第11話 王子の初狩猟
皆が寝静まった頃、俺は完全武装した姿で裏口に居た。
武装といっても主力は魔法なので、鎧ではなく、簡単な皮の軽装に厚手のローブだ。
季節はもう冬に入っているので足元は長めのブーツ。
帽子もしっかり被っている。
クシュトさんが後ろをついてくる。
この人を誤魔化すのは絶対無理なので、最初から付き添いを頼んでいる。
気配を消す魔法陣を発動して、さっと館の門の外へ出る。
そこから小さなカンテラを下げ、森へと向かう。
「まったく無謀だな、お前さんは」
クシュトさんが小声で呟く。
俺は小さく舌を出すだけで、文字板は出さない。
犬笛のような微かにしか音が出ない笛を渡され、何かあったら吹くようにと言われている。
獣は夜行性が多いらしいので、慎重に動かなければならない。
森といってもそこまで鬱蒼とはしていない。
町に近い場所は樵が切り出しているため、歯抜けのように所々木が無い場所がある。
太い木にたまに色の付いた布が巻かれていて、これはすでに西の領主から依頼されている分らしい。
「西の港町には山が無いからな。 だから木材はここから買ってるようだ」
冬の暖房は暖炉で、燃料は薪を使っている家が多い。
炭も一部で使われているが、この地方では作られておらず、隣の北の国から仕入れているそうだ。
軍事国家で鉱業国だと聞いていたが、周りを山に囲まれた土地であるため、林業は必須な職業だという。
つまり、隣国の交易は鉱業製品だけでは無い。
『やはり机の上の勉強だけでは分からないこともあるな』
王子の言葉に俺も頷いた。
樵の活動範囲を抜ける。
腰のあたりまでしかない柵が、森の深部との境界にずらっと打ち込まれている。
「これは魔法柵だ。 一応一定の大きさまでの魔獣なら防ぐことが出来る。
しかしこれはだいぶ古いな。 一度整備し直したほうがいいだろう」
俺たちは、なるべく触らないように、その柵を飛び越える。
「ここからは何が出てもおかしくない。 気を付けろ」
俺はクシュトさんの顔を見て、しっかり「分かった」と頷く。
足元や木に猟師が付けた印がある場合は、そこに罠があるという事だ。
夜なので見にくいが、それにも注意するように言われた。
俺は、いつでも取り出せるように、魔法陣帳を腰にぶら下げている。
今日は攻撃と拘束の魔法を中心に持って来た。
私兵の中の猟師のお兄さんたちにも聞いたが、冬に入るともうあまり獲物はいないそうだ。
彼らも秋までは頻繁に森に入り、樵の護衛などするそうだが、昨年は獲物が少なかったと嘆いていた。
だからこそ大規模な魔獣狩りに期待していたのだろう。
しかし予算を使い込んだ代官と西の領主は昨年は開催しなかった。
「下手に小規模にやっちゃうと獲物のほうが大き過ぎて倒せないってことになるんでな」
死人を出すわけにもいかず、中止に追い込まれたようだ。
カサリと音がして足を止める。
「人の気配はない。 大丈夫だ」
俺が何を心配しているのか、この黒い爺さんはしっかり把握している。
俺はカンテラを消し、魔法陣で<暗視>を発動する。
狸のようなふわふわした毛におおわれた犬のような動物だ。
今日は狩猟だ。 迷うことは無い。
俺は弓矢を意識して作った<投擲・矢>を発動する。
魔力で作られた矢が風を切る音がした。
きゃん、なのか、ぎゃん、なのか、そんな鳴き声がして、とりあえず倒せたようだ。
ガサガサともがいている。
どうやら脇腹に当たったようで、まだ生きていた。
俺は短剣を取り出し、楽にしてやる。
クシュトさんは俺を試すように、ただ見張っている。
「どうする。 ここで解体するか?」
俺は首を横に振った。 血の匂いは苦手だ。
それに時間がもったいない。 少しでも多く狩りたい。
俺は死んだばかりの狸のような動物を鞄に仕舞った。
やはり数は少ないようで、探している時間のほうが多い。
モモンガのような小さな動物が木から木へと飛んでいる。
それを打ち落としたりしていると、ふいにクシュトさんが俺の服を引っ張った。
低い木の根元に隠れる。
「ありゃ、熊だ」
大人の男性より大きな影が、獲物を探しているのか木を揺さぶったり、土をほじくり返したりしている。
「あれは身体は大きいが芋や木の実を主食にしてる。 どちらかというとおとなしい部類だ」
俺は頷いて、少し大きい魔法陣を取り出す。
あの大きさじゃ、一回の矢じゃ倒しきれない。 逃げられてしまう。
かといって、杭なんて投げたら確実に毛皮や肉が減る。
狩猟は難しいな。
まずは<投擲・矢>を連続で発動する。
こちらを見た獲物が仁王立ちで威嚇したところを、後ろ脚をめがけて<投擲・鎖>を発動
暴れる熊に近寄るのは怖かったが、人間相手よりマシだと思うことにしている。
なるべく近づき、拘束が解ける前に眉間にめがけてもう一度<投擲・矢>を連続で発動する。
グワーとかなんとか大きく吠え、ドサリと倒れた。
クシュトさんが動かないことを確認してくれて、俺はそれも鞄に入れた。
「そろそろ戻るか」
俺はクシュトさんの提案に頷く。
自分より大きい獲物に、気が付くと俺の身体は震えていた。
「お前、いや、ネス。 狩猟は初めてか?」
魔法柵を超えて安全な場所に出てから、クシュトさんが話しかけて来た。
俺は歩きながらコクリと頷く。
クシュトさんは俺の肩に手を乗せて、「がんばったな」と言ってくれた。
この世界では当たり前のことでも、俺に取っては初めての事だ。
王子も王宮の外に出ること自体が無かったし、王族の狩りなどにも連れて行ってもらえなかった。
「明日はそいつらを解体して、肉を保存、毛皮や牙なんかは売り物になる。
西の町で売るか、こっちで売るかも考えないとな」
ノースターで売る場合は難しい。
職人たちは加工して売るために買い取ってくれるだろうが、彼らの支払いの問題もある。
むやみに安くするわけにもいかないのだ。
「こちらから依頼して加工してもらうのは大丈夫?」
カンテラの明かりでも見えるように文字板を近づける。
それなら多少高く支払っても良いような気がする。
「そうだな。 初狩猟記念ということにしてやろう」
ククッと笑うクシュトさんは本当に楽しそうだった。
翌日は解体祭りだった。
ガストスさんには、夜中に抜け出したことがバレて拳骨を食らった。
それでも大きな熊の肉は喜んでくれたし、狸などの小さな物は私兵の猟師のお兄さんに任せた。
「若旦那、こりゃ売り物になりやせんぜ」
ノースターの町の職人を紹介してもらい、猟師のお兄さんと共に訪れた。
「頭に何発入れたんで。 毛皮にはなるべく傷はないのが上物なんですがね」
俺は怖くて何発も打ち込んでしまった。
「初めてだったので」
と文字板に書いたら、お兄さんも職人も驚いた。
「なんだって、初めてでこれを狩ったっていうのか」
俺は頷く。 でも失敗したなあ、次は気を付けよう。
「すげえな、うちの領主様は」
何故か、私兵のお兄さんには褒められ、職人さんにも感心された。
初獲物なので飾りたいと申し出たら、喜んで加工を承諾してくれた。
賃金も弾むと約束したら、驚きながらも感謝される。
その帰りに俺はある場所に立ち寄りたいとお願いした。
乗って来た馬車を店に預け、歩いて移動する。
きゃあきゃあと子供たちの声がした。
町の隅にあるボロい教会。 祈りの場所というより、ただの養護施設だ。
「親のない子供や、出稼ぎなんかで親が面倒を見れない子供を預かってるんで」
俺たちは少し離れたところからそれを見ている。
王都の子供たちよりは服装は温かそうだが、やはり食料事情は良くないのが離れて見ていても分かる。
「今、ここにいるのは七歳以下の子供で五人です。
少ないように見えますが、それより大きい子供は皆、仕事を探しに外に出ています」
寝るためだけに帰って来るのだという。
「全体で何名くらいですか?」
文字板を覗き込んでいたお兄さんが答える。
「はっきりとは覚えちゃいないけど、十三人くらいだったかと」
館の使用人に応募出来なかったのは、子供たちを置いて離れることが出来ないからかな。
「教会の責任者はあの女性ですか?」
俺は庭に出て来た女性を指さして、文字板に書く。
先日、役所であったやせ細った女性だった。
「あーそうだねえ」
俺は踵を返す。
それ以上見ていられない。 何も出来ない自分が嫌だった。
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