第12話 王子の友達
ノースターでの生活もだいぶ慣れて来た。
朝は暗いうちから起き出して厩舎の世話をする。
天気の良い日は一頭を連れ出して、東の砦の近くまで走って戻ったりしている。
何もない平原なので気持ちがいい。
戻ったら馬に餌をやり、藁を干しておく。
ボツボツと人が起きて来るので、さっとシャワーした後、朝食の用意だ。
この町は麦も作れるし、野菜もある程度は採れる。
備蓄が少ないのは他の町へ出荷しないと税金を払えないからだった。
俺は眼鏡さんと結託、いや相談して、収める税金を麦にしてもらい、それをパンにして配ることにした。
町として麦の備蓄を行い、パン屋に配給、依頼して住民のパンを作ってもらう。
住民はそれを無償で手に入れることが出来るようにしようと考えている。
元職員を使って各家庭に配布という形でもいい。
細かい計算は冬の間にガッツリやろう。 がんばれ、眼鏡さん。
ワイワイと食堂での朝食が終われば体力作りと、剣術と短剣術の御復習(おさらい)。
私兵の脳筋たちと一緒に走ったり、模擬戦闘やったりするのは楽しい。
皆、やっぱり領主相手なので手加減して負けてくれるけどね。
あんまり長時間やり過ぎると眼鏡さんが来て、執務室に連行される。
ちゃんと領主としての仕事というものがある。
何故か毎日署名する書類が出てくるんだよね。 ほんと、不思議。
朝食が片付いた頃に町から荷馬車に乗った使用人さんたちがやって来る。
今日の仕事を説明し、彼らが動き出すと、俺はあまり必要なくなる。
俺はだいたい馬車のお爺ちゃんとしゃべったり、一緒に温泉風呂に行ったりしている。
「お爺ちゃんって、仕事は何してたの?」
「わしかあ。 牧場やってたんじゃ。 馬が好きでな。
昔はたっくさん飼っておったんじゃが、どうしても手放さなきゃならなくてな」
少し残った馬と、餌や藁を運ぶための荷馬車だけを残して、後は手放したと言う。
俺は牧場と聞いて目が輝いた。
「見たい」と書いたら、「ええよ」というので、二人でお爺ちゃんの荷馬車でポクポクと出かけた。
お爺ちゃんの牧場は町の中でも西の領地に近く、かなり広い。
「ワシ一人じゃもう手に負えなくてなあ」
まだ二頭ほど馬がいる。
「あれは家族じゃ。 手放す気にはなれなくてなあ」
俺はその馬たちを呼んでもらい、触らせてもらった。
王都の貸し馬車屋の馬たちを思い出す。
彼らもがっしりとした体形と太い脚をしていた。
俺の大好きな働く馬だ。
「かわいい、かわいい」と撫でていたら、馬が乗れと言ってるような気がした。
「乗ってもいいですか?」と書いてみたら、お爺ちゃんは「ええよ」と微笑んだ。
「じゃが、鞍はないぞ」
俺は平気で飛び乗る。
手綱もないが、馬は黙ってゆっくり歩いてくれる。
お爺ちゃんがもう一頭の馬で追いかけて来て、手綱を付けてくれた。
俺はニッコリ笑って、牧場の中を駆けた。
西の領地側の柵に、人影が見えた。
こっちを向いているが、俺が近づいて行くと逃げるようにいなくなった。
お爺ちゃんの元に戻り、その話をすると、
「なんか知らんが、馬を売れとやかましい奴がいるんじゃ。
あんな奴に売るくらいならワシも一緒に死ぬわ」
物騒なお爺ちゃんの言葉に「止めて」と書いて服を引っ張る。
「冗談じゃよ」
とお爺ちゃんは笑ったが、あの時の目は冗談には見えなかった。
俺は「私になら売ってくれる?」と書いた。
驚いたお爺ちゃんは、悩んでいるようだった。
「お前さんならこいつらを大事にしてくれそうだな」
と呟いて、了承してくれた。
よし、眼鏡さんと交渉だ。
俺はお爺ちゃんと一緒に館へ戻り、二頭の馬の購入の交渉をした。
もちろん、馬の世話をするのはお爺ちゃんだ。
「なに?、ワシがか」
お爺ちゃんはあの寂れた牧場で一人暮らしだった。
「ここの馬小屋は広いし、馬と一緒に来ればいいよ」と書く。
あの牧場にある家は、相当古くて、このまま冬を越すのは難しそうだったのだ。
「その代わり、いっぱい働いてもらうよ?」
と書いたら、お爺ちゃんは泣きながらウンウンと頷いてくれた。
俺がお爺ちゃんを荷馬車と馬一頭ごと住み込みで雇い、他の馬二頭は購入。
牧場は無人になるが、所有者はお爺ちゃんのままだ。
午後からはすぐに引っ越し作業をした。
思った通りほとんど荷物は無く、馬の餌や藁が一番の大荷物だった。
「ネスティ様。 一言よろしいですか?」
お爺ちゃんの部屋は一階にある使用人部屋の一つを使ってもらうことになった。
食事も俺たちと一緒だ。
「ネスティ様、聞いてますか?」
「すみません、ネスティと呼ばれることに慣れていなくて」
文字板を見せながら、俺がへへっと笑うと、眼鏡さんの眉がピクッと動いた。
今は午後の休憩時間で、お菓子を出して、皆でお茶を飲んでいる。
俺は何故か長身の眼鏡さんに襟首を掴まれ、応接室に放り込まれた。
ガストスさんを呼んでいる。
なんだー?と口をモグモグさせながらやって来たガストスさんも、俺と同じ椅子に座らされた。
クシュトさんは相変わらずどこにいるのか分からない。
「ガストスさんからもお願いします」
眼鏡のパルシーさんは、俺がやみくもに住民に金を使うので困ると言った。
俺はガストスさんと顔を見合わせる。
「予算は無限ではないんです。 今は良くても、将来不足するかも知れません」
そのためにちゃんと余裕を持って蓄えるのだと口から唾を飛ばしている。
俺は文字板を出し、パルシーさんに見えるように応接セットのテーブルの上に置く。
「確定している支出の内容を教えてください」と書き始めた。
俺じゃない、王子が出て来た。
何か言いたいことがあるらしい。
パルシーさんが紙を一枚持って来て、スラスラと書き始めた。
この領地に来てまだ二ヶ月ほどである。
ほとんどが食費と、私兵や元職員の使用人たちの給料だ。
建物や周りの施設の修理は、俺がほとんど魔法陣で行っている。
「予算は?」
王子は立て続けに指示する。
パルシーさんは隣の執務室へ行って、すぐに戻って来る。
王子は真剣に紙を見ている。
俺は正直やり過ぎたかも、と思っていたので黙って引っ込んでいた。
「二つの内容を見ても、特に不都合はないけど?」
王子があのキレイな字でスラスラと書き始めた。
雰囲気が変わったことに戸惑うように、眼鏡さんの態度が少しおとなしくなった。
「い、いえ、あのですね。
これから冬になって薪だの備蓄食料などが必要になりますし、今のままでは不足する可能性がですね」
「今期は問題ないですよね」
王子の字はどこか威圧的だ。
「ええ、まあ」
「先日、宰相様に送った手紙の返事は来ましたか?」
王子は宰相様に時々手紙を書く。
内容は良く知らないが、この土地で分からない事や必要な物を書き出していると言っていた。
「えっと、まだです」
「そうですか。 ではそれが何か知っていますか?」
パルシーさんが唇を噛んだ。
知らないと言えば済むだろうが、彼は知っているのだ。
王子の宰相様への手紙は彼がチェックしている。
王子もそれを承知しているので、特に問題は無い。
「薪の調達と冬の間の食料の確保について、でした」
王子はパルシーさんを見つめてニコリと微笑む。
つまり、王都へお願い済みなのである。
何せ秋の終わりにここへ来た。
鞄の件は内緒なので、他の者から見れば、ほとんど着の身着のままである。
同情の声もあり、宰相様がそれらをまとめて救援物資として送ってくれることになっているのだ。
「前の代官がこの町の備蓄をほぼ西の領地に移動させてしまいました。
だからこの町には不足している物が多いのです。
代官を調べている王宮の文官たちが、私たちを助けてくれるでしょう」
雪が降って動けなくなるまでには何とか間に合って欲しい。
冬の間はそれで何とか凌ぐことが出来るはずだ。
春になれば新しい国の予算が下りる。
そうすれば、もう少し楽になると王子は予想している。
「パルシーさんがきちんとやってくれているので、領地のほうは大丈夫だと思いますが」
自分たちはそれでもいいが、町の住民たちは春まで待てるだろうか。
「私は自分がやれる範囲でやっているつもりです」
ただの施しかも知れない。
結局のところ、俺と王子のわがままでしかないんだろう。
それでも、俺たちは手が届くなら、やりたいんだ。
「こんなことで生きる気力を失って欲しくないんです」
王子はそう書いて、ペンを置いた。
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