第16話 王子の目標


 ハシイスは、俺に勝つまでは弟子にはなれないということになる。


まずは、私兵の新人として、鍛えることになった。


俺はいつの間にか見物人に混ざっていたクシュトさんを見つけて近寄る。


「彼をどう思いますか」とこっそり書いて見せる。


クシュトさんは俺を館の中へ連れて入り、二人だけになる。


「ネスはあの子をどうしたいんだ?」


俺は「クシュトさんの弟子にしたい」と書いた。


クシュトさんが驚いて息を呑んだのが分かった。


「彼には魔術の才能もあるし、将来が楽しみな人材です」


この辺境地に必要な人材なのだ。


王都のような影でなくても良い。


私兵という表舞台ではなく、影から支えてもらいたいと俺は思った。


しばらく考えていたクシュトさんは、しばらく様子を見てからだと言って、またどこかへ行ってしまった。




 子供たちが帰ると、俺は執務室に入る。


去年の秋に来たときはだだっ広いと思っていた部屋も、今は机が並び、書棚や文書入れが所狭しと置かれている。


俺は眼鏡さんに文字板を見せる。


「元職員の皆さんは使えそうですか?」


「そうですね。 もうサボり癖は無いと思いますけどね」


俺は頷く。 俺の領地の文官には、上司にただ従う奴はいらない。


為政者には確かに黒い部分も必要だが、その下で働く文官たちには必要ないと俺は思う。


ただ誠実に、住民のほうを向いていて欲しい。


彼らが今まで俺や眼鏡さんをどう見ていたのか、それが試されるだろう。


「では、計画を進めましょう」


俺の指示で眼鏡さんが動き出す。


 荷馬車のお爺ちゃんが彼らを送って行く時間になる。


パルシーさんが帰り支度の元職員らにチラシを渡していた。


「これを町のあちこちに配ってください」


それはこの町で新たに始める学校のチラシである。




 元の町の役所があった建物はすでに俺がキレイにしてある。


町の中心にあるその建物が学校になる予定だ。


二階は学校用の職員の控室や会議室になる。


地下牢の格子は完全に撤去。


かなり造りは丈夫なので、将来は町の備蓄倉庫にしようと思う。


シェルターっぽくなるといいなあ。 ほら、魔獣とかドラゴンとか来た時の避難用にね。


 そして俺たちは学校のために、冬の間色々と準備を進めていた。


町の木工職人には改装と子供の体格に合わせた机などの備品の制作を注文してあった。


王都から、中古の教科書のようなものも取り寄せ、それを町の女性たちに書き写してもらって、新たな教科書にしてもらう。


近くの食堂にはお弁当というものを開発して欲しいと頼んでいた。


革職人には子供用の水筒を大量に注文した。


そのお陰で春は早くから猟師たちが皮を獲るために森に入っているそうだ。


うまくいけば、夏までには開校出来るだろう。




 問題は教師だったのだ。


教えるものはそんなに難しくはない。 文字と簡単な計算で良い。


ただし、子供たちだけでなく、大人でも学びたいものには学ばせたい。


 俺自身がこの土地に来て、住民が「ここは田舎だから」と諦めているのが気になっていた。


田舎が悪いわけじゃない。 田舎でも出来ることをやらないのは違うと思うんだ。


それを伝えたい。


そのためには、大人にも信用され、尊敬される者が必要だった。


 元職員たちは、以前の代官の元では住民たちには良い印象を持たれていない。


それを配達や雪の間にも動いてもらったことで、少しずつ信頼を回復させている。


そこを期待して、彼らの中からひとまず教師役を選ぶ予定になっている。


「これまでの仕事で、彼らの技量は教師としては一定水準に達していると見ています。


王都では通用しないかも知れませんが、ここでは大丈夫かと」


住民台帳作りが終わったら、彼らを教師にするべく教育を始めることにした。


俺はお婆ちゃん先生のことを懐かしく思い出した。




 相変わらず俺は荷馬車のお爺ちゃんとブラブラしている。


お爺ちゃんの荷馬車は修理して椅子を増やし、幌の無い乗合馬車になっている。


朝一番で町の広場へ行き、市場で買い物をして、戻りに使用人や見習い私兵の子供たちを乗せて来る。


夕方、館から帰る便は、夕方早めと遅めで二往復してもらっている。


最終の便の帰りはいつもどおり店の残り物の買い付けもお願いしていた。


 お爺ちゃんの手が空くと、俺は温泉宿へ誘って二人で出かける。


たまに私兵の訓練ついでだと言って、ガストスさんが脳筋さんたちを走らせながらついて来たりした。


硫黄の風呂は最初は皆、嫌そうだったが、ボツボツと慣れて来た。


「なんかご領主様が幸せそうな顔してるから」


俺、風呂でそんな緩い顔してるんだろうか。




 何故か町の子供たちのうち、何人かが時々、館の庭の花壇の手入れに通って来るようになった。


自分たちで植えたので気になって仕方ないらしい。


「お兄ちゃんは頼りなさそうだから」


と言われてしまう。


いやいや、これでも王都では四年間、自分の畑をだなー、という話は出来ないので苦笑いしておく。


何しろ、気にかけて来てくれるのは構わない。


私兵見習いの男の子たちと一緒に出入りをするならいいよ、と許可する。


やはり小さな子供が一人で往復出来る距離ではないのだ。




「ネス坊。 仔馬が産まれたぞ」


最近、馬車のお爺ちゃんにはそう呼ばれている。


西の港町のほうは、冬の間は海も荒れるので漁も交易も休みだったが、ようやく再開して賑やかになっていた。


俺たちは二人で予約している仔馬が産まれたという牧場へ、私兵から護衛を一人連れて、見学に行くことになった。


 お爺ちゃんの息子さんが、西の領地の大きな牧場で働いている。


出稼ぎに行って、そのままそこの娘さんと結婚してしまって、帰って来なくなったらしい。


それでも連絡は取り合っているそうで、


「いつこっちに引っ越して来るんだとか言いやがるから、おりゃあ、こっちで死ぬっつってあるんだ」


とお爺ちゃんはこっちで一人暮らしだったようだ。


お爺ちゃんの牧場も結構広いが、結局は後継がいなくてそのまま放置になっている。


実は俺、その牧場を使えるなら牛を飼いたいんだ。


 そんな話をしていたら、息子さんが乗り気になった。


西の領地ではノースターからの出稼ぎが減っている。


自分も帰れるなら帰りたいと言ってくれた。


まだ奥さんや子供さんのこともあるだろうし、ゆっくり考えてもらえばいいと伝えた。


とりあえず仔馬を見せてもらって契約し、鶏みたいな卵を産む鳥を十羽買って帰った。




 町の大工さんには温泉宿の鳥小屋をすでに発注済みだったので、そのまま宿に向かった。


「ご領主様。 お早いですね」


早過ぎると驚かれた。 宿の側面に一部屋ぐらいの鳥小屋が完成したばかりだったらしい。


お爺ちゃんが鳥を中に放している間、俺は宿の周りを見て回る。


建物自体は古いが、丈夫そうだ。


裏は山肌にくっ付いていて、その斜面からお湯が流れて来ている。


どこかに源泉が湧いているんだろう。


 道を挟んだ右手は国境警備の砦だから大丈夫だとしても、気になるのは反対側だ。


宿の付近は平原の延長上で何もないが、少し離れたところに森が見える。


魔法柵があるようなので、魔獣が出る森の北の端になるのだろう。


「一度魔法柵を全部確認して回りたいな」


俺の言葉に王子が頷いている。


『魔法柵の強化魔法を考えないとな』


うん、よろしく頼む。




 俺は宿の外壁の気になるところだけを<修繕>しながら戻る。


「餌もなるべく館から毎日配送するようにします。


卵はしばらくの間半分は繁殖用にして、少しずつ増やしてください」


文字板で指示を出す。


あまり増やし過ぎても世話が出来なくなるので、気を付けるように話した。


 結局、宿は買い取らずに支援という形になっている。


眼鏡さんがうるさいので、宿の収支をきちんと出してもらい、不足分を補助という形で資金を出すことになった。


俺はお爺ちゃんに一日一回、町からこの宿への往復便も増やす提案をした。


「ワシは構わんよ。 温泉のお陰か、この頃、足腰の痛みも和らいでるしな」


そのうち、お爺ちゃんに誰か助手を付けようと思う。


俺がやりたいって言っても却下されるだろうしね。 くすん。


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