第17話 王子の不安
町の治安は割と良いほうだと思う。
小さな町だから皆、顔見知りだったりする。
だけど秋には狩猟目的の狩人や流れの傭兵たちが来るので悪化するのだ。
その時だけ注意するより、日頃から気をつけておいたほうが良いと、うるさいくらい小さい子には気を付けさせている。
本人だけでなく、周りの大人にもお願いしていることだ。
農作業が忙しくなるこれからが大人の目が子供から離れ易くなる。
町の記録を見ても、獣に襲われたり、馬車に巻き込まれて死亡するのは、親が目を離した子供が多い。
貧しい町だが、泥棒だの強盗だのも全く無いわけではないのだ。
雪が地面から完全に消えて、春の花が咲き誇り、北領の短い春が過ぎようとしていた頃、王都からの荷物が届く。
二十人ほどが乗れる大きな四頭立ての箱馬車だ。
「うおー、デカい」
私兵の新人たちが驚く。
王都では割と見られる形だが、田舎ではまだまだ珍しい。
これは中古だが、状態もいいし、型もそんなに古くない。
「宰相様にお礼の手紙を書かないとね」
俺が笑って文字板に書いて見せると、宰相の息子のパルシーさんも少し照れながら笑っていた。
荷馬車のお爺ちゃんに見せると、驚いて腰を抜かしそうになっていた。
「お爺ちゃん。 少し練習してて」
そう書いた文字板を見せ、俺は助手を誰にするか考えていた。
私兵の体験に参加していた子供のうち、馬に乗れる子がいたのを思い出す。
新人の私兵の子が知り合いだというので、すぐ打診に行かせた。
「あのー」
私兵で御者が出来る人に荷馬車で迎えに行ってもらったのだが、その子が戻って来て驚いた。
「この子たちも雇ってもらえませんか」
馬に乗れる少年と一緒に連れて来たのは、あの教会の施設の子供たちだった。
しかも付き添いで、世話をしているあの女性まで一緒だ。
「もしかして、全員連れて来たのか?」
俺が文字板を新人に見せると、へへっと頭を掻いた。
どうも施設の子供たちと知り合いだったらしい。
悩んだ末、とりあえず入ってもらって、食堂で待っていてもらう。
私兵の新人は訓練に戻し、馬に乗れる子供はそのままお爺ちゃんに預けた。
俺は眼鏡さんと、すっかり書類整理係になっている元職員の文字のキレイなお兄さんを呼ぶ。
「施設の子供を全員ですか?」
しばらく預かると言うと、眼鏡のパルシーさんは渋い顔をしている。
元職員のお兄さんはだだ俺たちの顔色を見てオロオロしているだけだ。
「一度あの子たちの話しを聞いてみたいと思います」
俺は文字板に書いた。
「分かりました。 我々が立会います」
俺は頷く。
そしてこちらが指示しなくても、元職員のお兄さんは住民台帳用の紙を持ってついて来た。
俺も王子も王都の施設を見ている。
人数は多いが、あの子たちは明日の食事の心配はいらない。
施設を出て働くために剣術や勉強も教えこまれる。
でもあれは王都だからこそ出来ることだった。
この町では本部教会からのわずかな資金と町民の寄付で成り立っている。
子供の数も以前見た時よりも減っているようだが、また増える可能性もある。
俺はまず子供たちに名前や年齢など、台帳に登録する手続きをさせた。
その間に女性と話をする。
俺が文字板を出し、領主であることを告げると慌てていた。
「申し訳ありません。 もっと年配のかただと思っていたものですから」
女性は老けて見えるがおそらく五十代くらいだろう。
元の世界の母親と同じくらいだ。
俺は顔を横に振って「気にしません」と書いた。
「どうして今までここへ頼みに来なかったのですか?」
機会はいくらでもあった。
子供たちから離れられないのは分かるが、一日や半日くらいは見てくれる人はいるはずだ。
「この町の領主様というのは代々問題のあるかたが多いと聞いておりました」
子供たちがどんな目に遭うか分からない。
心配のあまり、来られなかったそうだ。
それでも最近は私兵の体験会というものがあって、小さな子供でも喜んで参加している。
「体験会に参加させても良かったのではないですか?」
実は俺は施設の子供たちが来るのを待っていた。
何事も自分からやりたい、興味がある、ということでないと仕事は続かない。
特に子供は自発的に来てくれないと雇いずらい。
俺は「こんな小さな子供を無理矢理働かせている」という目で見られるのは嫌だ。
「申し訳ございません。 もう少し様子を見ようと思いまして」
俺はため息を吐く。
もしかしたら、この女性は私兵の新人の子が声をかけなかったら、ずっとここに来る気はなかったんじゃないかと思う。
「終わりました」
パルシーさんが声をかけて来た。
子供は全部で十ニ人。 以前とは減っているのは出稼ぎの親が帰って来たのかも知れない。
成人間近の女の子が一人、後は十歳前後が男の子がニ人女の子が四人、それと八歳以下が五人。
俺は子供たちを見回す。
お手伝いとして働いているおばちゃんを呼んで、子供たちを全員風呂場へ連れて行ってもらう。
どう見ても風呂に入っていないのが匂いで分かる。
子供の服など俺の鞄の中にだって無い。
「脱いだ服を全部袋に入れて持って来て」
そう書いて、元職員のお兄さんに風呂場へ行ってもらう。
魔術で何とかしよう。
「あ、あの、あの子たちはどうなるのでしょう」
俺は作ってもらった台帳を見ながら、何枚かを抜き出す。
「この子たちは親がいないのですね?」
親が災害や病気で死亡。 引き受け手のいない者たちは八名。
残りは親や親戚が近くにいても養育出来ない子供だ。
女性に確認する。
「今、ちょうど王都から荷物を運んで来た一団がいます。
彼らに、この引き取り手のない子供たちを預けて、王都の施設に送ります」
俺の文字板を見た女性は激怒した。
「な、なんですって!。 子供たちを他所へやるのですか?」
なんだろう、この人。 そんなに酷いこと?、これ。
女性は感情的になって俺に掴みかかって来た。
いつの間にかクシュトさんが俺の側にいて、女性を簡単に拘束する。
「では、あなたはあの子たちをどうすればいいと思って連れて来たのですか?」
俺の文字板を見つめて彼女は喚く。
「領主様ならあの子たちを雇ってくださると」
「訳アリの領主が、ですか?」
俺は心底嫌そうな顔で文字板を見せる。
「ほ、他の、町の子たちはちゃんと雇ったりしてるじゃないですか」
親がいないから差別するのか、と喚く。
「あの子たちはちゃんと自分からここへ来て、こちらで何が出来るのかを確認しています」
俺が子供たちをここへ招いたのは、この町の将来のためだ。
この町で育って、この町を良くするのは、自分から動く子供たちなのだ。
それを伸ばしてやるのが領主としての仕事だと思っている。
「ここへ体験に来る子供たちは、何も出来ない小さな子供でも目を輝かせている。
少なくとも、あなたのように暗い顔はしていない」
この人の暗さが、施設の子供たちの目を暗くしている。
「あなたはただ自分が楽になりたかっただけですよね」
仕事を探していた。
子供たちが一人でも働ければ、自分にも働き口があれば。
自分が少しでも楽になるために。
「そうでしょう?」
そう書いた文字板を女性は掴んで放り投げた。
ガシャーン。
窓ガラスに当たり、盛大に音がして割れた。
「そんな罰当たりな!」
まるで自分はそうではないというように、ハアハアと肩で息をして、顔を真っ赤にして抗議する。
「あなたは勘違いをしている」
パルシーさんがガラスを払いながら持って来てくれた文字板に、俺はさらに書く。
「王都の施設をご存知ですか?。
この館の二倍はある大きさで、同じ年頃の子供たちが大勢います」
同じ年齢の子供たちも多い。
「大人になれば必要になる勉強も剣術も教えてもらえて、明日のパンの心配もいらない」
それが一番大きい。 クシュトさんもそう言っていた。
俺はそれをパルシーさんに読んでもらう。
彼女に見せてまた投げられると困る。
「そんなとこへ行ったら、田舎の子供だと馬鹿にされて」
「そこの施設の子供たちはほとんどが田舎から来た子供ですよ」
王都に集まってくるのは職の無い地方から来る者が多いのだ。
「わ、私は子供たちをあい、愛して」
「王都の施設には立派な神官が大勢います。 慈愛で子供たち皆を大切にしてくれますよ」
嘘、というか希望かな。
まあ、これくらいは許してください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます