺は黒板紙をじっと睨み、全員に背中を向けていた。


(王子、これ、どうする?)


『私は分からないよ。 ケンジはどうしたいの?』


俺は、んーと考え込む。


「ドラゴン以上の魔獣は出ますか?」


俺の質問を眼鏡さんが読み上げる。


「いや、ドラゴン自体の大きさにも寄りますが、種族としちゃ、それ以上のモノはいないんじゃないかな」


そもそも、滅多に現れないし、前回のドラゴンもそんなに大きな物ではなかったそうだ。


俺は私兵たちの言葉に頷く。


 これ以上の被害はまず出ない、と考えてもいいのかな。


この間の赤い魔獣は、結局王子の魔法で倒してしまったけど、大人数でやるとしたらどうなるんだろうか。


「今回は日程のみこちらの都合で、規模は例年通りとして通達してください」


眼鏡さんが頷いて、読み上げる。


「そして、どこかから苦情が来たら、改めて交渉の場を設置すると伝えてもらえますか」


眼鏡さんが読み上げている間に、俺はもう一度書き終える。


「交渉したければ、ノースター領主館においでくださいと書いておいて」


俺がニヤリと笑うと、元職員のお兄さんがビクッと震えた。




 私兵たちが会議場から出て行く。


俺はハシイスの腕を掴んで、残らせた。


そして、俺と爺さんたち、眼鏡さんと職員のお兄さんとで周りを囲んで座らせる。


「話にくいとは思いますが、お父さんが亡くなった時のことを教えてください」


眼鏡さんに引き続き読み上げてもらう。


 ハシイスは会議の最後のほうはずっと顔を背けていた。


「ぼ、僕も現場にいたわけじゃないから、聞いた話だけど」


ハシイスは俺の顔を見ようとしない。


「前線が仕留め損なったドラゴンが暴れて、お父さんが犠牲になったって」


「おかしいですね。 遠距離攻撃していた魔術師は助かったんでしょう?」


俺はゆっくりと文字を書く。


「お父さんはその時、処理班だったんですよね」


ハシイスは頷く。


魔術師の、まだ後ろにいたはずの処理班が何故襲われるのか。


「ただ、運が悪かったとだけしか」


もうすぐ成人とはいえ、まだ少年だ。


声が震えている。



「実は私は一昨年、そのドラゴンの肉をもらいました」


王都に、その年の魔獣狩りの肉が流れて来たのは新年の頃だ。


俺は不思議だった。 何故、王族や貴族ではない、庭師のお爺ちゃんが手に入れられたのか。


「処理班ということは、解体していたわけですよね?」


俺は周りを見回す。 怪訝な顔つきの者、ニヤニヤ笑っている顔、そして俯いている者。


「ドラゴンの肉は大変美味しくて、とても貴重でなかなか手に入らない、はずです」


その肉を誰かが魔法収納の鞄に入れて持ち帰った。


すぐに出すわけにはいかないから、新年の頃まで待っていた、としたら。


「その場で売りさばいても高値の肉は、新年の肉が不足の時期に出せばもっと高くなりますね」


俺はブルブル震えている人物を横目で見ながら、ハシイスの肩に手を置いた。


「君は、お父さんの亡骸を見たかい?」


俺はわざとハシイス以外にも見えるように書いた。


彼は首を横に振った。


「いいえ、跡形も無かったと聞いています」


「坊。 いや、ネス。 お前は何が言いたい」


ガストスさんがしびれを切らした。




「つまり、ハシイスのお父さんはドラゴンじゃなく他の者に殺されたのではないかと」


そうでなければ、何故、彼の家は貧乏なままなのか。


何故、お母さんは心労で倒れたのか。


ドラゴンに襲われたのなら、補償が十分にされていなければおかしいのだ。


「肉を奪おうとした誰かに殺されたのではないかと思います」


まあ憶測でしかないんだけどね。


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