第8話 王子の試験


 俺は鞄の中に貯蔵していた食料を取り出して、彼らに料理を振る舞う。


毎食十五人分ほど作るのは結構大変だ。


早く使用人を決めて、料理担当もと思っていたが、ふと思う。


(別に料理をするのは料理人でなくてもいいような)


そう思い、俺はガストスさんに訓練の様子を聞いた。


早朝の走り込みや、柔軟、朝食後の剣術や体術の基礎。


それなら、一人回してもらっても大丈夫かな。


「出来れば彼らの中から一名を、毎日料理当番としてこちらに寄越してください」


十名の名簿を作り、食事当番に印のピンを刺し、それを移動させていく。


それを見せるとガストスさんは頷いてくれた。


 いくら脳筋といえど、本場の軍人の訓練はしんどいらしい。


大手を振ってさぼれると思ったのか、彼らは俺の提案にすぐに乗って来た。


「へ、へい。 俺でもお役に立ちますか?」


最初に当たったのは少し体格の小さな男性だった。


地元の狩人ということで、肉をさばくのはお手の物だそうだ。


王都でもらった肉を出す。


彼に肉料理を任せて、俺は野菜を煮込んだりした。


 まずまずの食事にガストスさんたちも満足してくれる。


「まあ、軍でも遠征中は食事は持ち回りで作るからなあ。 男性でも上手な者は多いぞ」


「ネスティが一番上手いよ」


クシュトさんの言葉に照れる。


おそらく料理当番が何周か回れば、次第に彼らだけに任せることも出来るようになるだろう。




 館周りの灰も片付けられた。


雑草を片付けると、案外館の周りは美しい。


ボロっちいと思った建物も味があるといえばあるかな。


春になったら畑と花壇も作りたい。


 石塀もこっそり<清掃><復元>を使って直しておく。


門扉はないので、これだけは作ってもらわないといけないな。


 護衛の人数が増えたお陰で、夜の交代も二人ずつ六班に分けて行われている。


爺ちゃんたちも護衛部屋を出て、夜は二階の寝室で眠れるようになった。


 俺は二階の角部屋、二間続きの領主用の寝室である。 バカでかくて少し落ち着かない。


お手洗いやシャワー室も完備。 個人用食糧庫や金庫まである。


俺はここに王都の小屋の魔術師部屋から持って来た家具を設置した。


懐かしくて少し涙が出た。


 夜は、王子とあの小さな魔術師との勉強も再開している。


俺の部屋の両隣が爺さんたちの部屋なので、こっそり出てもすぐ気づかれるのがちょっと困るけどね。


 眼鏡のパルシーさんは一階の執務室の隣の使用人部屋を使っている。


どうしてもそこがいいと主張されてしまったので仕方ない。


紙とインクの匂いがないとダメなんだそうだ。


そこまで仕事中毒なのか。




 三日目の朝、俺が目を覚ましたのはまだ薄暗い、夜明け前の時間だった。


いつものように、朝の体力作りに外に出ようとして驚いた。


門の前にすでに二十人ほどが並んでいたのである。


まだ寒い時間なのに、これは大変だ。


俺は私兵の皆を叩き起こし、パンを大量に出す。


「全員、これをさっさと食べろ。


身支度が出来た者から外へ出て、並んでいる住民を玄関に入れてやってくれ」


大きな音を出し、文字板を見せながら全員を叩き起こす。


 俺と爺さん二人で玄関ホールに椅子を並べた。


お湯を沸かして少し薬草が入った茶葉を入れ、魔法陣で保温するやかんのようなものに入れる。


それをホールの隅に大量のカップと共に置く。


「自由に飲んでください」と書いた紙を壁に貼っておいた。




 一番遅く起き出した眼鏡さんの口にもパンを突っ込んで、住民対応用の応接室に放り込んだ。


元・町の代表である脳筋を捕まえて「並んでいる中に使える文官はいないか」と書いて見せる。


首を傾げるので「字のうまい人がいるか」と書き直す。


「ああ、それなら、あそこにいる」


少しおどおどした男性だった。


町の役所で、鍵を持って来てくれた人か。


俺は脳筋に頼んで彼を連れて来てもらった。


「すみません。 三日ほどでいいのでここでお手伝いしてくださいませんか」


と書いて見せる。


「そ、それは採用ということでしょうか?」


「それは終わった後に考えます」


俺はニッコリ微笑んで、紙に書いた字を見せる。


現在、彼は無職のはずだ。


少し高い金額を提示したら、二つ返事で受けてくれた。


「何をすればいいのでしょう」


俺は鞄から大量の紙を取り出した。


そして昨夜のうちに書いた応募者名簿と書いた紙を見せる。


「えっと、名前、年齢、性別。住所は簡単でも良い。


髪の色、目の色、特徴、しゃべったことを書く?」


「はい。 一人ずつこちらの部屋に入ってもらいますので、あなたは一人に付き一枚、これを書いてください。


何でもいいです。 その人の特徴や話したことで気になったことなど、すべて書いてください」


パルシーさんが説明してくれた。


あれえ?、俺はまだ眼鏡さんに説明してないんだけど。




 採用面接が始まる。


私兵の皆さんには、最後尾についてもらい、来た人からちゃんと順番に並んでいるかの確認をしてもらう。


お手洗いや用事でその場を離れる人にもきちんと対応するように伝えている。


クシュトさんは、この領主館のことが町でどのように噂になっているか、様子を見に出かけた。


ガストスさんは私兵の統括だ。 交代させたり、問題ないか話を聞いたりしている。


 面接は住民対応用応接室で行われる。


眼鏡のパルシーさんが正面に座り、俺とお手伝いの男性がその後ろの机に座っている。


受けに来たのは本当に老若男女、様々だ。


まあ、募集要項には誰でも良いって書いたからね。


条件はほぼ無いと言ってもいい。 この領地の住民であることくらいだ。


そして館に来て「何でもいい。 自分がやれることを話してください」と書いた。


 だいたい十人程度終わったところで、俺はパルシーさんとお手伝いの男性を入れ替える。


男性は戸惑っていたが、さっきまでの様子を見ていれば簡単なので、渋々前に座った。


その間にパルシーさんには休憩してもらう。


 初対面の人間と話をすることは結構疲れるのだ。


特にここでは相手も緊張している。


独身である男性にとっては女性の相手というのも非常に疲れるし、年寄りも子供もいる。


俺は何度か部屋を出たり入ったりしながら、こっそり筆談で指示を出していた。




 昼休憩を挟む。


簡単にパンに総菜を挟んだ物を配る。


お茶はもう何度か入れ替えている。 私兵のお兄ちゃんたちも大活躍だ。


 俺は外の空気を吸うために勝手口を出た。


馬小屋に近い場所に、館の馬ではない馬を繋いだ幌の無い荷馬車がいるのに気づいた。


御者らしいお爺ちゃんがいたので声をかけてみる。


「こんにちは」


俺が文字板を見せるとお爺ちゃんは不思議そうな顔をした。


小さくて背の曲がった無精ひげのお爺ちゃんだ。


「なんじゃ、わけえの。 面白いことしよるな」


俺はニカッと笑いながら「声が出ない病気なんです」と書いた。


お爺ちゃんは頷いて「そうか」と言った。


「何してるんですか?」と書くと、


「知り合いがな。 この館に来るのに、大変そうじゃったから乗せて来たんじゃ」


馬車の持ち主であるこのお爺ちゃんは、多くの人が道を歩いているのを見かけ、声をかけた。


知り合いに訊ねたところ、この館へ行く人たちだったそうだ。


 だが、ここは町の外れ。


普通に歩いても一時間ほどかかる。 それを年寄りや小さな子供も歩いて行くと言う。


「この荷馬車なら数人は乗れるでな」


そうやって朝から何回か乗せて往復しているらしい。


「戻りも乗せてやらなきゃならんし、ここで待っとるのよ」


「大変ですね」と書いて見せると、ガハハと笑う。


「なーんも大変なことなんざねえよ。 おりゃあ、これくらいしかやることはねえしなあ」


俺はその後もお爺ちゃんと話をした。


そして、お爺ちゃんの荷馬車の横に立て看板を立てた。


『無料乗合馬車』


お爺ちゃんと契約し前金で全額支払い、お爺ちゃんと荷馬車を試験の間、借り受けることにした。


「好きなだけ往復してください。 馬の餌と水もこちらで自由に使ってくださいね」


私兵の皆さんにも文字板を見せて説明し、町へ帰る人に声をかけてもらった。


「助かるよ」


お爺ちゃんの馬車に帰る人の列が出来る。


いっぱいになると町へ向かい、また戻って来る。


お爺ちゃんには、明日の朝もこちらに来る人を乗せて来てもらえるように頼んだ。


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