第9話 王子の使用人
最終的に三日間の面接で、俺が採用したのは、ほとんど全員だ。
「なんて無茶苦茶だ」と爺さんたちには言われたが、
「皆さんに仕事をしていただきたいので」と書いて見せる。
実を言うと、全員採用したというのは登録してもらった、という形だ。
つまり派遣労働型である。
「仕事が発生した場合に、それに合う人に連絡を取って、来れる人だけに来てもらうんです」
要領を得ない爺ちゃんたちに文字板に書いて説明する。
「なるほど、仕事をすれば賃金を払い、仕事が無い時は家で待機しておいてもらう」
眼鏡さんの言葉に俺は頷く。
「それならずっと雇用しているより、賃金は少なくて済みますね」
本当なら皆を雇とってあげたいけどそうもいかないしね。
ただし、一定の年齢以上のお年寄りは別。
住んでいる家の周りや近所の掃除をお願いするつもりだ。
ゴミ拾い、草むしり、何でもいいので自分の出来る範囲でお願いする。
定期的に登録している老人の家を周り、周辺の清掃状態を見て賃金を支払う。
一言でいえば年金みたいなものだ。
そして俺はその採用通知書を、あの役所にいた数名の職員たちを使って配った。
全員の分を、数名で手分けして各家庭に配達してもらい、問題があったり辞退する人がいるかを確認してもらう。
例えば、実際にはこの町に住んでいなかったり、派遣型では不満だという人がいるかも知れない。
それを配る職員たちに報告してもらうのだ。
そして、俺は最終的にはこの人たちに郵便や宅配のような機能を持たせたいと思っている。
お届けの仕事を領主の依頼として常時発注する形だ。
「相手に問題がある場合はすぐにこちらに連絡をしてください」
俺は職員たちだけでなく、私兵の皆にもそれを見せる。
若い女性の職員もいるので、配達出来ない場合は無理をせず、私兵の皆さんに付き添ってもらうなどの対策を取った。
元気のいい子供に関しては、体験として少額の小遣いをこちらから渡し、館での兵士の訓練を体験させるつもりだ。
もちろん、館との往復は荷馬車のお爺ちゃんがやってくれる。
将来は定期的に町の中と館の往復だけでなく、町の中をぐるぐる回る山手線みたいな馬車にしたいと思う。
「それだと新しい馬車が必要ですね」
パルシーさんの言葉に俺は「中古でも良い」と書いて見せる。
「来年の春までに、雨でも乗れるような箱馬車の大きめのやつを一台、王都から廻して欲しい」と書いた。
「分かりました。 宰相様に頼んでおきましょう」
俺はお願いしますと頷く。
「あのー、私はどうなるのでしょう」
字のうまい元職員の男性は、恐る恐る皆の顔色を見ている。
俺はニッコリ微笑んで「次の仕事があります」と伝える。
試験を受けに来た住民を元に台帳を作るのだ。
「そういえば、役所から持って来た住民の台帳とかなり違う気がしますね」
眼鏡さんの言葉に元職員の男性は身体を縮こませる。
「も、申し訳ありません。 ずっと更新していませんでしたので」
気になりつつも一人では出来なかったと呟いた。
俺は「大丈夫です。 これからやればいいのですから」と書いて見せる。
応募者名簿で台帳を作り、以前の台帳と付け合わせる。
その相違を現地を回っている元職員の仲間と確認していく作業になる。
「冬の間なら、町の外に住んでいる人たちも来ているのでしょう?。
ついでにそちらも確認出来ますし、助かります」
うん。 俺はパルシーさんの言葉に頷く。
春までには正確な住民台帳が出来る予定である。
何だかブラックぽいけど、大丈夫だよね?。 特に無理は言ってないはずだ。
結局、西の領主からは一切何も言って来なかった。
役所の地下に閉じ込めていた中年男性は、クシュトさんが当日の午後に確認に行った時にはすでにいなかったそうだ。
やはりどこかに間諜が紛れ込んでいるのだろう。
こちらに宰相の代理がいることもあり、まだ手は出さないつもりのようだ。
そこまでが終わると、俺は一番の心配事を片付けたい。
「ガストスさん、辺境警備隊のいる砦に連れてってください」
俺が書いた文字に頷いてくれたので、「手土産は何がいいですか?」と書く。
「そうだな。 やっぱり酒かな」
と言うので翌日は酒を用意して馬車で出かける。
知り合いがいるらしいガストスさんと、俺と、住民名簿に必要なので字のうまい元職員のお兄さんだ。
領主館の前に細い道があり、それが南の町と砦のある東へ向かっている。
最近は館と町の間はかなり頻繁に行き来しているが、東への道はほぼ車輪の後も無い。
とりあえず俺たちは東へ向かった。
遠くに見える山に入って行く山道。
その脇に道を阻む様に建つ砦があり、少し離れて小さな家があった。
「あれは何ですか?」
文字板を取り出して元職員のお兄さんに訊く。
「えっと、温泉宿です。 山肌からお湯が流れ出ている場所があって、それを張ってお風呂にしています。
身体の具合が悪い人などがたまに来て、泊まり込んで療養したりする宿です」
湯治というやつか。
俺も元の世界で行ったなあ。
母親が人から紹介されて、どうしても一回連れて行きたいって言って一緒に行った。
本当に身体に良いかどうかは分からないけど、人の少ない温泉地は静かで良かったなあ。
懐かしいや。
馬車で一時間程度かかって、温泉宿と、その隣に立つ砦に到着した。
「あとでお風呂に入ってもいい?」
と書いた紙をガストスさんに見せると、意外な顔をされた。
「坊は温泉って知ってるのか?。 変な匂いがしたり、お湯の色が変だったりするぞ」
俺は「気にしません」と書いて見せる。
宿は中年の夫婦とその娘がやっているそうだ。
俺は楽しみは後にとっておいて、先に砦に向かった。
「ガストス、久しぶりだな」
やはり爺さんの知り合いの人がいた。
「おお、ジーストー、お前こんなところで何してるんだ」
「それはお互い様だろうが」
ガハハとガタイの良い爺さん同士で背中を叩き合っている。
他の隊員さんたちも不思議な顔をして見ている。
「ていうか、隊長。 紹介してくださいよ」
「ああ、すまん。 こいつは俺の同郷で、近衛兵だったガストスだ。
今はもう引退したはずだが、どうしてここへ来たんだ?」
「ふふ、わしは今、ある方の護衛でな。
紹介しよう。 今回、このノースター領に赴任されたケイネスティ様だ」
ガストスさんの言葉に全員が固まった。
辺境とはいえ、彼らは国の兵士だ。
最近の情勢は知らないかも知れないが、ケイネスティは第一王子の名前だと知っている者もいる。
「現在はネスティ侯爵です。 皆さん、初めまして」
文字板を見せた後、俺は正式な軍の敬礼をする。
砦に詰めている兵士六名がざっと並び、俺に対して正式な礼を取る。
元職員のお兄さんは目をパチクリして驚いていた。
砦の中の応接室に移り、隊長さんと話をする。
勤務体制や、食料などの調達の仕方などを教えてもらう。
六名の兵士は定期的に三名ずつが交代する。
「町へは行かれますか?」
そう書いた文字板を見せる。 隊長付きらしい若い兵士が答えてくれた。
「いえ、行くとしたら港町に行きます。 あちらなら歓楽街もありますし」
王都から交代要員が来る。
その時は休暇がもらえるので港町で数日英気を養い、王都へ戻ったり、新しい赴任地へ向かうそうだ。
「それでは皆さんはあまり長い任務期間ではないのですね」
俺の書いた文字を見て隊長さんが答えてくれる。
「だいたい半年だ。 これから冬になる一番厳しい半年勤務が始まるな」
冬から春の半年と、夏から秋の勤務の二交代制ということか。
『冬の厳しさか、秋の魔獣狩りか。 どちらも大変だな』
俺の中の王子もため息を吐いた。
「でも六名というのは少な過ぎるのではないですか?」
文字板を見た隊長が兵士を見ながら顔をポリポリと掻く。
「まあ、そこは、俺たちには何とも言えないな。 王都の本部が決めることだ」
そうですね、と俺もガストスさんも頷くしかない。
俺たちはお土産のお酒を数本渡して、砦を出た。
次は温泉だ。
俺はウキウキして温泉宿に入る。
外観ははっきり言ってしょぼい。
でも俺は外観は気にならない。 気になるのは温泉だ。 ざぶんと入れるお湯だ。
「ごめん」
ガストスさんの声に「はあい」とやさしい声が聞こえ、中年の女性が出て来る。
俺はもう文字板も片付けて、早く入りたくてウズウズしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます