第13話 王子の聖夜


 雪が降り出して館に閉じ込められてしまう前に、俺はやりたいことがあった。


俺は現地の狩人の人と一緒に昼間も森に入って、町の近くまで来ていた狼や木の皮を剥ぐ鹿のような獣などを狩った。


別に獲物がなくても俺は構わない。


秋の魔獣狩りが無かったせいで、獣や魔獣が多く発生していないかの見回りも兼ねているからだ。


今のところ特に危ないようなところはない。


ただ、やはり獣たちも餌不足なのか、特に大型の獣がうろついていることがあった。


「領主様が一緒にいてくらさるので、ワシらも安心だ」


彼らは怪我などすれば、すぐに貧乏まっしぐらになる。


俺は彼らに同行し、<回復>や<治療>を使っているのだ。


雪が降るまでに猟師たちの冬の準備に間に合えばいいなと思っている。




 私兵たちにお願いしていた子供たちの体験会が始まった。


俺は施設の子供たちにもお知らせの紙を配ってもらった。


多少だが小遣いが出て、その日の昼食も出る。


町の広場までお爺ちゃんに馬車で迎えに行ってもらい、興味のある子供たちを連れて来てもらう。


大きい子供になると自分で歩いてくる子供もいる。


しかしその中には施設の子供たちはいなかった。


 その日は十人程度だったが、私兵の見学ということで腕自慢の子供や暴れたい子供が多い。


女の子もいるが、こちらはどうもお小遣い目当てのようだ。 動くより見物に終始していた。


 訓練内容は任せてあるので、俺はお爺ちゃんと馬の世話をしていた。


領主館の馬は王都から一緒に来た二頭と、お爺ちゃんが連れて来た三頭だ。


ここは元兵舎も兼ねていたので、馬小屋も広い。


「そのうち牛とか、鶏なんかも飼いたいな」


そう書いたら、お爺ちゃんは「西の港町で買ってくればええ」と教えてくれた。


あそこは交易船が出入りしているので、年中何でも扱っているそうだ。


そうかあ。 そのうち皆で買い出しに行こうかな。




 食堂で子供たちも一緒に食事を取る。


食堂には、十人ほどが一度に座れるテーブルが六つ置いてある。 


私兵たちと子供たちは一緒にテーブルにつき、お手伝いのおばちゃんと当番の脳筋が食事を配っている。


 俺は今日は彼らには混ざらない。


領主だと分かると子供たちが遠慮したり、怖がったりするかも知れないからだ。


いや、本当は同年代と遊んだこともないし、どう接していいか分からないんだよね。


少し離れて様子を見ている。


 午前中は体力作りの基礎だったようで、午後は実際に木剣などを使って教えている。


俺は窓からぼんやり眺めていた。


身体の大きい男の子たちは、もうすぐ成人なのだろう。


いつか私兵に入ってくれないかな。


 ガストスさんが一人の男の子を、剣でボコボコにしていた。


転がされても何度も向かっていくので、何度もボコられている。


年齢は同じくらいだろうか。 細身で明るい茶色の髪をした、キリッとした顔の少年だった。

 

俺も王宮の庭でガストスさんに転がされていたことを思い出す。


心の中で「がんばれ」と応援しておいた。




 子供たちを町まで送って行くお爺ちゃんの馬車に一緒に乗せてもらった。


町まで買い物に行くついでだ。


帽子を深くかぶり、少しボロくなった長めのコートを着た。


お爺ちゃんの隣に座り、子供たちには背中を向けている。


子供たちの楽しそうな声が俺にはうれしかった。


 町の広場に着くと、皆を降ろす。


俺とおじいちゃんは買い出しだ。


夕方に買い出しをするのは、町の店の売れ残りを買うためだ。


明日になれば品質が落ちて値段を下げなければ売れなくなるようなものを買う。


俺には鞄があるので品質は関係ないのだ。




 俺が金を払い、お爺ちゃんと一緒に荷物を積み込んでいると、誰かが近寄って来た。


「おい、お前、領主館のもんだろう」


どうも俺のことらしい。


顔を上げると一緒の馬車で帰って来た子供たちの一人だ。


ああ、ガストスさんに転がされてた少年じゃないか。


「なんじゃあ、お前。 なんかようかあ」


お爺ちゃんが俺の代わりに返事をしてくれる。


「僕はこいつに話をしてるんだ。 爺ちゃんは黙ってな」


そう言うとそいつはズカズカと俺の側に来て、胸倉を掴んで来た。


おいおい、喧嘩は良くないぞ。 ってか、理由がないんだが。


「僕は知ってるんだ。 お前は窓から僕たちを見て笑ってた」


んー、笑ってたっていうより、微笑ましいなと思って見てたんだけど。


俺は顔を背けて、お爺ちゃんに助けを求める。


「止めんか。 その子はお前らとは違うんじゃ」


少年は俺を道に向かって突き飛ばした。


「ああ、そうだろうさ。 王都から来たんだろう。


どうせ田舎者を笑ってるんだ。 自分たちだって王都から逃げて来たくせに」


うん、そうだね。 君は間違ってないよ。


俺たちは逃げて来たんだ。


薄笑いを浮かべて、俺は立ち上がる。


服の汚れをパンパンと払う。




「いい加減に何とか言えよ!」


少年はパンチを繰り出す、が俺はするりと避ける。


たぶん本気で殴ろうとしたわけじゃないんだろう。 だけど避けられて余計に腹が立ったようだ。


さっきより顔を赤くして、俺に突っかかって来た。


それを軽く避けると、俺は馬車にある文字板を取り出した。


「は?」


「ごめん。 私は声が出ない病気なんだ」


と書いて、申し訳なさそうにそれを見せる。


そうして貴族らしいお辞儀をした。


お爺ちゃんは俺に馬車に乗るように言った。 俺は頷いて、それに従う。


「この子は領主様のネスティ侯爵様だ。 もう止めとけ」


お爺ちゃんが一言言って馬車が動き出すと、呆然としている少年に向かって俺は手を振った。


 彼は細身で背が高かった。


日頃から剣術の稽古をしているのか、手に剣だこがあった。


たぶんあの年齢にしては動きは良かったと思う。


また来てくれるといいなと思いながら館へ帰った。




 それからしばらくして雪が降り始めた。


猟も出来なくなり、馬も外に出せない日が続いた。


町との往復馬車も出せないので、家で待機になっている使用人たちや私兵たちには晴れをついて使いを出した。


今までの給金を払い、当分お休みだと伝えてもらう。


 そんな中、雪に紛れて王都からの荷物が届いた。


大きな幌付きの荷馬車が二台も来た。


俺は「助かった」とすぐに領主館の食糧庫や地下へ放り込んだ。


後で傷みやすい物などは鞄に移しておこう。


眼鏡さんに目録をチェックしてもらい、御者と護衛の騎士を労わる。


重そうな荷物を運んで来てくれた馬たちも精一杯、労い、こっそり<疲労回復>をかけた。

 

西の港町はまだ雪は降っていないらしい。


雪が激しくなる前に、早めにこの土地を離れたほうがいいだろう。


 荷物に紛れて、俺は何通かの手紙を受け取った。


宰相様やお婆ちゃん先生、おばちゃんたちに、庭師のおじいちゃん。


彼らからも荷物が届いていると騎士に教えてもらった。


俺はうれしかったが、騎士たちがいなくなるまで待った。


夜中に王子と一緒に泣くんだい。




 館に泊まり込んでいる私兵の皆に頼んで荷物を小分けする。


薪と食料を一冬分、各家庭に人数分を配布するのだ。


待機になっていた職人たちや私兵の皆にも手伝ってもらう。


馬車は町の住民で所有している人たちに事情を話し、ちゃんと賃料を払う契約をして借りることが出来た。


 もうすぐ新年だ。 新しい年の初めまでには皆に配りたい。


まるでサンタクロースみたいだな。


そう思って、白い雪の中でも目立つように、皆の馬車には赤い布を付けた。


 眼鏡さんに住民名簿を出してもらって、重複しないよう私兵の皆に配る。


全部の家に配るのだから、それを持って何往復もすることになる。


「どうしても不安だったら元職員の人と一緒に回ってください」


彼らなら日頃から荷物や郵便を運んでいる。


パルシーさんにそう伝えてもらうと、不安そうな顔だった脳筋たちの顔が明るくなった。




 俺はお爺ちゃんに頼んで温泉宿と、東の砦へ向かう。


俺も赤い服を着た。 誰も意味を知らないだろうけど、俺は何だか楽しかった。


 温泉宿の親娘には「温泉卵」を作って欲しいとお願いしており、今は研究中らしい。


最近、俺とお爺ちゃんが良く通っているので、宿を辞めるとは言わなくなっている。


 砦の隊長さんには「国から物資は来ている」と言われたが、押し付けた。


それと酒も置いて来た。 庭師のおじいちゃんが大量に送って来たのでお裾分けだ。


俺、どんだけ呑み助だと思われてるんだろうね。


「今度一緒に飲みましょう」と兵士さんたちに言われて、俺は笑顔で頷いておいた。


そして、雪が積もる前にサンタクロース作戦は無事に終了した。


後にノースターでは、雪の中で配達する者は赤い物を身に付けるようになったそうだ。


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