第18話 王子の微笑


「何なら、あなたも一緒に王都へ行けばいいのではないですか?」


女性がバッと顔を上げ、文章を読んだパルシーさんもギョッとした顔になる。


「紹介状をお書きしましょう。


あなたが王都の教会の施設で、もしくはその他の場所で働けるように」


俺は、王都のおばちゃんたちから天使の微笑みと言われた笑顔を向ける。


文字板を見ているパルシーさん以外がほんのり頬を染める。


(悪魔の微笑みの間違いだよねえ)


『全く、腹黒い笑みだ』


王子、自分の事だぞ。 間違いではないけど。




「少し考える時間を差し上げましょう。 返事は明日で構いません」


王都の一行はまだ明日はこちらにいる。


届けてもらった荷物を分類した後、受け取りの書類に署名が必要だからだ。


彼女が一緒に行けば、道中、子供たちも護衛も心強い。


 俺は子供たちの衣服を入れた袋に<洗浄><消毒><乾燥><復元>をかけた。


窓ガラスも元に戻した。


子供たち全員を洗うのにかなり時間がかかって、終わった頃には夕方になっていた。


俺は施設の女性と子供たちを新しい箱馬車に乗せて町へ送り返した。


 翌日、女性は一人で俺のところへ来て、紹介状を受け取った。


俺の紹介状は、教会本部宛と仕事斡旋所宛だ。


中身は読まれないように蝋封している。


 王都へは行かない四人の子供たちは、親や親戚には連絡を取ってもらっている。


その返事を待つ間はここで預かるしかないな。




 その翌日、新しい箱馬車に乗って、いつものお爺ちゃんが王都へ向かうことになった。


大勢の子供たちが乗るので大きな馬車が必要だったのだ。


「この馬車に慣れるにゃ、ちょうどええ旅じゃ」


お爺ちゃんはそう言って引き受けてくれた。


王都からの護衛にも特別料金を払った。


 こちらの私兵からも馬付きで四人付け、帰りは王都の護衛が外れ、私兵だけが残る。


馬は馬車に付けるので、彼らは大型箱馬車に乗って、一緒に戻ってきてもらう。


俺は大きなため息と共に、宰相様への手紙を追加し、王都の教会へ多額の寄付を頼んだ。

 



 パルシーさんの眼鏡が怖かった。


「ネスティ様、どうして子供たちをお預かりになったのですか?」


王都へ送るなど、面倒この上ない。


多額の寄付や、本来必要ない紹介状まで。 どう考えてもやり過ぎだ。


 俺はまだ傷が残っている文字板を取り出す。 直す気になれなくて、そのままになっているのだ。


「いいんだよ。 あの女性が一番救われたたがっていたからね」と書く。


俺が助けたかったのは、子供たちだけじゃない。


一番憔悴しきっていたのは、あの、元の世界の俺の母と同じ年齢くらいの女性だった。


募集したら一番に来ると思っていたのに、彼女は最後まで自分では動かなかった。


それほど疲れていたのかも知れない。


俺の文字を見て、眼鏡さんが黙り込んだ。


「とにかく、あの子供たちの世話はお願いしますね」


眼鏡さんは急にそんなことを言い出す。


え?、俺に振るの?。


残った子供四人は、一番年長の十四歳の女の子とあとは五歳の男女の子と、三歳の女の子だ。


私兵たちと雑魚寝は出来ないだろう。


「迎えが来るまで」という期限付きで、使用人用の一部屋を与え、一番年上の女の子に頼んでみる。


女の子は「慣れてるから」と頷いてくれた。




 数日後、預かっている子供たちの保護者全員、集めることが出来た。


隣の西領で働いていた親や、身体の具合の悪い老人など、申し訳なかったが領主命令で来てもらった。


まあ、一日分の日当を出すと言ったら、皆二つ返事で来てくれたんだけどね。


住民用応接室で四人の保護者と対面する。


 俺のような子供が領主で、声が出せないと聞くと、だいたいの住民は微妙な顔をする。


どう対応していいのか分からないのだろう。


そんな微妙な顔の連中を前に俺は閉口している。


「うちで面倒を見られんから教会の施設に預けたのに、これからワシにどうしろと」


「あの子を引き取って下さるんでしょ?」


「えっと、ここで働かせるんで?」


誰一人、引き取る気はなかった。


目の前であんな状態の施設を見ていながら預けていたんだから、当たり前か。




 俺は眼鏡さんに目配せし、彼らの要望を書いてもらう。


現在どういう状態で、どうしたら子供たちを引き取れるのか。


「ワシは子供を押し付けられただけじゃ」


親戚の子供の保護者をしている老人は、子供の両親からの仕送りをもらっている。


一番小さい三歳の女の子だ。


それで生活は出来るが子供の面倒を見る体力が無い。


これは一度両親に相談が必要だろう。




「この町に仕事がなくて」という女性は、一番年上の女の子の親だった。


「この町でも仕事は増えていますが?」とパルシーさんが訊くと、首を横に振る。


「西の領主様のところに、夫が亡くなった時の借金があって」


借金の形に働かされているそうだ。


はあ、西の領主ねえ。 後で打診するか。




 五歳の女の子は父子家庭だった。


「かかあが出てっちまって、俺だけじゃどうにも出来なくて」


ガタイのいい猟師だったので、これは私兵に取り込んでしまおう。


 五歳の男の子は特殊だった。


「砦の子?」


俺が不思議そうにその書類を見ていると、眼鏡さんが説明してくれた。


「はあ、以前砦にいた兵士が連れて来た子供だそうで」


どうやら国境付近で拾ったらしい。


「だからといって、何故、砦が保護者なんでしょう?」


保護者が人ではなく、「砦」になっている。


「砦の兵士の連帯責任というか、全員で保証人となっています」


おそらく、拾った時は赤ちゃんだったんだろうな。


それで手に負えなくて、と。 五歳になった今なら砦か、温泉宿で面倒見れるんじゃないかな。


これも後で打診だな。


俺はだいたいの方向を決めると、保護者たちには金銭を渡して返ってもらった。




 一番上の女の子だけを呼ぶ。


口数の少ないおとなしい子だ。


「何か希望はある?」と眼鏡さんに訊いてもらう。


もし、この子が母親と住みたいなら西の領主に頼んで二人で働くという手もある。


彼女はもうすぐ成人だ。 自分で選べる。


「わ、わたし、この町が好き。 ここにいたい」


たどたどしく、でもちゃんと自分の希望を伝えてくれた。


俺は微笑み、「では教会で働くかい?」と書いた。


子供たちは少なくなったので、彼女一人でも何とかなるだろう。


「たぶん、近日中に教会本部から新しい神官が派遣されて来る」


眼鏡さんの言葉を彼女は黙って聞いていた。


その人と話し合いをして、そこで雇ってもらい、子供たちの面倒を見る仕事をしてもらうことになった。


それまではここで、小さな子供たちと一緒にお手伝いをしてもらいたいとお願いした。


俺は子供でも、何かやれることがあると思っている。




 出立から十日ほどして、王都へ行った連中が帰って来た。


「お帰りなさい」と大きく書いて、館の玄関で迎える。


お爺ちゃんの助手の男の子は、ずっと館で残った馬の世話をしていた。


五頭いる内の四頭が王都へ行ったので、残りは一頭だけだった。


 彼はすぐに戻って来た馬たちの世話を始める。 お爺ちゃんが元気そうなのでホッとした顔をしていた。


残っていた馬で、助手くんには護衛の私兵を付け、お爺ちゃんの代わりに乗合馬車を続けてもらっていたのだ。


いきなり一人になって不安そうだったが、何とか乗り越えてくれた。


訊いたら来年には成人だそうで、身長が俺とそう変わらないから、もっと年下だと思ってた。


逆に向こうも俺を年下だと思っていたらしい。


まあ、俺は成長不良で背が低いからなあ。


助手くんに成人したら住み込みにするかと訊いたら、うれしそうに頷いた。




 俺はそろそろ脳筋私兵たちを、町の中の警備員にしようと思っている。


何かあった時に館から駆け付けるのでは遠すぎるからだ。


町中の一定地域をカバーする場所に空き家を探し、そこを拠点として警備を頼む。


元の世界での交番だ。


私兵が増えればそれだけカバーする地域が増えていく感じにしたい。


 今はまだ使える私兵は十名なので、元役所の建物内の部屋に六名駐在し、三交代にする予定だ。


あとの四名と新人は館の警備を続けてもらうが、時折町の警備と交代させながら慣れさせよう。


そこに希望者を募る案内も張り出し、随時、館のほうで面接、半年間は訓練という形にして増やしたい。


私兵なので、給与はちゃんと出る。


そのうち逆に、西の港町で募集してもいいかも知れない。


ガストスさんはまだまだ引退させませんよ。


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