第19話 王子の領地
春の作付けが終わって農家が落ち着いた頃、俺は魔法柵の調査を開始した。
秋の魔獣祭りには間に合わせたい。
元職員の連絡員たちにお願いして登録者に連絡を取る。
連絡員たちは領主館の文官であり、学校の教師であり、郵便配達であり、宅配屋だ。
ブラックだね、うん。
これから少しずつ人を増やしていく予定だから、もう少しがんばれ。
「夜中に勝手に行くんじゃねえぞ」
俺とクシュトさんはガストスさんに釘を刺されている。
夜、二人だけで狩猟に行ったと知った時は肝を冷やしたと青い顔をされた。
「ごめんなさい。 もうしません」
と書いて見せる。
実はもう何度も魔法柵を見るために夜の森へ入っている。
クシュトさんは苦笑いだった。
今回、集まってもらったのは森に入るという気持ちがある人だ。
それ以外は何も制限していない。
「何をするんで?」
いつも森で働いている樵のおじさんが怖い顔をして訊いて来た。
俺は文字板を取り出す。
初めて見る者もいるようだが、俺が筆談することはだいたいの者は知っている。
もう慣れたようで、当たり前になって、微妙な空気にはならなくなった。
「手分けをして、柵を調べてもらいます」
俺が書いた文字板の文章を、眼鏡さんが読み上げる。
「問題があると思う場所に、この布を巻いてください」
同行する私兵の新人に頼んで、赤い細い布を渡していく。
魔法柵は、地面に均等に打ち込まれた杭に、横に板を三段ほど打ち付けている、
「杭に数字を書く人が先に出発してください」
この際、ついでに本数を数える事にした。
数字を側面に書いておけば、迷子になっても大体の位置がわかるだろうと思った。
筆と夜光インクを持ったグループが先に出る。
温泉宿が見える山の裾野の森が北端になるので、そこから始めてもらう。
その後に布を巻くグループがニ陣出る。
一回だけでは見落としが出るので、別グループが確認しながらもう一度見るのだ。
次に出るのは多少魔法が使えるグループになるのだが、これはハシイスと新人私兵たちだ。
魔法柵の魔力の流れを確認させ、異常があれば白い布を巻く。
柵で魔力を帯びている部分は杭のほうだ。 これが倒れないように横に板を張り付けて繋いでいる。
土地に含まれる魔力を利用して、魔獣の嫌がる魔力を放出しているそうだ。
各グループは三人から五人で、それぞれに護衛として私兵が一人は付く。
最後尾を俺とガストスさんと眼鏡さんが歩き、今回の修理箇所のまとめを作成する。
あまり酷い箇所は、とりあえずその場で<修繕>しておく。
最終的には後日、俺と王子で魔法柵を強化する予定だ。
一度に全部は回りきらないだろうと、数日はかけるつもりだ。
お昼には弁当を持った子供たちを乗せたお爺ちゃんの馬車が、ちゃんと護衛を一人付けてやって来る。
魔法柵と樵の森の間は馬車が通れるように、道幅分が空いている。
魔獣などが出た場合、速やかに馬で駆け付けるために開けているそうだ。
馬車は弁当を全部配り終わって、俺のところに戻って来た。
「皆さん、無事でしたか?」
そう書いてお爺ちゃんに見せると、「ああ、まだ初日だからなあ」と頷いた。
春から夏にかけては獣の子供が巣から出て来る時期だ。
まだ幼い獣は好奇心で近寄ってきたりするし、親は神経質になっている。
もし見かけたらなるべく隠れるか、逃げるように指示している。
しかし中には猟師もいるので、自分の判断で動く可能性もあるのだ。
『何事もなく終わればいいけどな』
やめて、王子。 それフラグってやつだから。
俺は嫌な予感を振り払うように頭を振る。
お爺ちゃんには帰りにも迎えに来てもらうように頼んだ。
たぶん、疲れて動けないっていう人が出ると思うんだ。
お爺ちゃんは本気にしていなかったが、案の定、慣れない仕事で疲れて足が動かなくなる者が複数名出た。
全員が馬車で運ぶほど症状が重くなかったのが幸いだった。
私兵たち以外のメンバーを入れ替えながら、調査は続いた。
入れ替えるのは疲れが蓄積しないようにすることと、少しでも多くの住民に現状を見てもらうためだ。
中には他の仕事と兼業も者もいるので、暇な時だけでいいよと言っている。
魔法柵を見た彼らには、「これほど頼りないのか」と言われたり、「こんな仕組みがあったのか」と感心されたり。
魔獣狩りに参加していれば知っていただろうが、まだ参加させてもらえない若者もいる。
おそらく魔法柵は設置されてからかなりの年月放置されていた。
若い者ほど魔法柵を知らない者が多い。
俺はよくこんな状態で無事だったなと、この領地の強運さを感じる。
二日目からはペース配分も出来るようになり、速度も上がった。
やはり、たまに獣が近寄って来ることがあった。
狩るかどうかは、そのグループに任せているが、出来るだけ避けるようにお願いしている。
血の匂いなどで別の獣が寄って来て、他のグループに被害が出るかも知れないからだ。
魔法柵の南端は、当然隣の領との境目になる。
森には境目はないが、樵たちには縄張りがあるので、大雑把に領境が分かるようになっていた。
「あの白い岩が境界になっていて、向こう側は隣領だからな」
昼休憩の時間に、地元の猟師が目印になっているものを教えてくれた。
「多少森に踏み込んでも文句は言われんが、越境しての狩りは違反になる。
獲物が逃げ込んでも追っちゃならん」
そう言う猟師に俺は、「危険な魔獣でもですか?」と訊いた。
「本当は手負いの獣を他領に押し付けるのはまずいが、違反はもっとまずい」
領同士の争いに発展してしまうからだ。
俺は神妙な顔で聞いている。
「取り逃がした場合は狼煙を上げたりして、隣領の町にすぐに連絡するんじゃ」
ノースターとその町の間には大きな森があるため、一番近い南領の町へは馬でも一日かかるほど遠い。
しかし夏の間は樵や猟師の小屋に寝泊まりする者がいて、森の中には人が住んでいる。
それはノースター領の森の中でも同じだ。
そしてそれは唐突にやって来る。
俺たちが最終地点に着いたころ、町に戻るために移動していたグループが突然足を止めた。
「なんだ」
ヒヒーン、と興奮した馬の声が聞こえた。
(お爺ちゃん!)
俺は走り出す。 おそらく俺たちを迎えに来た馬車だ。
ガストスさんが住民たちを急いで集め、私兵たちに守るように言いつけている声が聞こえた。
俺は小の魔法陣帳から<身体強化>を発動して、誰よりも速く駆ける。
やがて横倒しになっている馬車が見えた。
そして、馬の首に噛みついている真っ赤な獣が見える。
外見上は虎に見えるが、大きさはかなりデカい。 馬と比較しても三倍ほどある。
(なんだ、あれはっ)
『私にも分からない。 だが、魔力を感じるから、たぶん魔獣だ。 気を付けろ』
獣には魔力は無いが、魔獣は獣が魔力に触れて凶暴化したものだという。
(お爺ちゃんはどこだ?)
「ネス!、こっちは無事だっ」
森の大きな木の陰に、お爺ちゃんとクシュトさんの姿が見えた。
(よし、王子、遠慮なくいこう)
『ああ』
俺は二人のいる森を背にして、赤い魔獣と向かい合う。
(お爺ちゃんの馬が)
血を流し、もう息もしていない馬を見る。 俺は怒りで怖さを忘れた。
(これ以上、お前にはやらん!)
<投擲・鉄矢>
中の魔法陣帳から抜き出した魔法を連続で発動する。
避けようとした魔獣は、馬に牙を食い込ませていたために一瞬動きが鈍った。
グギャー。
脚に無数の矢を生やした赤い魔獣が身を捩る。
<拘束・鎖>
俺は大の魔法陣を発動させる。 動きを止めないと止めを刺せない。
身体に鎖を巻き付かせて、赤い魔獣の目が俺を睨みつける。
獣は魔法の鎖をはずそうと必死にもがく。
口を大きく開け、鋭い牙で威嚇するので、これ以上は近寄れない。
グルルルル。
睨み合っていると、王子が大の魔法陣帳を抜き取って、サッと何かを描いた。
俺はただそれを発動するだけだ。
拘束が外れかかったのか、赤い魔獣が俺に向かって前足の片方を振り上げた。
<風裂>
ギャアアアアアアア。
大量の爆風とともに、魔獣の雄叫びが辺りに響いた。
そして、俺の上に血の雨が降り、大きな魔獣の首から上がゴトリと落ちて来た。
(王子、やり過ぎ?)
『テヘッ』
ほんと、最近自重しなくなったなあ。
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