第14話 王子と雪景色
雪は新年にはかなり積もり、俺たちは何も出来ない日が続いている。
天気が良い日は脳筋さんたちには雪かきをお願いし、道が通れるようになれば町でも雪かきをした。
だけど二日も降れば、また元に戻るのだ。
この雪で被害が出ないことを祈るしかない。
「大丈夫じゃよ。 この土地の者はこれくらいの雪は慣れておるからなあ」
ああ、そういえば、元の世界でも都会じゃ大騒ぎになる量でも豪雪地帯ではたいしたことないっていう話だった。
とりあえず、それならそれでいい。
俺はのんびり部屋で魔術の勉強をしている。 主に王子が。
俺がさぼっていると、小さな魔術師が小さな小さな杖でパシパシと手の甲を叩く。
俺が反撃しようとすると、スカッと通り抜けてしまうのに、どうしてあっちからの攻撃は痛いのか。
『それは相手は魔術師だからだよ。 実害のある攻撃じゃなくて、幻影なんだ。
君は幻影の魔術を使えないだろう?』
へえ、そうなんだ。
小さな魔術師は、魔導書が作り出している幻影である。
だからその攻撃も幻影であり、実際には痛くないらしい。
「じゃあ、その幻影を使ってる魔導書を攻撃すればいいんだな」
ニヤリと口元を歪めると、小さな魔導士は俺の顔に杖を突き付ける。
突然、ボワッと目の前に炎が生まれた。
「ぎゃああ、あちあち」
王子はクスクス笑っている。
「うう、ごめんなさい。 もう抵抗しませーん」
コンコンと扉を叩く音がする。
「坊、大丈夫か?」
ガストスさんが様子を見に来たようだ。
扉を少し開け、「大丈夫です。 ちょっと魔法が暴走しちゃって」と書いた文字板を見せた。
思いっきり眉を寄せられ「気をつけなさい」と怒られた。
はい、すみません。
そういえば、雪の間、皆何してるんだろう。
『馬車のお爺さんが皆に盤上の戦略を教えていたよ』
「え?、それ何」
俺は王子の記憶の中を調べる。 何やらチェスのようなものがあった。
「これかあ」
『ここはいつも雪に覆われる町だから、冬の遊びも発達しているのだろう』
「なるほど。 子供たちにもそういうのがあるのかな」
『たぶん、あるだろうね』
今度教えてもらおう。 雪が解けたらまた体験会みたいのをやりたい。
俺を殴ろうとしたあの少年も来るかな。
窓の外に降りしきる雪を見ながら、俺は春になったらやりたいことを考えて過ごした。
少し雪が少なくなった頃、私兵たちには町の雪かきを任せ、俺は館の馬小屋の雪かきをした。
お爺ちゃんは元気そうに厩舎の掃除をしている。
俺は手が放せない時は対角線に紐を付けた文字板を背中に担いでいたりする。
「お爺ちゃん。 馬を増やしたら世話してくれる?」
一緒にいたお爺ちゃんに書いて見せた。
俺は馬が好きだ。 一度仔馬を飼ってみたいと思っている。
「そうじゃな。 春には馬たちの出産の時期に入るだろう。
ワシの伝手で良ければ話をしておくぞ」
おお、それはうれしい。
「よろしくお願いします」と書いておく。
そしてパルシーさんには怒られる前に、「仔馬を注文しました」と書いた文字板を見せる。
眼鏡さんは、ちょっとだけ顔を引きつらせていた。
「本当は牛も飼いたいんです」
って書いたら、卒倒されちゃうかな。 うん、今度にしよう。
春が近づき、町からの道はほとんど雪が無くなった。
たまに雪は降るが、積もってもすぐ消えるようになったのだ。
お天気も晴れが多くなって、あの重い灰色の雲が少なくなっている。
雪と青い空の競演。
埋もれていた白から町の色が徐々に表れる。
俺のいる館は小高い丘になっているので、町の屋根が遠くに見えるのだ。
「きれいだなあ」
俺はまた思い立って、私兵さんたちに体験会のお願いをする。
そして、数日後、馬車のお爺ちゃんが子供たちを連れて来てくれた。
午前中は体力作りをやり、昼食を取った後、皆で庭に出る。
玄関前のロータリーのところに、朝には無かった木の札がいくつも立っている。
「何するのー?」
女の子が聞いて来た。
私兵の一人が、「あの的に雪玉を当てる投擲の練習だよ」と教えた。
そう、これは兵士の訓練の一つなのだ。
子供たちの手が冷たくなり過ぎないように、雪玉は脳筋たちが作ってくれる。
「それっ」「えいっ」
例の少年も順番に投げている。
小さい子や、女の子は少し前に出たりして調整した。
脳筋たちが投げ方や狙い方を教える。
的に当たる数を競い、たくさん当たると褒めてもらえるのだ。
例の少年はなかなか器用に的に当てていた。
俺よりうまいんじゃない?。 ちょっと悔しい。
「王宮の庭で投げ合ったことが思い出されますな」
俺が塀の上に座って眺めていると、ガストスさんが下から声をかけて来た。
楽しそうな子供たちの声に、俺はただ微笑んでいた。
バスッと俺に雪玉が当たる。
(へっ)と下を見ると、少し離れたところに例の少年が立っていた。
「降りて来いよ。 しゃべれないからって投げられないわけじゃないんだろ」
おー、煽られちゃった。
俺はニヤリと笑う。 まずはお返しに隠し持っていた玉を一つ投げる。
「ぶへっ」
俺が雪玉を持っているとは思っていなかったのだろう。
少年はまともに雪玉を顔に受ける。
俺がわざとらしく腹を抱えて笑う仕草をする。
「ちくしょー、降りて来いっ」
俺は飛び降りる。
そしてまずは雪を軽く握るだけで投げるという、数打ち作戦に出る。
「くそっ。 うっぷ」
全部顔を狙っている。
しかし、これはすぐに手が冷たくなる。
俺が一休みしてると、堅い玉が飛んでくる。
うわっと避ける。 避けるのは得意なんだよな。
「避けるなああああ」
次から次に飛んでくるのは、町の子供たちが皆、雪玉を彼に渡しているからだ。
俺は笑いながら、それでも避け続ける。
そして、最後にはお互いに疲れて座り込む。
「面白かったねえ」
小さな女の子が俺の側に来て、そう言った。
俺は頷いて、その子の頭を撫でた。
そして無言のまま、皆について来るようにと手招きした。
玄関の中に入ると、脳筋さんたちが皆大きなタオルを持って待っている。
俺もガストスさんにタオルをもらって拭くと、小さな子を抱っこして階段を上る。
慌てた他の子たちが追いかけて来る。
そして、俺は抱いていた子を降ろし、窓の外を指さす。
階段の踊り場の大きな窓から、遠くに町が見えるのだ。
「あれ、ノースターの町?」
俺が頷く。
「きれい」
俺が頷く。
町の子供たちが窓に駆け寄って鈴なりになって外を見ている。
俺はその後ろから<回復>をかける。
自分の後ろに少年がいたことに気づかずに。
誰かいるのは知ってたけど、俺、クシュトさんかなって思ってたんだよ。
「お前、あ、あなたは魔術師なんですね」
少年は俺の前に跪いた。
「お願いがあります。 どうか僕のお母さんの病気をみてもらえませんか?」
あの強気な少年が、俺の魔術を見て、必死にそう頼んで来た。
他の子供たちが俺たちに気づいて振り返った。
この少年は名前をハシイスといい、母子家庭らしい。
「あいつんちのお母さん、働き過ぎて倒れちゃったんだ」
秋の頃だったそうだ。
俺は文字板を取り出す。
「治せなくてもいいの?」
他の子供たちがざわっとする。
「はい。 魔術師様に見てもらえるだけで、ダメなら諦めが尽きます」
どうせ治療するだけのお金はない。 ダメ元だということだ。
「分かった。 これから一緒に行こう」
そう書くと、俺はガストスさんに馬車の用意を頼んだ。
他の子供たちより先に町へ戻る。
俺たちを追いかけて来る子供たちもいたが、脳筋さんたちがうまく誘導してくれた。
町に入ると、彼の家は中心よりも郊外の建物だった。
アパートのような五階建てだ。
この辺りは雪で埋もれることがあるので、高めの建物が多く、上のほうに住む人が多い。
一階、二階は店舗だったり事務所だったりするのだ。
彼の家は二階だった。
俺たちが着くと、中から世話をしてくれているという老婆が顔を出した。
「おや、ハシィ、もう終わったのかい?」
「うん。 あのね、お母さんを診てくれる魔術師様を連れて来たんだ」
「へ、なんだって?」
耳が遠いのか、老婆は聞き直しているが、ハシイスはそのまま奥へと俺を案内する。
老婆がポカンとした顔で俺を見ていた。
母親のいる寝室は広いとは言えなかったが、暖かそうな部屋だった。
「ハシイス?」
彼は静かにベッドの側に立ち、その母親は不思議そうに俺を見た。
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